月がきれいなことを恨めしく思うのは初めてだった。
なにもかもをありありと照らしだしてしまう。
わたしのつまらない身体を、顔を、義勇さんのうつくしい肌を、濡れたくちびるを。
触れる指先を、その指先がわたしの肌にやわく沈むのを。
見えるもの聞こえるもの触れるもの、なにもかもがわたしのまんなかをくすぐって吐息がなさけなく震える。
羞恥心で頭がどうにかなってしまいそうで、わたしはひたすらに身を捩りながら内ももどうしをもじもじとすり合わせた。
「だめ、義勇さん」
首筋に舌先が触れる。
ゆっくりと舐め溶かすように上から下へと這わされて、離れるときにほんのわずかな水音を立てた。
片手はわたしのふくらみの表面だけをそっとなぞるように、胸から腰、腰から太ももへと下りていく。
欲任せに乱暴に抱いてくれればよかった。
なにかもわからなくなるくらいに。
こんなにも丁寧に触れられては、義勇さんがどんな顔でわたしのどこにどう触れているのか、そのひとつひとつがすべてきちんとわかってしまう。
じわじわと高まっていく快感も羞恥心もすべてが月あかりの元に暴かれていく。
「だめ、」
「お前はだめと鳴くのか」
「だって……」
ごく近い距離で義勇さんがささやく。
熱っぽい視線にまたつま先から這い上がってくるようなもどかしい疼きを感じる。
ややあって、義勇さんの指先がわたしのいいところをなぞった。
わたしの顔が快感に歪むのを、義勇さんは涼しげな瞳を勝ち気に細めて見つめている。
義勇さんの長い指がそのままわたしのなかへ沈んでいく。
脳天を突き抜けるような快感にわたしは吐息ともつかない短い嬌声を上げた。
たまらなくなって、義勇さんの首に両腕をまわしてくちびるを合わせる。
喉の奥から湧いてくる嬌声が口内を伝って義勇さんに流れ込む。
このどうしようもない昂りをすこしでも義勇さんに分けてしまいたいのに、割り込んでくる熱い舌にまたわたしだけが溶かされていく。
「ま、待ってください、待って」
「どうした」
くちびるの離れた一瞬の隙にわたしは言葉をこぼした。
義勇さんはわたしの口角のあたりに軽くくちびるを寄せてあまくささやく。
ついばむように繰り返されるやわらかい感覚に吐息が漏れる。
「こ、こころが持ちません……。それに、こわいです。こんなに深く触れてもらって、今以上に自分が欲深くなってしまうのが。わたしはきっと、際限なく義勇さんを欲しがってしまう」
「欲しがれ。ぜんぶお前のだ」
ぴったりと重なった肌をそっと押し返す。
義勇さんの朱鷺色のくちびるが濡れている。
自分で距離をとったのに、わたしはもうそのぬくもりにすがりつきたくてたまらない。
心臓の音がすこしずつ落ち着いていく。
こんなふうにあいしあえるなんて、夢にも思っていなかった。
こんなふうに肌を合わせることができるなんて。
「義勇さん、すき」
「不安にさせてばかりですまなかった」
「不安なときも寄り添ってくれた。あいしています」
「あいしてる」
長いまつげを伏せて義勇さんはそう呟いた。
心臓の底をぎゅうっと掴まれた気分だった。
まぶたの奥をじんと熱くさせるその感覚は、せつなさにも似ていた。
義勇さんをいとしく思う。泣きたくなるほどに。
わたしたちはまた肌を重ねる。
鼓動が早くなって、義勇さんへの愛や期待が身体じゅうをどくどくと駆け巡るのを感じるけれど、こころにはすこしのゆとりがあった。
先ほどまではなかったものだ。
こうして慣れていく、きっと。
義勇さんのいる夜に、日々に、義勇さんの愛に。
変わっていくのはこわい。
義勇さんといっしょにいるといつだってそのときがいちばんしあわせだと思ってしまうから、その瞬間が過去になってしまうことがわたしはいつもおそろしい。
過ぎゆく日々のなかで様々なものがかたちを変えていくのが、今よりももしかしたら不幸せになってしまうかもしれないということが。
しかしそんな思考すらも、義勇さんとの日々のなかで、きっとかたちを変えていく。
あなたをすきだと言えるくらしのなかで。
あなたに触れられるくらしのなかで。