18:シュプレヒコール

「変に動揺してるし彼女でもないって言うし、はじめはほんとうにストーカーかと思ったんだ。今までそういう存在がなかったわけじゃないから」

角砂糖をひとつ、ふたつ、みっつ、ティーカップへ放り込みながら、有一郎さんは言った。
時透さんの嘘を訂正するタイミングが見当たらず、有一郎さんのなかで、わたしはまだ、時透さんの彼女ということになっていた。
今度お茶でも、という社交辞令がまさか次の日に実現してしまうだなんて思っていなくて、わたしはひどく動揺した。
ファミリーレストランで待ち合わせた有一郎さんは、やっぱり時透さんとそっくりだった。


あのとき、ばか正直な説明をしていたらよかったのだ。
わたしは時透さんのセックスフレンドです、と。
有一郎さんはきっと、怒るか呆れるかして、わたしを嫌っただろう。
時透さんはきっと怒って、そしてわたしからはすっかりと興味をなくしてしまう。それでよい。
こんなおかしな関係なんて、正しくてきれいな終わりかたを望めない繋がりなんて、自分で切られないのなら、時透さんに切られるのもこわいのなら、外部から切ってもらえばよかったのだ。

目の前でミートドリアを頬張る有一郎さんの、時透さんそっくりな笑顔が胸に刺さる。
わたしは彼をだましている。
あなたの前で薄く笑っているおんなは、あなたのたいせつな弟を食い荒らしているけだものだ。

「……ストーカーではないですよ」
「もうわかったって」
「あの、ほかにもおんなのこが来たりするんですか」
「炭治郎の妹が、たまにパンを持って来るくらいかな」

セフレだったりして、といたずらっぽく笑って、有一郎さんはまだあつあつの紅茶をまるでお酒みたいに煽った。
ただの冗談だとわかってはいるけれど、やだあ、と笑って流すことはできなかった。
指が震えて、ソーサーとカップがかちゃかちゃと音を立てた。

セックスフレンドなのはわたしだ。笑われるような関係なのは。隙間時間を埋めるためのうわさ話にされてしまう関係なのは。
苦しくなってしまったのは、わたしのつまらないプライドのせいなのだろうか。
正しくないことをしているとわかってはいるのに、他人からは指摘されたくない、踏み込まれたくないと、思っているのだろうか。浅ましくも。

「あれ、本気にしちゃった?冗談だよ。あいつはそんな面倒なこと、絶対しない」

有一郎さんが言葉を吐き終えるのと、わたしが時透さんの部屋の鍵をテーブルに置いて立ち上がったのは、ほぼ同時だった。
時透さんと同じかがやきの、プレナイトの瞳が揺れている。おおきくてまあるい瞳。つやつやの長いまつげで縁どられた、宝石のような。

「わたし、やっぱり嘘なんてつけません。有一郎さんのためじゃなくて、わたしのために。つ、つらいから。ごめんなさい」

「なまえちゃん?」

「わたし、時透さんの彼女なんかじゃないんです。そういうことだけをする関係です。昨日だって、有一郎さんが来なければ、セックスだけして帰るはずでした」

情けなくて、惨めで、涙が出た。
それでも一抹の開放感があった。
ほんとうは誰かに聞いてほしくて、どこかに吐き出してしまいたくてたまらなかったのだと思う。わたしは有一郎さんを利用したのだ。
わたしのこころを利用して身体をすきにする時透さんと同類だ。
一方的に吐き出して、投げつけて、立ち去る。卑怯なおんなだ。

わたしは上手に動かない指で必死に鞄をまさぐりながら言葉を続けた。
有一郎さんの顔を見る勇気はなかった。
こんなことを言ったのに、言葉でも、まなざしでも、非難はされたくなかった。

「それでもいいと思っていたんです。繋がっていられるならって。でもおかしいです。こんなの、おかしいんです。正しくない」

うまく出ない声を無理やりに絞り出そうと強張らせた喉が震えた。
わたしがこんなにもさようならに怯えているのだということを、ここにいるひとたち全員に、大声で主張しているみたいだった。

気が動転してしまっていたのか、お金を置いていこうとしたのに財布ごとテーブルに叩きつけてきてしまったということに気がついたのは、店を出てすぐのことだったけれど、取りに戻る勇気は毛頭なかった。