目の前にいるコケラくず自体は簡単に倒せた。
だが肝心のシンへ攻撃が届かない。
……主に近接攻撃を得意とするティーダが、ね。
中・遠距離武器の私とワッカさん、ルールーさんの攻撃は当たる。ダメージは微々たるものだけど。
海面から出るシンの体。
背びれ、と呼称しよう。ティーダ以外のメンバーはその部位へひたすら攻撃を与える。コケラくずは倒しても倒しても次々に補充されるので途中で攻撃を止めた。大したダメージも喰らわないし。
ユウナちゃんを狙う個体だけティーダに任せた。
攻撃を絶えず与えていると、突然船の前方へ移動した。何か仕掛けてくる!と身構えても特に痛い攻撃はされない。……シンは何がしたいんだろう。
知性や意思のある生物かと思えば、衝動的……恐らく本能で動いている。さすが天災級。
前方へ来たということは。
今、船はキーリカ島ではなく左方向へ進んでいる。このまま進むのかと思えば、今度は左側面へ。
また前へ。右側面へ。前方へ。左側面へ……。
「……ワイヤーを外そうとしてる、とか……?」
「そんな知能がシンにあるのかしら」
私の呟きをルールーさんが拾ってくれた。
本能で動いていると彼女も考えているらしい。
この行動が本能なら、痛みを感じる大元の原因をどうにか排除しようとしている……ってとこか。
そうじゃなければ、わざわざ左側へ移動する意味がわからない。ああして体を大きく振り、痛みや拘束から抜け出そうとしているんだろう。
矢を強く引きワイヤーフックが刺さっている箇所の近くを狙って放つ。継続してダメージを与えられる攻撃でじわじわ削る。効いててほしい。
安定しない船の足場。
傾くと勢いのある海水が足元を襲う。
シンの直接攻撃がないとはいえ、船が振り回されているのは紛れもない事実だ。…これだけ振られれば船体の耐久値も落ちていそうな気がする。
「召喚獣の準備、出来ました!」
「!ありがとうユウナちゃん!」
足場が悪い状況で召喚獣を喚べる準備を整えてくれるのはとても助かる。後はぶつけるタイミング。
キーリカ島を正面に据えた状態でのアタックは避けたい。そのまま島へ突っ込むだろうから。
そうなると、だ。
「左か右側面へ動いた時に一斉攻撃、ですね」
「それしかないわね」
「よっしゃ!オレの必殺技を喰らわせてやる!」
「ティーダ、私と前衛交代で!」
「うっす!」
「みんな、よろしくお願いします!」
ユウナちゃんの一言にそれぞれ頷く。
前方、右、前方。そして左側面へ来た時。
再びパーティ全員へバフを付与する。
船の縁へ足を乗せて海中を見つめた。
魔力を眼に集中させる。
顔は……分からないな。
鯨のような体型をしているなら、側面にシンの目が見えてもおかしくないはず。それを狙おうと思ったんだけど。そう簡単に狙わせてくれないか。
もしシンの目が見えていたら、一矢ぐらいズドンとブチかましてやりたかったなぁ!
言い出しっぺの私が足並みを乱す訳にはいかない。
縁から足を離して右足を下げ、弓を構える。
自分の攻撃力を上げるのを忘れずに矢を引いた。
これが今、最大限の火力。
倒せなくていい。退けなくてもいい。
進路を変えさせることが出来れば、それで良い!
矢を放ち、黒魔法が炸裂し、ボールが飛ぶ。
この戦闘で一番高い攻撃が入った。
そこへ私たちの頭上を舞うように飛ぶ召喚獣。
「ヴァルファーレ!シューティング・パワー!!」
魔法陣が召喚獣、ヴァルファーレの前に現れる。
凝縮された魔力は眩い光を纏い嘴に集まった。
魔法陣を介しシンの背びれへ光の球が突き刺さる。
ようやくここでシンが移動以外の動きを見せた。
コケラくずを飛ばして来ず、上半身らしき部分が海面に浮き上がる。巨体は間違いなく脅威だ。
だがそれは攻撃を受けやすいという弱点にもなり得る。巨体を晒し続けてくれている、というのはこちらとしてもありがたい限り!
