東部森林の空は、曇り。
今にも雨が降り出しそうな空気さえ感じる。
そんな中、十二神大聖堂へ到着した。
門を通り過ぎたら中央にエルムが立っていた。
その姿は私がエオルゼアへ来てしまった時と同じもの。近寄れば何やら複雑そうな顔をしている。
名前を呼べば深いため息を吐く。
なんなんだ、どうしたというんだ。
首を傾げ言葉を待っていると重々しく口を開いた。
「ナナシ、この日が来てしまった」
この日。
一瞬疑問符が浮かぶが、直ぐに思い当たった。
十年前、私がこの世界へ来た意味を。
エオルゼアで力をつけて別の世界へ行く。
それが今日なんだとエルムは言う。
「今のナナシなら星の意思……ハイデリンの声も届くだろう。どこへ向かうのかは彼の人に尋ねるといい。で、何故ここを選んだかと言うとだな」
一言で言えば、モンスターが来ない。蛮族も。
他の冒険者や町の人もほぼ来ることはない。
そんな稀有な場所はここぐらいしかない。
人目を気にせず話せる場所は、ここだけだと思う。
腕を組んで私を見下ろすエルム。
ここ数年で身長は伸び、現代にいた頃より少しだけ高くなった。まぁ長身のエルムには微々たる成長なんでしょうけども。羨ましいったらない。
「えーと、お世話になりました?」
「そうだな。随分世話してやった」
ぐしゃ、とやや乱暴に頭を撫でられる。
……名残惜しい。そう言うかのように。
眉間に皺を寄せて難しい表情のエルム。
なんだか、らしくない。私は声を出して笑った。
「どこに行くのか分からないけど、簡単には死なないよ。誰に鍛えてもらったと思ってるの?この世界の主人公で、英雄で、最強のエルム様だよ?」
竪琴を取り出し、弦をひとつ弾く。
「釣りは上手いし採掘だって早い!あー、でも園芸師と調理師は向いてないかな!晩ご飯にリンゴ丸々一個出された時は“せめて剥けよ”って思ったもん。お陰で私の調理師スキル、カンストしたし!」
「……そうだな」
「あと、人の恋路を手助けするの程々にした方がいいよ。エルム、キューピッドじゃなくて間男になっちゃう。夜道と背後には気をつけてね……」
「……それは、気をつける」
ポロン、ポロンと続けて弦を弾き音を響かせる。
自分でも驚くほど穏やかな旋律に笑みが零れた。
「エルム、助けてくれてありがとう」
「礼はいらない」
「唯一返せるものなんだから素直に受け取って!
両手いっぱい、心の底から、ありがとう!!」
「……ああ、わかった。どういたしまして」
ようやく薄く笑った。
そうそう、その調子でいつもの元気・勇気・漢気!溢れる冒険者殿に戻ってくださいよ!
竪琴が奏でる旋律は変わらず緩やかに。
「ミューヌさんやギドゥロ、街の皆にも感謝を伝えてほしい。直接言えないのは……残念だけど。
私の思いはエルムが分かってくれてるでしょ?上手いこと伝えてね!辛くて泣いた日もあったけど、うん、やっぱりエオルゼアは楽しかった!」
そう、楽しかった。
死ぬほどキツくて辛くて逃げ出したこともある。
その苦しみを超えるほど、楽しかったんだ。
現代では考えられないくらい、強くなった。
「エルムは?楽しかった?」
「もちろんだ。……多くを語ると、泣いてしまう」
「ふふふー、鬼の目にも涙だ!」
「ナナシ」
「本当のことじゃん!」
笑いかければ笑い返してくれる。
別の世界から来たと宣う、ただただ怪しさしかない迷子の私を、肩車で連れ出してくれた人。
エオルゼアの光の戦士で、冒険者。
私にとっては身元保証人で保護者。
戦闘に関してだと厳しい師匠で頼れる先輩。
私生活では、きっと。
「エルムはこの世界で私の初めての友達だよ!」
「……ああ、鈍臭くて目が離せない、友人だ」
「鈍臭いは余計では」
「呑気、も追加しておこうか?」
「ポジティブワードも入れてほしいんですが」
「ははは!そうだな、場を明るくする才能がある」
急に褒められると照れちゃうなぁ。
ふと、足元を見れば自分がエーテル化していく。
じわりじわりと消えていくが、不安はない。
これはマザークリスタルに喚ばれている証拠だ。
全くとんでもねぇ存在だね、星の意思ってのは!
上半身と腕しかないけど改めて居住まいを正した。
「私の心も身体も能力も、強く鍛えてくれてありがとう。あなたに負けないくらい、頑張るよ!」
「ああ。エオルゼアの地から応援してる。きみに……
ナナシにクリスタルの導きがあらんことを」
微笑むエルム。
腕が使える内に、と時神のピーアンを発動。
すると驚く表情を浮かべ、いつもの笑顔になった。
ふははは!弱体化、ひとつ解除!!
悲しみは吹っ飛んだかな?吹っ飛んだよね!
それじゃあ、最後にバフを盛りに盛ろう!
竪琴を立て続けに響かせる。
軍神のパイオン。そして、バトルボイス。
トルバドゥール、地神のミンネも重ねて。
「エルムにもクリスタルの導きがあらんことを!」
「……ナナシ、お前って奴は」
距離を詰めてエルムが目の前にやって来た。
イケメンの笑顔は何年経っても格好良い。
腕が消えたので後は笑顔で別れるだけ。
エルムの右手が私の左耳に触れる。
「俺はナナシを心配する。一人の友として、きみの保護者であった者として。だが、冒険者のナナシとしては何の心配もしてない。頑張れ。ナナシの贈り物、しかと受け取った。これは俺からの餞別だ」
耳に重さを感じた。
きっとイヤリングだ。抜け目のない人だなぁ。
夜な夜な作ってたのかな。エルムのことだから、
ハイクオリティのイヤリングだと思う。
最高のお守りだよ!
ふふ、と笑みを零し耳へ視線を向けていたら、
頬に何かが触れた。
少し硬くざらりとした感触のそれ。
瞬間、頭に過ぎったある人の言葉。
“アウラ族の愛情表現は角を擦り合わせること”
よ、よ……よよっ吉田ぁぁぁああああ!!!!!
口が消えてしまったので叫べない!
うわ、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
エルムっ、エルムゥー!!!
耳が消える直前に届いた声は。
「ありがとう、ナナシ」
穏やかな、それでいて少し哀しさを含んだもの。
我慢していた涙が今になって流れる。
ずるい。ずるいなぁ。
最初から最後まで、ずっと優しかったエルム。
彼の強さと優しさを私は忘れない。
恩人にして友人である、アウラ族のエルムを。