作戦本部へ戻ってきた。
ワッカさんと私が一行の元へ着くとユウナちゃんが腹部が大きめで恰幅の良い男性へ声をかける。
……んん?誰だっけ、あの人?
「ナナシ。ガッタ、大丈夫だった?」
「危うさが消えないけど、少しは伝わったと思う。
ところでティーダくん。あの人誰?」
「エボンの老師でキノック……って言ってたかな」
「なるほど、シーモア老師だけじゃないのか。あ、そういえばアーロンに話しかけてた人?」
「そ。だいぶ印象悪いっス」
「?何があったのよ」
……ティーダからの印象が悪い、ってことはつまり、何かよくない言葉でも吐いたのだろう。
うん、想像できる。
いない間のことを詳しく聞く前に、キノック老師が作戦開始の合図を出してしまった。
作戦が開始されるとシンのコケラが集められた檻へ攻撃を加える。コケラたちは悲鳴のような鳴き声を上げ、檻の中で暴れていた。
……全く気持ちのいい光景ではない。
シン本体をおびき寄せるためとはいえ、だ。
そうすること数分、バチッ!!と何かが弾ける音が聞こえた直後に檻の扉が開いてしまう。
檻から飛び出して来たのはシンのコケラ数十体……ではなく、合体?融合?してひとつの個体となったコケラだった。……一体どういう生態なんだ。
「嫌な予感ってのは当たるもんだね」
「当たって欲しくないんだけどな!」
「やるしかないかぁ」
ユウナちゃんへ視線を送ると静かに頷く。
ここでやられるわけにもいかない。
私たちは老師を下がらせて戦闘に入った。
目の前に現れたシンのコケラ、“ギィ”。
硬そうな甲殻に覆われた、大きなモンスター。
長く伸びた左右の腕。
そして怪しく動く特徴的な頭。
前衛にいるのはアーロンとティーダとワッカさん。
まずはそれぞれが通常攻撃を仕掛ける。
「かってぇ!手が痺れた!」
先陣を切ったティーダが叫ぶ。
なるほど、あの甲殻は実際に硬いらしい。
アーロンは問題なく斬りかかっている。
ワッカさんは腕ではなく頭を狙って確実に当てた。
近距離武器だと分が悪い。ティーダはキマリさんと交代すべきだな。中、遠距離の私とルールーさんは戦況を見つつ前衛とスイッチしよう。
突然の事態だったが、全員落ち着いて対処出来た。
腕が再生してきた時は……ゾッとしたけれども。
何の問題もなくシンのコケラ“ギィ”を倒した。
勝利の余韻は露ほどもない。
理由は簡単、海の中からシンが現れたからだ。
遠目からでもわかる圧倒的な存在感。
エンカウントするたび大きく、形態も少しずつ変わっている気がする。気がするだけであってほしい。
シンへ向けて砲撃が始まると、シンの体にへばりついて……寄生している?小型のコケラが放たれた。
それらを倒すために、砂浜に待機していたチョコボ騎兵隊と討伐隊の歩兵たちが出陣していく。
「……砲撃は効いてるのかな」
「コケラを剥がしているに過ぎないだろう」
「ダメージの蓄積はされていない、と?」
「露ほども」
私の疑問を拾ったのはアーロン。
何故、そうはっきり言い切れるんだ。
引っ付いているコケラが少なくなればなるだけ、
外皮……外殻も薄くなっていくんじゃないの?
無限にコケラがいるわけでもないだろうに。
…………え、まさかね。無限なわけないよね?
一抹の不安を抱えながら戦況を見ていたら、地響きと共にシンの巨体を覆う黒い膜が消えていく。
そのお陰でさらに姿が鮮明になってきた。
なるほど、あの膜があるから砲撃は効かないんだ。
甲殻ではなく、膜。
膜は“攻撃で消えた”のか、“自ら消した”のか。
後者だったら……さらに嫌な予感しかない。
膜が全てなくなった時、突然耳鳴りがした。
咄嗟に俯いてこめかみを指で押さえる。
「ナナシ?大丈夫か!?」
「……うん、大丈夫。ありがとうティーダ」
なんとか顔を上げシンを見れば。
黒い膜は青紫色の光へ変わり、自身に纏わせた。
防御フィールドに見えなくもないが、恐らく反撃のためにエネルギーを溜めている・で、間違いない。
先に攻撃を仕掛けてきた私たちへ向けそれを放とうとしている。全身から汗が吹き出た。
これはまずい。
竪琴から手を離し周囲を見渡せば、皆が皆体を強ばらせている。あの、シーモア老師でさえも。
不測の事態ってやつだ。
誰も言葉を発さず、一瞬の静寂が訪れた。
耳鳴りは……もう、止まった。
────来る。
「ッ、全員下がって!!!体勢を低く!!」
「来るぞ!」
私だけではなくアーロンも叫んだ。
閃光が弾ける直前、一番近くにいたユウナちゃんの手を取り自分の元へ引き寄せた。勢いそのままに、後方で槍を構えているキマリさんへと投げ渡す。
かなり乱暴だけど謝ってる暇は微塵もない!
