36:朝を迎えにゆくものたち

お館さまが死んでしまった。
わたしが駆けているうちに。
死はやはり、音になると淡泊だった。わたしのなかで、文字の羅列だけでお館さまが死んだ。

上下左右でたらめの不気味な屋敷のなかには、古い鉄のにおいや肉の焼けるような異臭が立ち込めていた。
つぎはぎの空間のなかでひとの気配を拾うのはわたしたちのようなものにはむずかしく、その場に集まったもの数名ずつで隊列を組み、ちりぢりになって負傷者の看護に当たった。
重たい背負い鞄がみるみるうちに軽くなっていくけれど、状況の好転は感じられない。
焦りだけがむくむくとおおきくなり、わたしたちのこころを千々に乱した。

義勇さんについての情報と、ほかの情報、それらをすべて同列に考えられるよう、何度も何度も拳で心臓を叩いた。
わたしの役割。負傷している者を看護すること。ひとりでも多く救うこと、ひとりでも多く戻れる者を増やすこと。わたしたちひとりひとりの働きも、きっと散り積もって戦局を支えてくれる。
死ににきたのでも義勇さんを見つめにきたのでもないのだ。
飛び出したくなる気持ちを抑えて、理性を保ち、わたしたちは懸命に走った。
駆けまわり、手当てをし、情報を集め、共有した。

義勇さんと炭治郎くんが上弦と対峙している。
心臓を強く叩いた。どんと鈍い音がした。
わたしの魂を、天井のような床板を踏みつけるこの足に、くくりつけるのだ。

義勇さん、義勇さん。
たとえあなたを失っても生きていかなくては。
あなたの思いを生かすために。失ったひとたちを生かすために。

「どうか、鬼殺隊が勝ち、みんなの魂が救済されますように。どうか」

たった今こと切れてしまった隊士の、まだほんのりとあたたかい手のひらに触れて祈る。

鴉がしのぶさんの死を告げる。
立ち上がれなくなってしまう。
心臓を叩く。涙がぼろぼろと零れる。呼吸が苦しい。立ち上がらなくては。
繋いでいかなくては。
花のようなうつくしいひと。たくさんのやりきれない怒りとかなしみを抱いたひと。それでもずっと、やさしくあったひと。


たくさんのひとの終わりを聞く。ここで死ぬとひとは音になってしまう。
生きていることを申し訳なく思う。そしてまたかぶりを振る。





残してしまったことを申し訳なく思う。そして、ちいさくかぶりを振る。
野路を駆けた。
今宵できっと、なにもかもがおおきく変わる。
炭治郎、禰豆子、なまえ。おれが手をいれ、運命を変えてしまったものたち。
その責任のまことの重さを思い知らされるのだろうか。
ゆくすえを希望で彩ることはできるだろうか。

考えている暇などない。
進め。
おれの背中を押し、死んでしまった者たち。姉さん、錆兎。繋いでいきたい。

隣りを駆ける炭治郎の耳飾りが揺れる。花札によく似た耳飾り。
日は昇り、朝は来る。明日も等しく、おれたちのもとへ訪れる。
たとえおれを夜に置き去りにしても、朝は彼女を迎えに行く。彼女のなかで、生きていける。