人の活気に溢れた港町。
耳に届く言葉は日本語で心からホッとした。
…のも、つかの間。
看板やポスターは英語で。人々が扱う硬貨や紙幣は今まで見たことがないものだった。
一体どういうこと。ここは、どこなの?
疑問が増えるばかりだ。
ひと息つこうと近くのベンチに腰をおろす。
恐らく私が持つ紙幣は使えないだろう。けれど、両替所や買取店があればこちらの紙幣に替えられる…かも、しれない。価値があるかは不明だが。
何かお腹に入れたいし、飲み物もほしい。
となれば、やはりまずはお金をどうにかしないとだな。ため息をひとつ吐いて立ち上がる。
「お嬢さん、旅人かい?」
立ち上がってすぐ、声をかけられた。
振り返るとそこには背の高い男性がいた。
えっ?いやいや待って。身長、高すぎない?
私、目をやられた?私の倍以上の背丈に驚く。
「まぁまぁ、座りなさいよ」
非常にのんびりとした動きでベンチに座るその人。隣をペシペシと叩き、座れと促される。
なんだろうこの人。不審。不審感しかない。
「…ん?あァ、大丈夫大丈夫、取って食おうだなんて思ってないからさ。ほら、どうぞ〜」
本人はズルズル〜っと体を滑らせ、ダラけきった姿勢でベンチに…べ、ベンチに…座、座ってるの、これ…?えっ、ちょっと何?脚長くない?
ツッコミが追いつかなくて腹が立ってきたな。
「失礼、します」
「まぁおれのベンチじゃないんだけどね」
「あの、どうして私を旅人だと?」
「んー?そりゃあ、ここ春島なのに厚手のコートを腕にかけてるし、目新しそうにあちこちキョロキョロしてるし、疲れた〜って顔してりゃあね。旅人か何かだと思うでしょ」
「えっ」
「なによ」
「春、島?」
「そ。お嬢さんもしかして冬島から来たの?この辺の冬島って遠くない?大冒険じゃない」
春島。
聞いたことがある。というか、どの季節の島にいる・というのをエースくんから聞いているからその単語を知っているのは当然だ。
ということは、もしかして。もしかして、だけど!エースくんと会えるかもしれない?
…なんてね。
そんな、“まさか”は有り得ないだろうなぁ。
「あなたは、ここの島の方ですか?」
「いーや、散歩途中に立ち寄っただけ」
「そうなんですね…」
「でぇ?」
「はい?」
「お嬢さん、お金持ってるの?」
「…えーっと……交番はどこかな…」
やばい人だったっぽいな?
援助交際とか勘弁してくださいよー!
私、身が軽そうに見えますか。そうですか。
その無駄に長い足、全体重かけて踏むぞ。
私の怪訝そうな視線に気づいたのか、その人はヤレヤレと肩を竦めた。や、ヤレヤレって何だ!
「最初に言ったでしょ?取って食いやしない、って。このベンチに座る前、財布を開いて閉じてを繰り返してたから、もしかしてこっちのお金持ってないんじゃ?と思ったのよ」
「…ちょっと私のこと見すぎでは?」
「人間観察が趣味なんでね」
「悪趣味ですね」
「はっきり言うね〜。まぁその通りか」
お嬢さんの紙幣みせて。
と手を出してくる。…手もかなり大きい。
というか、おでこのアイマスクはなんなんだ。
眩しいと眠れないタイプなのか。
とりあえず、自分の紙幣を取り出す。
いけっ、野口さん!諭吉は怖くて出せない!
受け取ったその人は裏と表を何度も見て、透かしてみたり厚さを確認したり。顎に手を添えて物珍しそうに野口さんを眺めている。
「見たことねェ種類の紙幣だなぁ。これ、なんて読むんだ?どんくらいの紙幣価値?」
「円、と読みます。これは千円ですね」
「エン。へーぇ。わからん!」
「…こちらの通貨は何ですか?」
「ベリーだ。Bに縦線二本」
「ベリー。私も聞いたことないですね…」
ドルやユーロ、元にポンドは耳にしたことがあるし、極めて有名であると思う。だが、ベリーは初めて聞く。結局何もわからず首は傾げたままだ。
両替が難しそう、というのが知れたくらいか…。
割りとマジで絶望しちゃう。
「交換したげよっか」
「…はい?」
「こっちの通貨ないと困るだろう。あ、ちょい待ち。オジサン手元にベリーあったかな…」
ゴソゴソと懐を漁る、怪しい…お、オジサン?