ああ、私がタンクだったら。
剣を構えて皆の前に立ち……、盾になったのに。
ヒーラーだけではなくタンクも練習していれば。
脳内に浮かんだのはナイト姿の──エルム。
小さく舌打ちする。
私は彼ではない。
私では庇えない。
この身であの攻撃を受けきることは不可能だ。
今さらな“たられば”は言葉にしても意味がない。
私は、私が出来ることをするだけ。
シンの放った青紫色の禍々しい光線は、アルベドが有する機械の鮮烈な光線とぶつかり合う。
拮抗しているように見えるがエネルギー切れを先に起こすのは……確実に、アルベド側だろう。
シンも魔力は無限じゃないはずだけどあの巨体だ。
すぐに尽きる量でもないのは想像にかたくない。
呆然とするワッカさん。
息を飲むルールーさん。
戸惑うティーダ。
厳しい表情のアーロン。
顔を青ざめさせるユウナちゃん。
彼女を支えながらも槍は離さないキマリさん。
──彼らは、私が今……手の届く“仲間”だ。
盾になれない。庇うこともできない。
それならば。私は私が出来ることを。
もう一度竪琴を取り出してシンを見つめる。
シンの攻撃は最悪の予想を裏切ることなく、アルベドの光線を上回り、跳ね除け、砲台ごと貫いた。
それを目の当たりにした刹那、弦を弾き響かせる。
この状況下で奏でるのはトルバドゥール。
スキルの効果は一定時間、自身と周囲のパーティメンバーの被ダメージを10%軽減させるというもの。
衝撃波を喰らうのは確実だ。
私では守れないけど、それでも……守りたい。
「ナナシ!!!」
強い力で体が引き寄せられる。
シンから意識を戻してくれたのは、ティーダ。
そうだ、私も退かなきゃ。
引き寄せてくれたティーダに感謝しつつ、彼の体を押して後方へ退こうと試みた……が。
ティーダは何故か前へ出た。
──ヒュッ、と息を飲む。
ティーダの背中が。庇うようなその背中が。
あの時をあの人を……彷彿と、させた。
夕暮れ、赤に染まるイシュガルド教皇庁。
光の戦士を友と呼んでくれた人。
雪の中でも困難の中でも笑みを絶やさなかった人。
『お前もまた、大切な友なのだから』
辛い時に迎え入れてくれた、……あの人を。
「だ、……っ、ダメ!!ティーダ!前へ出ないで!」
「うおっ!?あ、危ないから下がれって!」
「ティーダが下がらないなら私も下がらない!!」
「!?ちょっ、ナナシ……!?」
「お願いだから一人で前へ行かないで……!」
縋るようにティーダの腕へ抱き着く。
なりふり構っていられなかった。
羞恥心も、他のメンバーからの視線も、何もかも。
気にはならない。
だってティーダはまだ、……まだ。
この手が届くから。
「ナナシ、大丈夫っスよ。オレは─」
私を見つめるティーダの瞳は曇りがない。
なんで。
どうして、退いてくれないの。
ティーダが紡ぐ言葉は轟音と共に掻き消えた。
攻撃の余波が作戦本部にも届く。
地面も崖も揺れ、脆い土や岩が崩れ落ちる。
立っていることさえ難しくなってきた。もう一度ティーダの腕を引っ張り下がろうと試みる……が。
ぐい!!!と襟首を掴まれて強制的に離れた。
視界に入っていたティーダは消え、目に映ったのは紅蓮の着流しと鋭い眼光。……アーロンだ。
反抗しようにも、大地が揺さぶられる音に私の声は飲み込まれる。そのまま地面へ倒れてしまった。
倒れつつも地面に伏せること……数分。
揺れは少しずつ収まり視界を覆う土煙が薄くなる。
今の状況は?
みんな無事?
砂浜にいた討伐隊の皆さんは?
そして、ティーダは……!?
