13:のるかそるかのラブ・ゲーム

わざわざ自宅から三つ目に近いスーパーマーケットへ向かったのは、こころのなかでどれだけ言い訳をしようとも、先輩に会えるかもしれないという期待のためにほかならなかった。
わたしは、クレープが食べたいから、散歩がしたい気分だったから、と思いつく限りの言い訳を頭に浮かべながら、うつくしく整備されたプロムナードを、わざとたっぷりの時間をかけて歩いた。

予想外だったのは、先輩から自宅へ上がるお誘いを受けたことだった。
前に宅飲みした時ときのお酒が残っているからという言い分だった。
頷いたのは不可抗力だった。
わたしはもう、ばかみたいに自分をごまかし、強制しながら生きることに、いい加減疲れてきてしまったのだ。恋愛に貪欲になったわけではない。もうほとんど、無気力だった。

「意外。断られるかと思った」
「……断ったら根に持たれそうだったから」
「ひとをなんだと思ってるのさ」
「小悪魔、またはジゴロだと思っていますよ」

しかし先輩のお誘いに乗るのは複雑な気分だった。
先輩がすきなわたしと、わたしに興味のない先輩とのバランスが、なにかの拍子に崩れてしまうと困る。
わたしが先輩をすきになりすぎれば、わたしたちの関係はたちまちになくなってしまう。
気まぐれに与えたい先輩へわたしがもっともっとと欲しがってしまうようなことがれば、こんな曖昧な繋がりは、元からなにもなかったかのように、すべて一瞬で消えてしまうに違いなかった。

あくまで同僚としてわたしを誘ってくれた先輩に、わたしはすきなひとに対しての期待をしている。
下心がまったくないといえば嘘になってしまうような邪な気持ちを知れば、先輩はわたしをきらいになるだろうか。幻滅するだろうか。
否、違う。
先輩はすべてを見透かしたうえで、わたしを試しているのだ。
わたしから手を伸ばす瞬間、わたしから求める瞬間、先輩をすきと言う瞬間、そんなときが来れば先輩の勝ち。これはそういうゲームの類だ。
幻滅されて終わるほうがいくらかましなのに、と思うと、悔しかった。

「怒られるだろうなあ」
「彼女さんですか」
「秘密」

先輩は口の端のクリームを下で掬いながら、曖昧に笑った。
想像していた表情と違う顔をされて、わたしはすこし驚いた。
なんともやりきれなさそうな、苦い笑みだった。
流されてしまったけれど、踏み込むのがこわくなって、深追いをするのはやめにした。
先輩が話題を変えたから、わたしも素早くそれに乗る。
遠くに聞こえるさざ波みたいにちいさなカーラジオの音は、窓を開けるとすべて掻き消えてしまった。
こころのなかの、吹けば飛ぶようなちいさな存在。ただひっそりと、端のほうにある。
わたしのようだと思った。