25:サンクチュアリ

きれいだと思ったんだ。
この世のなにもかもを諦めたふうなまなざしで夕日を見つめるきみを。
期待も恨みもなにもないみたいなふりをして、重たそうにまつげをまたたかせるきみの、まんなかにくすぶる人間らしさが、ぼくには見えたんだ。
ほんとうはどうでもよくないくせに、どうでもよいといったふりをする。
ぼくも同じだから。

きっとぼくだけが気づいたそのいじらしさを、ぼくはすこし、いとおしいと思ったんだ。

その丁寧に塗り固められた硬い殻の内側に興味があった。
どんな強情なやつかと思ったのに、存外きみは、雛鳥のように臆病なおんなのこだったね。
そのあまやかな計算違いで、いつしかぼくは、きみから目が離せないようになっていく。



ぼくのくちづけを受けた彼女は、次の瞬間にも、わっと声を上げて泣き出してしまいそうな顔をしていた。
これが正しい選択なのかということを、懸命に考えているようだった。いつものように。

「間違いだと思ってる?」

「……わからない」

「知ってた?世の中の出来事を、いいことと悪いことにわけて生きなくてもいいんだよ。そんな生きかたじゃ、つらいでしょ」

「でも」

「期待しすぎないことや不安になることは、裏切られる日々よりはきっと、楽だよね。用心して、必要以上に舞い上がらずに生きていけば手に入る、無難な毎日。そこにある確かな安心感に、きみはいつだって縋るようにして生きている」

痛いところをつかれた、というように、彼女がふいと目線を逸らした。
いつか彼女へ「器用に生きたほうがいい」と告げたときと同じ面持ちだ。
恥じるようにくちびるを噛み、まつげを震わせる彼女に、あのときぼくは、それでもいいと言いたかったんだ。ぼくと生きてくれるなら、それでもいいのだと。

「これからは貪欲に生きればいい。なりふり構わず、生きればいい」

「冒険で傷を作りながら成長できるのは、こどもだけです。わたしはもうおとなで、傷はただの傷でしかないの。痛くて、苦しくなるだけ」

「きみのことは、ぼくが安心させてあげるから。ぼくがきみを、しあわせにしてあげるから」

不器用が不器用どうしで生きるのを、ぼくは得策であると思う。
ぼくにとって、何気なく傷つけてしまったきみが、それでもこの手を取ってくれることがとても幸福であるように、きみにもきっと、ありのままに振る舞うことを許してくれる存在が必要なのだと、ぼくはそう、考えるのだ。

「どうしてそんなに、わたしなんか」
「ぼくは考える子がすきなんだ」

言ってなかったっけ、と言うと、彼女はようやくちいさく笑ってくれた。
同時にまなじりから大粒の涙がこぼれるのも見えた。ぱたた、とフローリングに落ちた雫をつま先でなぞって消して、彼女はまた力なくゆるりと笑う。

「泣いたっていいよ。ぼくがいる」

逆光がきらりとさして、彼女の瞳の上を流れ星のように滑った。わあわあと声を上げながら彼女は泣いた。
抱きしめられる腕の強さにすこし、驚いた。彼女のちいさな身体にこれほどの力があることを、今まで何度も肌を交えてきたというのに、ぼくはまるで知らなかったのだ。
これまでたったひとりで泣かせてしまっていたということを、とても後悔した。そうっと抱いた身体から、ぼくのすきなかおりがした。