7:流るることば

しのぶさんがすこし長めの休暇をくれた。
はじめは父と母のお墓参りをした。
その次は、錆兎さんと鱗滝さんのほかの教え子の方々のお墓参りをさせてもらった。
鱗滝さんはわたしの訪問と生存をとても喜んでくれて、あれやこれやと色々なものをご馳走してくれた。

剣士としての腕が振るわず、看護と研究にあたることになったとこぼすと「立派であることには変わりない。誇りをもって、精一杯努めなさい」と、噛みしめるようにそう言って、ぎゅうっと強く抱きしめてくれた。
一晩お世話になり、もう一度錆兎さんたちのお墓に手をあわせてから、今度は鱗滝さんから教えてもらった冨岡さんの滞在先へ向かった。


会って、それからどうしたいのかはわからなかった。
すべてを凪へと変えてしまうような冨岡さんに感情をぶつけることで、溜飲を下げようとしているのだろうか。
そうだとすればなんと浅ましいことだろう。
しかし、自分でも、自分がどうしたいのか、一体全体どうにもわからなかった。
会わないことにはすっきりできないということだけが、確かな事実だった。

「ごめんください」

藤の家紋の暖簾がかかった二階建ての長屋の前から呼びかけると、すぐに戸が開かれた。
ひとのよさそうなおばあさまが出迎えてくれる。
冨岡さんは近くで任務があるらしく、当分はここに滞在する予定らしい。
広めの長屋には、ほかにも隊士が数名お世話になっているようだった。

二階の隅にある冨岡さんの部屋の前まで行くと、叩くより先に戸が開いた。
いかにもわたしが訪ねて来ることを知っていたかのような、落ち着き払った様子だった。やや呆れているようにも見えた。

「と、冨岡さん」
「入れ」


来るころだと思っていた、と冨岡さんは呟いた。
浅はかなわたしの考えなどお見通しだったわけだ。

「しのぶさんへ口添えをしたのは、やはり冨岡さんなんですね」
「だったらどうする。おれを恨むか」
「恨んだりはしません。わたしが弱いのが悪いのですから」
「愚かなのは弱いことではない。弱いことを悪だと思っているところだ」

冨岡さんは狭い部屋の奥に置かれたちいさな文机に向かっており、わたしは引き戸の近くに座って冨岡さんをじっと見つめていた。
しばらく目があうことはなかった。

弱いことは悪ではない。
世の中にはわたしよりも弱いひとがたくさんいるし、隊内にだって多く存在する。
そのひとたちが悪だとはすこしも思わないが、自分に関してだけはどうしてもそうとは割り切れなかった。
それはきっと、裁かれているほうが、責められているほうが、随分と心持ちが楽だったからだ。
許されることも自由も身の丈にあわなくて、わたしにはつらい。

「文句を言いたいわけじゃないのなら、なぜわざわざここまで来る必要があった」
「それは……」
「なにをずっと燻ぶらせている。行き急ぐ人間は邪魔になるだけだ。必要ない。己の死の理由を他人に求めるな。責任を他人に押しつけるなど論外だ」

いつもより語勢を強くして、わたしを詰めるように冨岡さんは言った。
言い返す言葉はなにもなかった。
そもそも、なにを伝えたいのか、なにをしたくて冨岡さんのもとまで来たのか、自分でもまるでわからないままだったのだ。
気がつけば冨岡さんはじっとこちらを見据えていた。
日がだんだんと落ちてきて、部屋じゅうが茜色に染まってゆく。

冨岡さんと見つめあううちに、ここ最近の胸騒ぎがすうっとしずかになっていくのを感じた。
わたしは叱られたかったのかもしれない。
やさしく諭されるのではなく、宥められるのでもなく、きっと、叱ってほしかったのだ。
至極まっとうな言葉でまっすぐと。
慰めは哀れみに思えてしまう。飲み込みきれない。妥協で生きていたくはない。
冨岡さんの言葉が欲しかったのだ。
冷水のような、ひんやりとどこまでも透き通った言葉。
ひかりを透かして冨岡さんの表情がこころが見えるような、嘘偽りのないまっすぐな言葉。

「おれ自身への言葉だ」

落ち込ませるつもりはなかった、と冨岡さんはちいさく呟くように添えた。
苦し紛れのうそだったのか、本心だったのか、はたまたどちらでもあるのか、その発言の本意はわからなかった。
なにか返事をしたかったけれど、まばたきをしたら涙がこぼれてしまいそうで、わたしはうんともすんとも言えなかった。
冨岡さんはわたしの瞳に分厚い膜をはる涙に気がつくと、めずらしく動揺したように目をまるくした。

ゆっくりと立ち上がった冨岡さんは、そのままこちらへしずしずと歩いてくる。
正座をしたわたしの前で立ち止まるその姿は、夕日を背負ったおおきな柱のようだった。
表情は影と涙であまり見えなかった。
二本の足をぎゅうっと抱きしめると、こらえていた涙がじわじわととめどなく溢れた。
冨岡さんは羽織を脱ぐとわたしの肩にそっとかけ、わたしが落ち着くまでじっと黙っていてくれた。