勢いよく起き上がろうとしたら再び襟首をぐん!と引っ張られた。……いい加減にしてくれないかな!
「ちょっと邪魔しないでくれます、アーロン!?」
「それはお前もだろう。大人しくしていろ」
「私が言うことを聞くとでも?」
「だからこうして押さえつけているんだろう」
「はぁぁぁぁん!?離してくーだーさーいー!!」
「断る」
言い争っているうちにモンスターの鳴き声が響く。
そちらへ視線をやれば……。
シンのコケラ、ギィの姿が現れた。
どういうことなの。確実に倒したはずなのに。
「行くぞ」そう短く告げて私の襟首を掴んだまま、アーロンはシンのコケラ・ギィの元へ。そこにはすでにユウナちゃんと……シーモア老師がいた。
ルールーさんキマリさんワッカさんの姿はない。
もちろん、ティーダも。
「先に今、お前がすべきことを成せ」
「……わかりました。ええ、わかりましたとも!」
襟首にある手を振り払い、ユウナちゃんに駆け寄った。どうやら大きな怪我は負っていない。
彼女の表情は戸惑い、強ばったまま……だけど。
「ユウナちゃん大丈夫!?怪我はしてない?」
「……大丈夫、です。ナナシさんもお怪我は……?」
「ないよ、ありがとう。まずはコケラを倒そう。
それから状況把握をしつつ皆を探しに行こう!」
「はい……!」
大丈夫。
キマリさんもルールーさんもワッカさんも、みんな頑丈で悪運も強そうだ。きっと無事に違いない。
自分にも言い聞かせているような台詞に苦笑した。
「失礼ですが。あなたは戦えますか?」
「見た目で判断されているなら、舐められたもんですね。私は召喚士ユウナのガードですよ!」
「これは失言でした。では、力をお借りします」
「任せてください」
初めてシーモア様と言葉を交わしたな。
……どこかで耳にしたことのある声。
いや、今考えるのは止めておこう。
矢を手に取り、自身にバフをかけて戦闘開始。
復活したコケラのギィは先の戦闘と同じ行動・攻撃パターンだった。となれば、右腕をアーロンが。
左腕を私が。頭部はシーモア様が魔法で叩く。
トドメの一撃はユウナちゃんの召喚獣。
容赦なくヴァルファーレが沈めてくれた。
ふわり、ふわりとエーテルが舞う。
それを目にしてから、崖へ向かうユウナちゃんの後を追った。状況としては……最悪、の一言。
シンの初撃はアルベドの機械をほとんど壊し、崩れ落ちてきたであろう岩が砂浜の至る所にある。
討伐隊の人たちもチョコボ騎兵隊も、数は少ない。
砂浜で倒れている人は……恐らく、息絶えている。
目を反らし、覆いたくなる光景が広がっていた。
これはどこをどう見ても……惨劇、だ。
さらに海上に鎮座するシンは、一際高い場所に建てられた塔の方へ巨体を動かす。
アルベドの機械の中で一番大きな装置を有する塔。
そこから鋭い閃光がシンへ向け放たれるが、例の膜によって受け止めるように防がれた。
こちらの攻撃を防ぎながらシンも光線を放つ。
威力のあるその光線は……塔と機械を破壊した。
息を飲み、声を殺し、震える肩が目に入る。
ユウナちゃんは決して俯かなかった。
この光景を真正面から見つめていた。
強い子だな、と思う。
戦い慣れてしまった私とは違い、彼女はまだ旅へ出て数日。キーリカ島の被害でさえ涙を流した。心を痛めていた。そんなユウナちゃんが奥歯を噛み締め惨状を目の当たりに耐えている。
……涙を、堪えている。
「……まだ救える命があるかもしれない。でももう救えない人の方が多い。そういう状況が砂浜には広がってる。ユウナちゃんは、どうする?」
「っ、行き、ます。行かなくちゃ……!」
「うん、わかった。ユウナちゃん手を出して?」
震えながら差し出してくれた手をぎゅっと握る。
「倒そう。みんなで、シンを」
「はい……。私、シンを倒します。必ず倒します」
「“一人で”、は、ダメだよ?」
「っ、はい……!」
「この光景も一人で背負わないで。私も、みんなも……忘れないから。戦った人たちのことも」
手を離してユウナちゃんを見つめた。
潤んだ瞳から涙は未だに零れていない。
強くて、真っ直ぐで、涙脆くて。優しい子だ。
周囲を確認してアーロンを探す。
