7:花より団子のなんとやら

時透先輩へなにかお礼をすべきだと思った。
もらいっぱなしで悪いから、と思ったけれど、それが時透先輩と関わるための体のよい言い訳みたいではないかという考えに思いあたったとき、首筋にひんやりと汗がにじむのを感じた。

ふろふき大根が好物だということ以外はたいした情報もなく、かといって本人に聞いてしまうのも憚られる、などと思っているうちに、なにを早まったのか正気ではなかったのか、わたしは手作りのふろふき大根をタッパーにみちみちとこさえて持って来るという奇行に走ってしまったのである。
ストレートに昼食でも誘ってごちそうすればよかったのに、これではまるで色気のない世話ずき隣人のようだ。
社員食堂であれば、誘うも断られるもその日のなりゆきということになって変にやきもきせずともよいし、ほかのひとに見られたところでどうってことはない。


「こんなところでどうしたの」

時透先輩はわたしを見つけるのがよほど得意らしい。あるいは、わたしが時透先輩に見つけられるのを得意としているのかもしれないけれど。

先輩は、今日は長い髪の毛を耳の上あたりの高さでひとつにくくっているようだった。思いのほかしっかりと男性然としている首や肩のラインがあらわになって、髪を結ぶと先輩はいつもより、おとなのおとこのひとというように見えた。

「ああ、いいえ、その、たまたま…」
「きみはたまたまで弁当を持って無関係のフロアに来るの?」
「…そういうことになります」
「ばかだね。迷ってるなら案内してあげるよ。どこへ行くのか言ってごらん」

適当に吐いてしまったうそを信じて親切をしてくれる先輩のそのこころに胸が痛んだり、自分という人間の浅ましさに恥ずかしくなったりして、わたしは顔じゅうをかっかと熱くさせたままのぼせて動けなくなってしまう。
俯いたわたしの顔を先輩が覗き込む。どうしたの、と言う澄んだ声と同時に長い髪がさらりと揺れて、やわらかなかおりがする。

「…と、時透先輩がふろふき大根がすきって言うから食べたくなって、作ったんです。作り過ぎてしまったし折角だからおすそ分けと思ったんですが、こんなのおばさんくさいかしらって恥かしくなってしまって」

「きみはすこしずれてるよね」

「せ、先輩だっておかしいわ。なんだかミステリアスで。先輩がもっとわかりやすければ、わたしだってもっとおしゃれなお礼を考えたのに」

「お礼なんだ」

「…いただいてばかりだから」

わたしのうそを暴きつくした時透先輩は、口角を吊りあげて満足気に笑った。あどけなさの残る面差しと不敵な笑みは、先輩のなかに奇妙なアンバランスさで共存していた。
これ以上コミュニケーションを取ることが不可能と察してくれたのかそうでないのかはわからないけれど、時透先輩はわたしの抱えていた包みをひょいと取り上げると、そのまま軽い足取りで去っていった。

唐突に訪れたしずけさのなか、わたしひとりが取り残されてしまう。
その余韻のここちよさに、はやる胸も徐々に落ち着きを取り戻してゆく。
時透先輩の潔いくらいの気ままさは、わたしにはとても都合がよかった。
色気とは無縁かもしれないけれど大根はとてもおいしく炊けたので、誰かに食べてもらえることはすこしうれしいことだった。
「ありがとう」とメールがあった。「タッパーは返さなくて結構です」と返信をした。それ以上やり取りが続くことはなかった。