「ユウナちゃん!!もう一発いける!?」
「魔力を溜めさせてもらえれば……いけます!」
「よし!それなら私も遠慮なく仕掛けるぞぉ!」
「ダメよナナシ!離れなさい!」
「え?なんっ、」
なんでですか?
その問いを投げる前に船が大きく揺れた。
シンが浮き上がらせた上半身を海面へ大きく叩きつける。すると船に大波が押し寄せた。横からの強く高い大波に船は転覆寸前だ。
かくいう私も波に襲われ立っていた所から反対側へ押し流された。このまま落ちたらさすがに死ぬな。
海上へ浮かぶシンの上体は身を隠すように海中へと消えていく。逃げた……わけではなさそうだな。
船の揺れが多少落ち着いて周りを見渡す。
みんなずぶ濡れだが、なんとか堪えていた。
……いや、一人足りない。
金髪で笑顔が眩しく、不安を纏う……かの青年が。
「あいつどこいった!?」
「海しかなくないですか!」
「……だよなぁ!」
急いで起き上がり船の縁にいるワッカさんの隣へ。
海を見つめるがすぐには見つからない。
私では目視出来なかったが、どうやらワッカさんは彼の姿を捉えたらしく迷いなく海へ飛び込んだ。
ティーダはワッカさんにお願いするとして!
ユウナちゃん、ルールーさん、キマリさん。
三人に目に見える大きな怪我はない。
声をかければ各々頷く。よかった。
!そういえばワイヤーフックは!?
船頭へ視線を移して肩を落とす。
ワイヤーフックが設置された台座ごと無くなっていた。仕方がない。むしろよく保っていたと思う。
……残るはあと一基か。
海水を含んだ服を絞りながら三人の元へ。
「彼、大丈夫かな」
「その時はその時よ」
「運強そうだし大丈夫だよ、きっと!」
「楽観的ね」
「ルールーさんは現実的ですね……」
「当たり前でしょう。死が隣合わせの旅よ?」
ごもっとも。
下手な慰めは逆に傷つける、か。
「ワッカさんも無事ですかね」
「死んでも死なないわよ」
「!?“どうかしら”って言うかと……」
「水中の方が動きが速いから」
「……褒めてるのか貶してるのか……!」
なんだろう。
長年連れ添った夫婦、みたいな空気を感じる。
お付き合いされてるのかな。
ルールーさんにストレートに問えば氷漬けにされそうだ。ワッカさんに聞いてみることにしよう。
船の中を確認してくる旨を伝えて甲板を離れた。
船員と乗客が避難した場所へ向かう。
幸いなことに誰一人負傷していなかった。
ただ、シンが現れたことに不安を抱いている。
それは主にキーリカ島へ帰る人が、だった。
エボンの祈りを行なって島に住む家族の無事を、
シンがキーリカ島へ進路を向けませんように……
と、島の無事をただただ願っていた。
乗客の様子を視界に入れてから操舵室へ。
ワイヤーフックが一基無くなったことを伝える。
シンの姿は海中へ消えた。でもそれは退いたわけではない。こちらの出方を窺ってるわけでもない。
あっちはいつでも攻撃を仕掛けることが出来る。
今は恐らく、嵐の前の静けさ……ということも。
船長さんの顔色はだいぶ悪い。
文字通り命懸けの航海。顔色も悪くなるよね。
船は海上で止まっている。
先ほどここへ訪れた際に頼んだことを守ってくれていた。無茶なお願いだったにも関わらず、船長さんは“シンがいる海上”で船を止めたのだ。
船と同時に進む限り、キーリカ島は被害に合う。
私の予想でしかないがシンの巨体が島へ近づけば、大なり小なり津波が起こるだろう、と。
シンの脅威は天災級。
人は天災を避けられない。
