その名も、モビー・ディック号。
家、とはよく言ったもので、その船は規格外に大きかった。船首の白いクジラが大きさを物語っている。この既視感は、そう、テール様だ!
縄張りを守るクジラ!なるほど、と納得した。
エースくんに手を引かれ、船へ降り立つ。
少し……いや、かなり緊張してきた…!
繋がれた手を無意識に強く握った私に、エースくんは「大丈夫だぞ!」そう言って頭を撫でてくれた。はわわわわ、頼もしい!好き…!!
よし、とりあえず落ち着け私。
エースくんに頼りっきりではいけない。
そう。肝心なのは挨拶だ。第一印象で決まる!
地獄の就活生活を送ってきた私だ!やれる!
私ならやれるぞ、赤崎莉央!!
「リオ、大丈夫だって」
「えっ!はい!よろしくお願いします!」
「くっ、ははははは!カッチコチじゃねーか!何をよろしくするつもりなんだ、落ち着けよ!」
…やれる、ビジョンが…見えません…。
エースくんに笑われながら船内を歩く。
船長さんの元へ行くらしい。この船の船長さん。エースくんやマルコさんが「
一体どんな人なんだろう。
きっと、懐が深くて器の大きな人に違いない。
船長さんの元へ向かう途中、誰一人としてエースくんの仲間とすれ違うことがなかった。こんなに大きな船なのに、そんなことが起こりうるの?
もちろん疑問には思ったが、船長さんとの対面が迫っているのでそれを考えている時間はない。
「ここだ」
「き、緊張します…!」
「リオ、」
「は…ははははい!」
「おれが傍にいる」
「!そうですね、とっても心強いです…!」
エースくんを見上げれば、しっかり目が合う。
真剣な瞳が突然ふっと緩められた。
「エースく、」
──ちゅ。
唇が軽く触れた。
それはすぐに離れたが彼の瞳は私を映している。
真っ直ぐ見つめてくるエースくんに、私の頬は一瞬で熱くなった。顔も真っ赤に違いない。
「よーし!気合い入った!」
「!?ちょっと、待ってください!それはエースくんだけなのでは!?私にも心の準備を!」
「オヤジー、入るぞ!」
エースくん!!!
腕を引こうにも彼に力で勝てるわけがなく。
抵抗虚しく船長さんの元へ引きずり出された。
いや、せめてノックとかしようよ…!?
中に入るとマルコさんを含めた数名が並んでいて、その中央。三日月状に反っている特徴的な白いひげ。黒いバンダナを頭に巻き、鼻には呼吸器系の管が通されている。そして、私がこの世界に来て今までで一番、大きな体格を持った人。
その人こそ、この船の船長さん…だった。
「オヤジ!前に話した電伝虫の相手、リオだ!」
「初めまして、私は赤崎莉央と申します。船長さんの大事な船に、私のような一般人が無断で乗船してしまい、申し訳ありません」
ビシー!と90度に体を曲げて頭を下げる。
おお、真面目だなぁ。真面目だねぃ。
隣と奥からそんな声が聞こえたが、無視無視。
「グララララ、そう畏まらなくてもいい。頭を上げてくれ。お前さん、おれの縄張りを守ってくれたらしいじゃねェか。ありがとうなァ」
「い、いえ!守った…というか、ほとんど自分のエゴで動いただけというか!お礼の言葉を頂くほど、大それたことはしていません…!」
「島民も守ってくれたんだろう?そいつァ充分、大それたことだ。素直に受け取ってくれや」
「は、はい!謹んで頂戴いたします…!」
なぁリオ、めちゃめちゃ固くない?
腕をつついてくるエースくん。やめるのです…!
私を見つめてくる船長さんの視線は柔らかいが、周りにいる方々の視線はなかなかに鋭い。
こんな小娘、不信感しかないですよね。わかる。
「なぁオヤジ、リオを船に乗せてもいいだろ?」
「なんでエースは船に乗せる気満々なわけ?」
「ハルタァ、察してやれよ!」
エースの愛しい愛しいリオちゃんだぞォ?
いや、どこの誰か知らないし。
ほう。もしや例の電伝虫の姫かな。
姫ェ!?どこの国の!?大丈夫なの?
武器は持ってないようだ。よく無事だったな?
可愛い子を捕まえたなァ、エース!
エースくんの発言を皮切りに、並んでいた皆さんから様々な声が飛んでくる。
好奇からくる声や、警戒を顕にする声。
ざわつく中、どう答えたらいいんだろう。
「聞きてェことはそれぞれあるだろうが、まずはリオの言葉でこの船に乗りてェ理由を説明してもらえるか?そっから親父に判断を仰げばいい」
助け舟を出してくれたのは、マルコさん。
マルコさん…!ありがとうございます!!
