25:きみがため

小鳥の鳴く声が聞こえる。
まぶたを持ち上げると、義勇さんの白い肌が見えた。
わたしたちはまるでひとつの生き物みたいに足を絡め肌を寄せて、布団のなかにちいさく収まっていた。
目の前の胸板にそっとくちびるを寄せる。義勇さんのにおいで身体中が満たされていく。
義勇さんに抱かれる夜も義勇さんの腕に抱かれて目覚める朝も、初めてだった。
身に余るしあわせに胸がいっぱいになる。


潜入任務のときに薄々気がついてはいたけれど、義勇さんは朝にめっぽう弱かった。
先に起きて朝食の準備をしたいところであったが、眠っている男性の腕というものはとても重たいらしくて、わたしにはほどくことができなかった。
義勇さんはたまに身じろいでは眉をしかめたり、わたしの額や頭にくちびるを落としたりはするものの、またすぐに寝息を立ててしまう。

「義勇さん、朝ですよ」
「……わかる」
「義勇さん」
「うん」
「もう」


義勇さんの意識がようやくはっきりしてきたのは、わたしが目覚めてから一刻後のことである。
布団があたたかいのが心地よいと義勇さんは言った。
言い訳でもなんでも、わたしはすこし嬉しかった。
義勇さんのぬくもりに包まれて眠ることが、わたしも心地よくてたまらなかったからだ。

たまにはこんな日があってもいいと、わたしたちは寝転んだまましばらく話しをすることにした。
お腹が空くころに布団から出て支度をして、それから鱗滝さんの元へ行くと約束をした。


「冬が終わったら、ほんとうにお花を育てたいです」

「土仕事には疎いが、お前に似合う花をたくさん育てられたらいいと思う。会えなくても、お前がさみしくないように」

「それなら、わたしは帰ってきた義勇さんに花束をあげます。帰ってくる義勇さんに喜んでもらいたいから、そのときのためにお花を育てて待つの。一輪でも多く、よりうつくしく咲くように」


義勇さんはそっと目を細めて、わたしにやさしいくちづけをくれた。
花びらがひとひら触れただけのような、やわらかくてやさしい感覚がわたしをうんと酔わせた。

昨夜義勇さんが挙げた花の名前を思い出してみる。
どれも可憐で、女性らしい花だった。
ひとつひとつ噛みしめる様に花々の名前を紡いだ義勇さんは、あのとき、わたしのことを思ってくれていたのだろうか。


柱になった義勇さんは、今まで以上に忙しくなる。
思いの実った今、会えない日々はわたしのこころを以前よりもさみしくさせるのだろうか。
それとも、あいされているという事実があれば、さみしさを感じることはないのだろうか。
わたしにはまだ想像のつかないことだった。

「一階の白い三部屋と二階は、お前が医療仕事で使えばいい。ここでも研究や看護ができるよう、環境を整えよう」
「いいんですか」
「お前がいやでないなら」
「そんな、いやなはずないです」
「そのために用意した部屋だ」
「もしかして、サンルームも」
「サンルームも」

サンルームはふたりで過ごした洋館のなかでも、わたしがとりわけ気に入っていた場所だった。
外の景色を眺めていると、決まって手作業を止めてわたしの隣に来てくれたことを思い出す。

義勇さんは、わたしと生きようと、このお屋敷を建ててくれたのだ。
こみ上げてくるうれしさを抑えることができなくて、わたしは義勇さんの首元にぎゅうと強く腕をまわす。
義勇さんは、やさしくわたしの頭を抱いた。

言葉では伝えきれない気持ちは、どうやって渡せばいいのだろう。
すきもあいしてるも足りない気がして、ただ頬擦りをするわたしに応えるように、義勇さんはそっとそっとやさしく頭を撫でてくれた。


人生において、ようやく腰を下ろせたような気持ちだった。
義勇さんと生きると決めた昨夜、たくさんの決意と覚悟を固めた。
この先に起きることは、決してやさしいことばかりではないだろう。

それでも、義勇さんのこころにたくさんの花々が咲くように、義勇さんの人生がより多くのしあわせで彩られるように、いつまでもこのひとにやさしさを添え続けるのだと、慈しむような面差しを照らしだす白い月に、そう誓ったのだった。