5:それは秋のレクイエム

お昼休み。
わたしの勤めている会社には社員食堂がある。切り盛りしている外部スタッフのおねえさんたちがかわいくて、男性社員からの人気が高い。
宇髄先輩の彼女だといううわさがあるが、あのひとは軟派なひとで女性には誰にでも気安い態度だから、実際のところどうなのかはわからない。

会社で所有しているビルは一階部分が貸しテナントになっていて、おいしいパン屋さんと調剤薬局が入っている。

パンにしようか定食を頼もうか迷っているときに玄弥くんが来て、流れでそのまま食堂を利用することになった。なぜか時透先輩が一緒だった。


時透先輩は、わたしがストローのごみで作ったいもむしを指先で執拗に潰していた。
会話はふたりの共通の知人である幹部のひとたちとの思い出のエピソードに集中して、飛び交う身内ネタの数々に、わたしはただたじろぐだけだった。

「お前は?」
「え、な、なにが?」
「聞いてなかったのか。明日地球が滅亡するとしたら、なにが見たいって話し」
「あ、ああ、ええと」

どういう流れでかはわからないけれど、ふたりの会話はいつの間にか、そんな壮大なようでくだらない話しへと移行していたようだった。
昔流行った、アドレス帳の質問みたいだなあと思いつつ考えてみたけれど、以外にもなにも思い浮かばない。
とりわけすきな景色や映画や小説さえすぐに出てこないだなんて、わたしは自分の人生を、すこしだけさみしいと思った。
まるで、くるぶしほどの深さの、どこまでも平坦な浅瀬を歩き続けるような人生。
つまらない人生。とびきりすきなものも、すぐにわからない、こんな人生。
どこまでも広がるおおきな世界のなかで、決まりきった深さでそこにある浅瀬のなかだけを、わたしはただひたすらに歩いている。


「なにか、なんでもいいわ。きれいなものなら。たいせつなひとと見られるなら。わたしはなにを見るかより、誰と見るかが重要だと思うの」
「いいじゃん。おれもそういうのがいいな」

それっぽく取り繕って出した答えを玄弥くんは気に入ってしまったようで、わたしはすこし申し訳ない気持ちになる。

「時透さんは?」
「そうだね。ぼくは、銀杏並木が見たいかな」

時透先輩は、わたしのいもむしにとどめをさしながらそう呟いた。
わたしは、世界のおわりが銀杏のあの赤みがかったり青みがかったりしたうつくしい黄色に彩られるさまを想像した。
人々は見渡す限りもうどこにも見えなくて、ただはらはらとかたちをなくしていく世界に、扇形の葉が音もなく舞うさまを。


あのときもらったキャンドルにも銀杏の葉が使われていた。
先輩は銀杏がすきなのだろうか。
色々と聞くタイミングを逃してしまったけれど、そもそもあれはほかの誰かにあげるためのものだったのではないだろうか、なぜわざわざわたしのもとまで持ってきたのだろうか。

それとなく聞いてみようと思って時透先輩のほうをちらりと見てみたけれど、目があった途端に勇気なんかはたちまちにしぼみきってしまったもだのから、わたしは曖昧な笑みを浮かべながら、言おうと思っていた言葉とはまるで関係のないことを口にした。

「長寿と鎮魂が花言葉の銀杏を世界のおわりに見るだなんて、なんだかロマンティックですね」

「粋な答えでしょ」

きみの急ごしらえのものとは違って、と言い添えて時透先輩は笑った。
先輩は笑うとすこしあどけなくて、嫌味を言われているのにも関わらず、わたしは純粋に、きれい、と思った。

もし、もしも今日が終わるとき世界もいっしょに滅びてしまうのだとして、なにかひとつだけすきなものが見られるとしたら、わたしは時透先輩といっしょに銀杏並木が見たいと思った。
ふたりで銀杏並木を見て、そしてどんな理由でもいいから、最後に笑顔を見せてくれたらいいのにと、そう思った。あっという間の休憩時間だった。午後は会議だ。