5:比翼は花色

わたしには、どうしてわたしなんかが生きているのかが分からなかった。
あのときも、どのときも、代わりにわたしが死んでしまえばよかったと思うし、鬼から逃れて生き延びているというのなら、百体でも千体でも鬼を葬れる力があればよかった。
来る日も来る日も稽古をしたのに、わたしは一向に強くなれなかった。
日輪刀の色だってわずかに変わるばかりだったものだから、刀鍛冶の方もううんとうなりながら首を捻って帰っていった。


世の中にはわたしよりも力のない、鬼に敵う術も持たないひとがごまんといるし、しあわせに過ごしているひとだってごく当たり前に大勢いるというのに、ひとたび鬼と関わってしまえば、生きている限り己の弱さを責められるようになってしまう。
そんな不平等さを呪ったときもある。幾度もある。
そのたび、込み上げる自己嫌悪の念が身体を内側から焼いて、痛くて苦しくてたまらなくなる。
恐怖のうちに亡くなってしまったひとたちの無念さを思えば、そんなやりきれない気持ちを抱く権利すらないように思えてならなくて、苦しさのやり場もなく、立つ瀬もなく、わたしはただ、死ぬときをひたすらに待ち焦がれている。


廊下の角に、わたしの縫い合わせた羽織が翻るのが見えた。冨岡さんだ。
冨岡さんはすごい。
彼はわたしが隊士としてどんなことをしていたのか、むしろ生きているのか死んでいるのかさえも知らなかったと思うけれど、わたしは彼の剣豪ぶりを何度も耳にしている。
そして、柱になるのはまず内定しているだろうという噂とあわせてよく聞くのは、彼の性格についてだった。
他人と関わることを極端に避けているとか、話しかけてもろくに返事をしないだとか、冷酷、鉄仮面、仏頂面など、言われたい放題の彼だけれど、わたしは彼のこころのずっと深いところには、やさしさとかあたたかさとかそんなきらきらとしたものが、ほんとうはたくさん眠ってるのだと確信している。
瞳を見ればわかる。
澄んだ水のような瞳。
沢山の思いをかみ殺したときの、凪いだ夜のような瞳。


冨岡さん。
そう呼びかけると、冨岡さんはややあってから振り返った。
硬そうな髪の毛がすこし揺れる。

「なんの用だ」
「お見かけしたものですから」

そう答えると、冨岡さんは訝しげに眉を顰めた。

「そうか。おれは行く」
「待ってください、冨岡さん。わたし、あの花びらを押し花にしたんです。冨岡さんがたいせつな気持ちや決意を思い出したくなったとき、なつかしい気持ちに浸りたくなったときは、いつでもいらしてください。羽織も、ほころんだらなおします。ですから、いつでも」

そっと視線を外してしまう冨岡さんに、胸がちくりと痛む。
ひとを避けてしまうのは、言葉を避けてしまうのは、生き残ってしまったことへの罪悪感なのだろうか。
わたしがせめて誰かの盾になって死にたいと願うように、そうして孤独に身を投じることで、せつなさややるせなさをやり込めようとしているのだろうか。

「そうやっておれに構うのは、やりきれない罪悪感からか」

しばしの沈黙のあと、冨岡さんはぽつりと呟いた。
わたしはなにも言えなかった。
違うと断言できなかったからだ。
わたしが誰かにやさしくするのも、みんなの傷を癒すのも、他人にやさしくありたいと思うのも、ただただ自分が救われたいからなのかと問われれば、そのすべてを否定することはできないように思う。
思うように鬼を滅せない自分の不甲斐なさをごまかしておきたい気持ちがどこにもないなどと、はたして言い切れるだろうか。

押し黙ってしまったわたしをしばらく見つめて、冨岡さんは行ってしまった。
揺れる背中が見えなくなってもずっと、わたしはくちびるを噛んだまま動けないでいた。
追いかけて、みんなわたしが守ると、わたしが冨岡さんを守ると、そう言えたらよかった。よかったのに。