それなら耐えて過ぎるのを待つか、弱くなるまで動かない。自ら危険地帯へ踏み入らない。
「シンはまだ海中にいます。船から離れていくまでもう暫くこの場に留まってください!」
船長さんが一度頷く。
顔色は変わらず悪いけど目はしっかり合った。
口角を上げて笑みを見せる。
「大丈夫、切り抜けてみせますよ」
そう言って操舵室を出た。
扉を背に震える手を強く握り太腿を叩く。
大丈夫、怖くない。大丈夫。
何度も蛮神と戦い、命を落とさず生き延びてきた。
それは一人じゃなかったから。
今回も私一人で挑んでいるわけじゃない。
……大丈夫、
深呼吸をして仲間の元へ。
ほら、大丈夫だった。
足は前へ向いている。
「ナナシさん!向こうにワッカさんと彼が!」
「!二人とも海から出てきたの!?救助の浮き輪を投げて引き上げよう!ルールーさん、シンは!?」
「海上へは出てきていないわ。目視も出来ないから深くまで潜ってどこかへ消えたか……」
「船の真下にいるか、ですか」
「そう考えるのが妥当ね」
さすがに潮は噴かないよな。
鯨っぽいからドキドキするわ。
ティーダとワッカさんを船の上へ引き上げたら海中でシンの一部、エキュウという中型モンスターと戦ってそれを倒してきたと聞かされた。
小型もいて、中型も使役しているのか。
厄介さが増した気がする。さすがに大型はいないよね?フラグになりそうだからお口チャック!
ユウナちゃんが二人に回復魔法をかけていたら突然キーンと高い耳鳴りが起こる。
こめかみに手を当てた。その、直後。
船の前方の海面が盛り上がり小さな波が立つ。
小さな波は速度を上げ、拡がっていく。
進めば進むほどその波は高くなる。
海のど真ん中から波状で広がる……津波。
風すらも巻き込み、海水が舞い上がった。
風は嵐に、波は逆巻き全てを飲み込むように。
紛うことなき、自然災害。
呆然とその光景を見ていたが我に返り、急いで船の周囲を確認する。シンの姿は変わらず見えない。
キーリカ島の方向にもいない。
恐らく……海の深くへと姿を消したのだろう。
津波という厄介な災害を引き起こして。
何もせず退くことはないらしい。ちくしょうめ。
「ナナシ、シンは!?」
「海に潜ったと思う。ティーダは大丈夫?」
「うっす、波に飲まれちまった」
「怪我は?」
「治してもらったっス!」
両腕を上げて大丈夫アピールをしたティーダ。
その言葉を信じよう。
「ユウナ!ルー!船を出してもいいか!?」
「はい!お願いします!私は怪我をした人がいないか船内を見回ってきますね!」
「私も付き添うわ。ナナシとキマリは外で海の監視をお願い。……少年、きみも外よ」
各々役割を確認してばらけた。
キマリさんは前方、私は後方。
ワッカさんが右側をティーダが左側を。
海の先も海の中も注視しながら船は進む。
時間にして一時間半ほど。
船はキーリカ島へと到着した。
シンが引き起こした津波のせいだろう、何棟かの家屋が倒壊している。桟橋も所々剥がれてヤシの木が波の力で綺麗にへし折られていた。
……もし、シン本体がこの島へ突っ込んでいたら、
これ以上の被害が出ていたかもしれない。
壊れていない桟橋へ船が着岸すると、誰よりも先にユウナちゃんが降りて島民の元へ駆けて行く。
ユウナちゃんは召喚士であり、
自分の怪我より他人の命を優先する。
召喚士たる所以、というより彼女を形成する根幹に
“人を助けたい”という想いがあるように思えた。
優しさと白魔法。救う意志と召喚術。
ユウナちゃんもまた、“光”だと感じる。
彼女の後を追うように私たちも船を降りた。