本格的に寒くなってきた、11月下旬。
今年も暖冬だとお天気お姉さんは言っていた。
確かに年々暖かい…いや、暑い日が増えている。増えてはいるのだが、朝晩の冷え込み方はやはり夏とは比べ物にならない。と、思う。
布団の中で身をよじる。部屋の空気が冷たい。
お布団さんが暖かくてここから出たくない…!
チラ、と目覚まし時計を確認し出勤時間を逆算する。よし、まだギリギリ大丈夫。
正確にはあと5分、ここで暖を取れる。
「……赤崎、寝坊した?」
「えっ、いつも通り起きましたが!?」
「へぇ?後ろ髪がハネてますけど?」
そう指摘されて慌てて押さえるがどうやら遅かったようで、同期はニヤニヤ笑っている。
そうです、5分暖を取るつもりが20分ほど寝落ちてしまって遅刻するギリギリで間に合った。
全くギリギリ大丈夫ではなかったよ。
あと5分、暖を取れる。なんて喜んでたあの時の私をビンタしたい。目を覚ませ、今すぐ起きろ。
割りとマジで走ってきたので、汗がすごい。
まずは水分補給しようと自販機へ足を向ける。
お茶にするか、スポーツ飲料水にするか。
温かい飲み物の柑橘飲料も気になる。
数種類ある自販機の前をウロウロしていると、後から来た先輩に「真剣に悩みすぎ」と笑われてしまった。くっ…!とても恥ずかしい。
寒くても、ちゃんと起きようと心に決めた。
躊躇わず暖房をつけるぞ、というのも。
***
『で、寝坊したのか』
「お布団さんが暖かいのがいけないんです」
『まー、分からなくもねぇけどよ!』
電話を取ってすぐ、「どうした?」と聞かれたので答えると普通に笑われた。ちくしょう。
エースくんは以前、寒さには無縁だ・と言っていたからお布団さんの魅力は分からないと思っていたけど、どうやらそれとこれとは別らしい。
「エースくん」
『っ、な…なんだよ?』
「…名前を呼ぶと一瞬怯むのはなんでです?」
『それは…。呼ばれ慣れなくて、だな』
「照れてる?」
『からかうんじゃねェ…!』
これは照れてるなぁ!
年下だと知ったからか、彼の言動は可愛いなぁと頬が緩んでしまう回数が増えた気がする。
エースくんの隊は不寝番らしく、今日は外から連絡しているらしい。不寝番。船に乗っているなら必須の役割だろう。
他愛もない話をしていたら、今から向かう島は冬島ということを聞いた。こちらと同じような気候になるわけか…。
『おっ、雪が降ってきた』
「海で雪かぁ。幻想的ですね」
『そんなイイもんじゃねぇけどな……ん?』
「?どうし、」
『は、この船を誰の船だと思ってんだ。知った上での夜襲か?それとも、ただの馬鹿か?』
「エース、くん。何かあったんですか?」
『今から起こる・が正解だな。悪い、切るぞ』
切られる直前に彼の大きな声が聞こえた。
『敵襲ーッ!!!』
敵襲。
つまり、他の海賊がエースくん達の船を襲いに来たということ。正直なところ、今の今まで彼が本当に海賊なのか怪しんでいた節があった。
街や人を襲ってきた、とか
こういうものを奪った、とか。
そういう、私が知り得る“海賊”の行為をエースくんは決して話さなかった。いや、あえて話さなかった…の、かもしれないけど。
なんというか、エースくんや仲間の人達は私のイメージする海賊とは違って、傍若無人な振る舞いはしないだろう。そう、勝手に思っている。
でも、敵襲となると話は別だ。
自分の船や仲間守るため、向かってくる相手を倒す。それはそうだ。だって、彼は海賊…だから。
電話が切れて30分もしない内に、着信がきた。
急いで応答するといつものエースくんの声が。
『リオ、いきなり切ってごめんな』
「いえ、大丈夫ですよ。エースくん、怪我してませんか?仲間の皆さんも無事ですか?」
『ああ!誰も怪我してねぇよ。みんな無事だ。
ついでに相手もな。まぁ、あっちの船は所々焦げてるし、だいぶ小舟になっちまったけど!』
焦げてる…?船が?何故。
いやいや、仲間の皆さんもそれに相手までも怪我が無いのなら良かった。…良かった、で合ってるのかな。彼ら、海賊の世界観がわからない。
エースくんはそれ以上、今の戦闘のことを口にしなかった。私を気遣ってくれてるんだろう。
それなら、私も突っ込んで聞くのは止めておこう。正直、とってもとっても!気になるけどね。
『はぁ〜、目が冴えちまった』
「不寝番なら都合がいいのでは?」
『まぁなァ。腹も減ったー』
「今の時間に食べると太りますよ!」
『そりゃあリオの経験上、か?』
「え?あー、はい?なんですか?急に声が遠くなりましたよ?もう一度言ってくれますか?」
『ぶっ、ははははっ!怖ェー!リオ、そんな声出せるのかよ!はは、悪ィ悪ィ。怒んなって!』
「…悪いと思ってます?」
『んぐっ、ふ、ははははは!!』
思ってねぇなこのやろう。
笑いが止まらないエースくんは放っといて。
電話の向こうの音に耳を傾けてみる。
何かを片付けるような音。色々な人が話す声。
静かに揺蕩う海の音。時折、誰かの笑い声。
「雪は、積もりそうですか?」
『ああ。朝までには積もるだろうな。おれは寒くねェけど、今夜は冷えそうだ』
「暖かくしてくださいね」
『おう、今夜は服を着るわ』
今夜は服を着るわ?
つまり、今は着ていない!?
まっ!待って…どういうことだ。
久しぶりに思った。なんなのだろうかこの人は。
「…服は、着てないんですか」
『基本着てない…いや、ズボンは履いてる!』
「上半身は!?」
『別に上はいらねぇし』
雪が降るほど寒いのに、服はいらねぇと。
あれかな?寒さを感じない体質とかかな?
そうでもないと、上半身裸とか…考えられない。そして信じられない。ヤバいなエースくん。
エース隊長、上着持ってきましたよ〜!
そんな声が聞こえて、感謝を述べるエースくんとそれを羽織る音も耳に届いた。
…本当に上は何も着てなかったのね、すごい。
『リオも暖かくして寝ろよ!』
「はい、そうします…」
『…引いてんじゃねェよ…』
「ドン引きしました」
『おれを変態みたいに捉えないでくれるか?』
「道端で出会ったらただの露出狂ですよ」
『この船にはいっぱいいるぞ!』
「ヒェッ」
海賊って上半身裸がほとんどなの?
…もうわけが分からないよ。ジャックはしっかり着てたじゃん!フック船長も着てるじゃん…!
エースくんの海賊船にはちょっと乗りたくないな。目のやり場にすっごく困りそう。
『付き合わせるのも悪いし、そろそろ切るぞ』
「分かりました、それでは」
『ああ。またな、リオ。おやすみ』
「はい。エースくん、おやすみなさい」
通話が切れて、スマホを置く。
雪、か。こちらも雪が降るかな。
富士山の初冠雪はまだだし、もう少し先かも。
雪が降るほど寒くなったら、マフラーを買おう。
お日様みたいな、オレンジ色のマフラーを。