時透先輩は背負ったわたしをゆっくりと降ろして両足のあいだに座らせると、チョコミントのアイスキャンディをひとつ、封を開けてから持たせてくれた。
先輩の背中が遮っているから、店内からこぼれる青白い光はわたしには届かない。
わたしは先輩の落とした影のなかにすっぽりと収まっている。
アルコールでほてった身体がさらに熱くなっていく。
無視できないくらいに膨らんでいく興味を、どうしたらいいのかわからない。気にしないようにしたいと思えば思うほど、わたしの頭のなかは先輩でいっぱいになってしまう。
わたしは先輩がすきなのだろうか。うつくしいものをうつくしいと感じているだけ、そう思いたいのに、それ以上に自分を責めないといけない気がしてしまってならないのだ。
それはもう、自分のなかで答えが出ているからとは違うのだろうか。
「もうすこし落ち着いたら帰ろう。きみがお風呂で寝落ちして死んだりしたら、困るから」
わたしたちはちんぴら学生のように駐車スペースに足を投げ出し、ちいさな段差に腰を下ろしている。
ひんやりとしたコンクリートとアイスキャンディが、わたしをゆっくり、ゆっくりと冷ましていく。
冷静になればなるほど、なにに対してなのかよくわからない罪悪感がむくむくと湧いて膨れた。
たまらなくて太ももをすりあわせたわたしに、先輩はいつものトーンで「寒いの?」と声をかけてくれる。
冷たい印象の、落ち着いた声。わたしの孕む熱とはまるでうらはらで、感じた温度差がまるごと羞恥心へと変わり、わたしの頭を支配した。
「ねえ、まだ彼氏いないわけ」
「ええ、はい」
「ふうん」
「まあ」
「いらないの」
「いらないわけでは、ううん、でも、今はそうかも。今後も。わからないけれど……。ひとっておとなになると、どうして保守的になってしまうんでしょうか。変わらなくても不便がないなら、このままがよいと、そう思ってしまうんです」
玄弥は。
いつもの声色で先輩は言った。玄弥とか、どう?
心臓がおおきく跳ねて、途端にどうしようもなく惨めな気持ちになった。
気になる男性に違う男性を勧められるだなんて、脈なしもいいところである。あまりの温度差に、羞恥を通り越して自分勝手な怒りさえ湧いてきてしまう。
このまま走り去ってしまいたかった。しかし今の身体ではきっとそれもままならない。わたしにできることは精々、くちびるを噛み、ちいさく肩を震わせることだけだった。
「玄弥くんは、そういうんじゃないです。たいせつなおともだちで、それだけです。それ以上でもそれ以下でもなくて、そういう対象じゃあありません。誰も、誰もかも、みんな」
むきになったように語勢を強めるわたしに、先輩が戸惑うことはなかった。
それどころかわずかに小首を傾げて、そろそろ行こうかなんて背中を向けてしゃがむのだから、わたしはとうとう頭がどうにかなってしまいそうだった。
どうしてこんなことが平気でできるのだろう。
先輩のようなひとにこんなことをされてしまえば、誰だっていい気になってしまう。
すこしだけ期待していたのだ。時透先輩はやさしいから。
どうしようもなく浅ましくて身のほど知らずで、浮かれて痛い目をみるのは自分自身だとわかっているのに、それでも先輩と関わるとき、おそろしさの陰には必ず幸福が潜んでいて、いつも恋の気配がしていた。
いやだった。
そんな気持ちを抱いてしまう自分自身が、許せなかったのだ。
先輩と関わることの恐怖のすべては、否定しきれない恋心だ。
ほかのひとに妬まれてしまうことでも、悪目立ちしてしまうことでも、変わってしまうことでもない。
先輩にどんどん惹かれていってしまうのが、わたしはこわくてたまらない。
先輩はずるいひとだ。
触れるたびわたしが胸をときめかせているということを、きっとちゃんと知っている。
ずるい先輩のことなんて、明日からはもうきらいだ。
今日を最後にわたしの頭からは立ち退いてもらおう。それがよい。
だからこんなことも、今夜限りでおしまいだ。
ずるい先輩の前でずるく立ち回るのはきっと罪ではない。
すっかり酔いが醒めたことを隠したままに、わたしは先輩の背中にもたれて、首元にゆるく腕をまわした。
先輩はわたしをこともなげに背負い上げると、重たそうなそぶりも見せずに軽い足取りで歩き出す。
自分で自分を許してしまえば、ほかにわたしを責める者は誰もいなかった。
この葛藤を、月だけが知っている。誰もわたしを咎めない。