22:祈り咲き乱れ

西洋館への潜入任務の後、義勇さんと会わないままに月日は流れた。

ばたついていた、というのはただの言い訳で、実際のところ、義勇さんは手紙の返事をくれないし、わたしたちは特にこれといった接点がないのだから、そうなってしまうのも当たり前の事であった。
たまたまあれやこれやと関わる機会が降ってきていただけで、もともとのわたしたちの関係は、それくらいに実は希薄だったのだ。
義勇さんからお手紙が届いたのは、音沙汰のない日々にすこし落ち込んでいたときのことだった。


お気に入りの振袖に、潜入任務の折にお世話になった奥さまからいただいた透かし模様のうつくしい半襟と、お揃いのグローブをあわせて蝶屋敷を出る。
カナエさんは、たいせつなことだからゆっくりしてきて、と快く送り出してくれた。


義勇さんからの手紙に記されていたのは、わたしの庵からも蝶屋敷からもそう遠くない場所だった。
町はすっかりと冬めいていて、わたしの吐く息も白くもくもくとしている。
思えば義勇さんに会ってから、もういくつもの季節を見送ってきた。
今度の冬も、共に健在のまま越せるだろうか。


これまでのことをしみじみと思い返したり、久々に会えることや初めてのお誘いに胸をおどらせたりとしているうちにあっという間にたどり着いたその場所には、立派な邸宅が建っていた。
いかにも新築といった佇まいで、漆喰の白が初冬の陽光を照り返して眩しくかがやいている。

「ごめんください」

正門の前で呼びかけると、ややあって床板を踏む音が聞こえてくる。
まもなく会える。そう思うと、今日の装いは変じゃないだろうか、髪は乱れていないだろうかなどと、とたんに様々なことが気になって落ち着かなくなってしまう。
やがて重たい音を立てて開いた扉の向こうには、紺鼠色の着流姿の義勇さんが立っていた。

「義勇さん、お久しぶりです」
「よく来たな、疲れただろう。入れ」
「呼んでいただいてありがとうございます。とってもすてきなお屋敷で……。義勇さんのお宅でしょうか」
「出来たばかりでなにもないが」

義勇さんは式台の上からわたしの荷物を持ち上げるとそのまま踵を返して、そして一度振り返った。
外跳ねの髪の毛が揺れる。

「案内しよう」


義勇さんの背中を追って、わたしはやさしい木のかおりのする邸宅のなかをゆっくりと歩いた。

土間の玄関には義勇さんの草履が一足。
その隣に、わたしの編み上げの洋靴が一足。

稽古場と思われる広間の廊下を挟んで向かいには、白を基調とした清潔感の溢れる西洋風の小部屋が三室あった。
角を曲がると、広い茶の間に台所に仏間、中庭に隣接する二部屋のうちの片方は義勇さんの私室で、もう片方の室内には文机と鉢に飾られた躑躅のようにあざやかな色の牡丹が置かれていた。
廊下の突きあたりは掃き出しの硝子戸に囲われたサンルーム。籐製の椅子が二脚並んでいる。
二階には広めの部屋が三つあって、まだ整理されていない荷物がいくらか置いてあるようだった。


「すてきなお屋敷ですね。派手に飾り立てない控えめなおしゃれさが、義勇さんらしくて、とてもすきです。こころが落ち着きます」
「そうか、よかった」

わたしたちは水がゆっくりと流れるように言葉を交わしながら、なにかたいせつなものを拾い集めるみたいにひと部屋ひと部屋、義勇さんのお屋敷の隅々までを見てまわった。
すてき、きれい、と言葉をこぼすと、義勇さんはその度にすこしうれしそうに目を細めてくれた。

低い位置で括られた後ろ髪の揺れる様もすこし機嫌がよさそうに見えて、わたしもうれしくなる。
借家に住んでいたという義勇さんがこうしてお屋敷を構えたことには、どういうこころの動きがあったのだろう。
帰りたいと思えるようになったと語った、今の義勇さんだからこその決断だったのだと思う。
そう考えると、ぎゅうっと胸がつまった。


「生涯、家を持つつもりはなかった」


階段を降りながら、義勇さんはぽつりと呟いた。
その穏やかな横顔で、わたしのこころはたちまちにあたたかさで満ちてしまう。

気がつけばわたしたちはゆるく手を結んでいた。
中庭に落ちたひだまりのなかで、小鳥が二羽身を寄せ合うのが見えた。