頭を下げれば、頷かれた。
説明するタイミングを与えてくれたマルコさんに感謝して、私がここへ来た経緯を話し始める。
この世界とは違う別の場所から来たということ。
私の世界には海賊はほとんどいなくて、海軍もそこまで力を持っていないということ。
話す言葉も書いている文字も分かるが書くことは出来ず、使っている紙幣も違うということ。
そもそも、
「元の世界へ戻るにはどうしたらいいのか分かっていません。ですが、いつか必ず帰るという確信はあります。それが一年後なのか明日なのか…今この場で戻る可能性もありえます」
「こっちの知識も常識も曖昧で、身を守る術がほとんどねェんだ。みんなが怪しむのは分かる。今すぐ信用してくれとは言えねェし、受け入れてくれとも言えねェ。だけど!」
おれはリオを見捨てることは出来ない。
リオが自分の世界へ戻れるその日まで、少しでも力になってやりたい。傍にいてやりたい。
エースくんが声をあげてくれる。
ちゃんと言葉を選んで。私のことを、想って。
仲間の皆さんも真剣に耳を傾けてくれている。
「…私の事情をひっくるめて、こちらの船に乗せていただきたい理由、ですが。ええと、その…」
「好きな人と一緒にいたい。そんだけだ。な?」
「…はい。エースくんと一緒にいたいです」
そう、色々話したけど結局はこれなんだ。
個人的すぎる理由。断られても仕方の無い理由。
でもこの本音だけは伝えておきたかった。
言い淀んでしまったけれど間髪入れずに言葉にしてくれたエースくんが、とても頼もしい。
私たちの話を聞いて、船長さんは笑いだした。
「一緒にいてェと互いが思ってんなら、二人を引き離すのは野暮ってモンだ。それにエースの想い人ってだけでも、おれァだいぶ感慨深いぜ」
グララララ!
豪快に笑う船長さん。
「エース、守ってやれよ」
「当然だ」
「リオ…と言ったな?お前は守られるだけか?」
「私は自分の足で立てます。出来る限り自分の力でこの世界と向き合います。守られるだけの存在には、なりたくないです」
「…あァ、悪くねェ答えだ」
ニッと笑顔を見せてくれた。
大きい人だな、と改めて感じる。
「こいつは今から、白ひげ海賊団が身を預かる!
保護対象でも客でもましてや海賊でもねェ!
エースの家族で、ひいてはおれたちの家族だ!」
ギュッと胸が詰まる。
泣いてしまいそうで、瞳を閉じて堪えた。
瞼を上げて手を握ってくれているエースくんに視線を送ると彼もまた、嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう、ございます…!不束者ではありますが、よろしくお願い致します!」
船長さんへ思いきり頭を下げて感謝を伝える。
仲間の皆さんにも向き直り、同じく頭を下げた。
先ほどまでの鋭い視線は幾分か和らいでいる。
船長さんの一言はこんなにも大きいんだな…。
懐が深くて器の大きな人、不安をも包み込んでくれる…。船長さんが皆さんから“親父”と呼ばれている理由が、少しだけ分かった気がした。
「…エースの家族か」
「確かに感慨深いな」
「家族…」
「家族…か」
「つまり?」
「エースの?」
「嫁だな」
……。
ん!?
よめ、嫁ぇ!?だれが!…私か!
エースくんの?嫁??
恋人になったばかりでは!?
「なるほど、嫁か…」
「エースくん!?!!」
「嫌か?」
「い!嫌じゃ、ない、です…けど」
むぎゅううう!と抱きしめてくるエースくん。
まっ、待って人の目があるよエースくん!
落ち着いて!!というか皆さんの視線がなんか生暖かい!なんなのこの状況!やめてぇぇ!
そ、そうだマルコさんだけでも助けっ…!
「妹が出来たねェ」
…無理だった。
「あの、船長さん!」
「リオ、おれァ船長さんじゃねェ。親父だ」
「!?えっと…!?エースくん…!」
「オヤジは親父でいいんじゃねぇか?」
「軽いですね!?で、では…親父、さま?」
「グララララ!くすぐってェなぁ!!マルコォ、可愛い娘が出来たと全クルーに知らせとけ!今夜は宴だ!!いいな、可愛い息子共!!」
うおおぉぉおーーー!!!!!
何故か盛り上がってしまっている。
ど…どういう展開になったのこれ…?
エースくんに至っては、これで用はおしまい!とばかりに部屋を出て行こうとしている。
「エースくん、」
「リオ!モビーの中を案内するからな!」
「くううぅ、自由奔放だ…!!」
そうさ、おれは海賊だからな!
よく分からない理屈!でも、うん、その通りか。
部屋を出て行く際にもう一度、親父さまと皆さんにお礼の言葉を告げて、頭を下げた。
白いクジラの船に乗り、私の冒険は続くようだ。