そんな年齢いってる風には見えないけれど、本人がそう言うんだったら…オジサン、と呼ぼう。
「あの、オジサン…?」
「ダメー。自分で言うのはアリだけど、お嬢さんにオジサンって言われるのは心が傷つくのでお兄さんって呼んでくださーい」
めんどくせぇな!!!
…私、本音を飲み込む天才では?と思うほどに、飛び出しそうな暴言をグッと堪えた。親切に接してくれてるだけに邪険に出来ないのが困る。
お兄さん…が、懐から出したのは数枚の紙幣。
あらまァ、意外と持ってたわ。なんて少し口元を緩ませて私に差し出してきた。
「これで10万ベリー」
「は」
「お嬢さんの紙幣で一番値が高いヤツはどれ?」
「一万円…です。けど!そちらの通貨と同等の価値はないと思うので、本当に交換していただけるなら、この一万円を千円に交換してくださると!助かります…!」
「えー?価値を決めんのはお嬢さんじゃないだろ?いいよ、一万を10万ベリーで買い取る」
「いえ!結構です!!」
「お嬢さん、頑なだねぇ…」
お金はね!きちんとしないといけないんだよ!
見知らぬ人がここまで気にかけてくれるだけでもありがたいのに、10万という大きなお金。そんな簡単に受け取れるはずがない。
結局、一万円は1万ベリーで交換。
ということで折り合いをつけた。
「見ず知らずの人間に、ここまでしていただいて申し訳ないです。ですが、とても助かりました。ありがとうございます」
「いいのいいの、これがおれの正義だから」
「?正義?」
「…お嬢さん、ここは比較的穏やかな島だ。
悪いヤツもあまり現れない。でも、過ごすなら街中にしなさいよ。夜は絶対、外に出ないこと。旅人なら特にね。わかった?」
「はい。…お兄さんは警察官みたいですね」
「そお?こんなダラけきった警官いる?」
「いえ、いません。もっとピシッとしてます」
「言うじゃないの。面白ェお嬢さんだ。さてと、オジサンはそろそろ散歩に戻ろうかねぇ」
よいしょー、と気だるげに立つお兄さんはやはり身長が高い。高すぎる。見上げるってレベルじゃない。こ、これは首が痛い。
お兄さんが去ってしまう前に、頭をこれでもかと下げてお礼を言えば優しく頭を撫でられた。
「お兄さん、お名前をお聞きしても!?」
「名乗るほどのモンじゃねェよ、と言いたい所だけどな。おれは…あー、そうだな。青キジのオニーサンとでも覚えといてくれや」
機会があれば、またな。旅人のお嬢さん。
手をヒラヒラ揺らし青キジのお兄さんは街中へ姿を消した。頭1つ以上飛び出してるから、まだ遠目でも確認できるけどね!何センチあるのかも聞けばよかったなぁ。
…なんだか不思議な雰囲気を持つ人だった。
手にした1万ベリーを眺める。
そんな私に再び声がかけられた。
今度は恰幅の良いおばさ…お姉さん?だ。
「あんた、大丈夫だったかい?」
「ええと、何に対する大丈夫…でしょうか?」
「今の大将青キジだろう?私らじゃそう簡単に口を挟めなくてね。ひやひやしながらあんたを見てたんだよ。しかし、こんな港町に大将が現れるなんて…驚いたもんだ!」
「あの、大将っていうのは…?」
「知らないのかい?珍しいね。大将ってのは」
世界政府直属の組織・海上治安維持組織。
簡単に言えば、海軍。その本部にいる三大大将と呼ばれる内の一人、それが今いた男…青雉さ。
お姉さんが紡いだ言葉に気を失いかけた。
そ、そんなに偉い立場の人と私は…なんて会話をしたんだ…!なめた態度も随分とってしまった。
だって気さくすぎる。怪しすぎた。
…そして、なんだかんだと優しかった。
不思議な雰囲気を持つ人だと感じたのは、こういうことだったんだ。心の中で、納得する。
海軍。大将。ベリー。春島。
やはりエースくんがいる海に近いものを感じる。ここは私の知る世界ではないと思う。
交換してもらった1万ベリーをギュッと握りしめ、お姉さんに尋ねることにした。
「お水はいくらで買えますか?」