丁度こちらへ向かってきていたようで、すぐに目が合い、顎で「あっちだ」と降りられる所を指した。
急いで向かうユウナちゃん。
私もユウナちゃんを追いかける……前に。
振り返って特徴的な髪型の人へ一言。
「この光景を見せるためにユウナちゃんをここへ招いたのだとしたら、私はあなたを許しません」
ゆるりと弧を描く口元。
眉尻は下がっているが目は私を見据えている。
すっとぼけんじゃないっての。
召喚士ユウナ一行を招いたのは、あなたでしょう。
先にいた召喚士を追い払ったのに、ユウナちゃんを受け入れたのには絶対理由があるはず。
……ここで尋ねることは出来なさそうだけど。
「お名前を、お伺いしても?」
「お断りします」
にこっ、と微笑まれたので微笑み返す。
んん。慣れない作り笑いは口角が引き攣るなぁ。
踵を返し、ユウナちゃんとアーロンを追う。
崩れた崖が天然の階段を作り上げていた。
岩を足場に飛び降りている途中、海へ視線を移せばシンが水中へ潜って行くところを捉えた。
……エネルギー切れには早いと思うけど……。
あのまま攻勢へ転じられていたら作戦本部も巻き込んで私たちは全滅してた、よね。
被害は甚大だが、ここでシンが退いたのは不幸中の幸い……と考えなければ。
砂浜へ降り立ち周囲を見渡す。
地面を大きく抉られた砂浜。
崖の大岩が砂浜にいくつも落ちている。
アルベドの機械も粉々に壊され、討伐隊もチョコボも傷つき倒れ、無事とは言い難い光景が広がる。
波打ち際に目をやると、大声で何かを叫びながら海の中へ走って行くティーダの姿を見つけた。
え!?なに?どこへ……、……まさか。
シンを追っている……?
「ティーダ!?……っティーダ!!!」
「ナナシ!!海はまだ危ない!近づくな!」
グッ、と強い力で腕を掴まれた。
後を追って走り出そうとした私の腕を取ったのは。
「……ルッツ、さん」
「おう。まぁその、なんだ。死に損なった」
「何言ってんですか!無事でよかったです……!」
「オレだけじゃないぞ」
「……ナナシさんこそ、生き急いでますよね」
「ガッタさん!!」
ルッツさんとガッタさん。
あちこちに傷を負っていて血も出てるし、服も髪もボロボロだけど……二人は並んで立っていた。
急いで白魔道士の装備に替えてケアルを唱えた。
加えてエスナもかけて状態異常の懸念も払拭。
二人とも命に別状はないように見える。
よかった、無事で本当によかった……!
「どこへ行こうとしてるんですか」
「!そうでした!ティーダが、海に入って……!」
「で、ナナシはそれを助けたいわけだな?」
「だからって自らも海へ?馬鹿なんですか?」
「ええ……!?ルッツさんの言葉は肯定しますが、ガッタさんは辛辣すぎません……?」
「当たり前ですよ。人に死ぬな、生きろと言うくせに自分の命は棚に上げてるじゃないですか」
……え?いやいや、そんなつもりはない。
…………まさか、二人にはそう見えてるの?
「追おうとはしてますけど……海へ入ろうとは」
「本当ですか?だってもう彼の姿、ないですよ」
「勢いよく飛び込んだよなぁ、あいつ」
三人揃って海を見つめる。
未だ、穏やかではない海。
その中へティーダは入っていった。
「あいつはブリッツボールの選手なんだろう?泳ぐのは得意なはずだ。この荒波でも帰ってくるさ」
「つまりナナシさんだと溺れるってことですよ」
「こーら、ガッタ!」
「だって先輩、この人オブラートに包んだらきっと突っ込んで行きます。脇目も振らずに」
……当たらずも遠からず。
ガッタさんの指摘が鋭くて苦笑した。
二人の言葉で私は足を止めた。
信じよう。ティーダを。
きっと帰ってくる。必ず、帰ってくる。
海を見つめていると突如、ザザァッ!!と波が沖の方へ引いた。引いたということは寄せる波の勢いも強くなる・ということで。
三人とも下がろうとしたが波の方が速かった。
足元へ届く波。
それが触れた瞬間、私の視界が揺らいだ。
体が海へと傾く。
ルッツさんとガッタさんが焦った声色で私を呼ぶ。
突然の出来事に対処できない。
──ダメだ、意識が飛ぶ。
黒に覆われていく視界。
朦朧とする意識の中で聞こえてきたのは、いつかどこかで耳にした……幻想的な歌、だった。