宿り木

「なにか飲むか」
「ジンがいい」

ん、と短く返事をして冷蔵庫を覗く後ろ姿の、背中からおしりにかけてのしなやかなラインに視線を注ぐ。
すぐにでもすり寄りたい気持ちを抑えて、わたしは空のグラスのふちを意味もなくさする。
ころんとしたフォルムがかわいいスウィンググラスは、透明な膜のように薄ういところが気に入って、以前旅先で購入したものだ。

おろしたままの髪の毛が機嫌よさげに揺れている。
世界でいちばんすきなひと。わたしのかわいいひと。見つめていれば、なんでもわかる。わたしはこのひとの元来のわかりづらさというものを、いつもすっかり忘れてしまう。

「あ、マドラー」
「マドラーなら食器棚で眠っています」
「持ってくる」
「眠っているんですよ、起こしたら悪いわ。ね、義勇さん、指で混ぜて」

わたしがそうねだると、義勇さんはちいさく息をつき氷を入れたグラスを見つめて、几帳面に、ちょうどいいくらいのドライ・ジンを注ぐ。そしてわたしの瞳を一度見やると瓶を傾けて、わずかに注ぎ足した。
ジュニパーベリーの独特のスパイシーさと、シトラスのような爽やかなかおりのなかに、複雑なハーブのエッセンスを感じる、なんとも魅力的なかおりがふわりと漂ってくる。
トニックウォーターのかわりにあまいレモンサイダーを注いでくれる義勇さんを見つめながら、わたしは缶ビールのプルタブを引く。きしゅ、と軽快な音が響いた。

「指で混ぜて、そして、指のほうをください」
「酔っても責任はとらないぞ」
「どうでしょう」
「今日は疲れてる」

透明な液体を混ぜた長い人差し指は、ひんやりと冷たかった。わたしは氷を溶かすようにその指先にそっと舌を這わせる。

「三択にしましょう。ほんとうになにもしないなら右頬にキス。左頬にキスをくれたらわたしがご奉仕します。酔わせた責任をとってくれるなら」

冷えたくちびるが触れたのは、わたしが言葉を紡ぎ終わるよりも先だった。
ジン・トニックもどきのあまくてほろ苦い液体が、義勇さんの口内を通してとくとくと流れ込んでくる。その冷たさを湧き上がる熱で侵すように、わたしたちは深くくちびるを合わせた。
森の味がする、と笑うと、義勇さんもおかしそうにまなじりを下げて、ちいさく笑った。


(2月 宿り木 わたしにキスして)