6:たとえばくたびれた小夜に会おう

高いアイスクリームには妙な中毒性がある。
たとえば疲れたとき、ちょっとの贅沢をすることや、ほかの一切のことを忘れてしまえるような絶対的なあまさは、いつもわたしを慰めてくれる。
買うことを許す。食べることを許す。
おままごとみたいだけれど、そういうふうにして自分自身に許しを与えることは、上手に生きていくための体制を整えなおす方法として、すくなくともわたしにとってはとても有効な手段であった。

今日は特段いやなことがあったわけでも疲れ果ててしまっているわけでもなかったけれど、一週間のおわりのご褒美に、食べることを許し、この満たされない身体へ与えることにして、わたしは夜のコンビニエンスストアへ揚々と繰り出した。

ショートメールが届いた。近ごろは迷惑メールが多い。



店内は利きすぎたエアコンのせいで寒かった。
休みの前の日というのは気持ちがのんびりとして、こういうところにくるとつい長居をしたがってしまう。
買うつもりのないスナック菓子をぼんやり眺めてみる。ころころと商品が入れ替わるから、注意して見てみると、そのたびにしらないものとめぐり会えた。
ぱっとしないものは捨てられてしまう。かわりは次から次へとやってくる。
ここに生まれなくてよかった、と思う。つまらないわたしはすぐにお払い箱だ。

「携帯見てないわけ?」
「…え、あ」
「きみって携帯を携帯しないタイプ?」
「お、おつかれさまです。あの、携帯はきちんと携帯しているつもりです」
「じゃあ無視してるんだ」

思いがけず現れたのは時透先輩だった。慌てふためきつつ携帯電話をチェックしてみるも、特にそれらしき通知は来ていない。

「もしかして、迷惑メール」
「ぼくのメールは迷惑よばわりなの?」
「だって、時透先輩名乗ってくれないから…!」
「名乗らなかったっけ」
「番号も教えていないし先輩のもしらないし、すっかりいたずらかと思って、あの、ごめんなさい」

「ふうん」と返事をした時透先輩は、わたしとのメールもことのゆくすえもまるで興味がないというそぶりで買い物かごへチョコレート菓子を放り込み、ドリンクコーナーのほうへと歩いていってしまう。

時透先輩との会話はいつも唐突に終わる。
時透先輩が、終わり、と思ったら終わりなのだ。興味がなくなったからではない。もとよりそんなものはないのだ。会話など、先輩にとってははじまる前からどうだっていいことなのである。
それはきっとメールでもおなじことで、気まぐれに投げてみただけ。返事をしていたとして、わたしたちのあいだでなにか愉快なやりとりが行われたとは到底思えない。
それでも先輩がその意味のないやり取りを繰り返したがるのはなぜなのだろう。
わたしは先輩の、そのちぐはぐで奇妙な人間らしさが、不思議とすこし気に入っていた。それに翻弄されることも。

「時透先輩」

わたしはなんだかまだ会話を続けていたいような気がして、先輩の背中を小走りで追いかける。

「なんでわたしの番号をしっていたんですか」
「玄弥から聞いた。それしかないでしょ」
「…スープ春雨、かきたまばっかり」
「凝り性なんだよね。それでいて飽き性」
「食べ過ぎて飽きちゃうひとですね」
「そう」

先輩のかごのなかでは、インスタントのスープ春雨がいくつもでたらめに転がっていた。
目当ての高いアイスクリームへの欲望は、先輩と話しているうちに徐々にその熱を失って、目の前にしたときには特に食べたいとも思えなくなっていた。
なにを買うか決めきれないわたしをよそに、先輩は新作のアイスクリームをふたつかごに放り込んで会計を済ませ、店外に出た後にそのひとつをわたしへ持たせてくれた。
半透明のビニール袋のなかには、先輩がいくつも買いこんでいたスープ春雨もひとつ入れられていた。

帰り道は逆方向だったから、わたしたちはコンビニの前でおわかれをした。
次にメールが来たらきちんと返信をしようと思ったけれど、時透先輩から連絡がくることはなかった。
わたしも特段、連絡をいれようとは思わなかった。