20

エースくんに連れられて船内を歩く。
先ほどまで見かけなかった船員の皆さんが通路や案内された部屋にいらっしゃるようになった。
すれ違う船員さん一人ひとりが、私に声をかけてくれる。それに応えようとするが、先を行くエースくんの足は止まらない。

「エースくん!歩くの速いです!」
「挨拶の機会は宴ん時に作る。今は無視だ無視」
「出来ませんよ!エースくんの家族ですよ!?」

そう言えば、立ち止まって振り向いた。

「リオはおれの、嫁さんだもんな」

ぼふっ!!!と顔が赤くなるのがわかる。
くっ、私の扱いをわかってやがる…!
上階から下へあちこち進んでは部屋の説明をしてくれるが、モビー・ディック号はとにかく広い。一度通るだけでは到底覚えられそうにない。
フロアマップなんてものもあるわけがないので、後でエースくんに改めて聞いてメモを取ろう。
どんどん歩いて、ある一室に辿り着いた。
遠慮なく扉を開けたエースくんに続いて入る。

「こちらの部屋は?」
「ここはおれの部屋だ」

なるほど、遠慮なく入れるわけだ。
扉が閉まった途端、エースくんが後ろから抱きしめてくる。額を肩に乗せると息を吐いた。
驚いたけれどエースくんに抱きしめられるのは嫌じゃないので、回された腕に手を添える。

「リオに会えて、本当によかった」
「エースくんが来てくれたお陰です!」

まさか定期船に乗ってるとは、ましてや海賊に捕まっているとは…予想してなかった。
あと一歩遅れていたらと思うと、ゾッとする。
エースくんはそう呟いて抱きしめる力を強めた。

夕日が窓から射し込んで、部屋が赤く染まる。
怒涛の一日だったな、なんて頭の隅で思う。
疲れただろう?と、近くにあった椅子を引いてくれたので、座らせてもらう。エースくんは背もたれのない丸い椅子を持ってきて私の前に座った。
彼のテンガロンハットはテーブルの上に。

「…手首、赤くなってるな」
「もう痛くないので、大丈夫ですよ」

右手を取って手首を優しく撫でてくれる。
そういえば縄で縛られたんだっけ。
あの海賊たちから助けてもらえて、今こうしてエースくんと話せているのは奇跡とすら思える。

「あの、エースくん。ハグしてもいいですか?」
「…ハグ」
「はい。ギューッてしたいです」

脈絡なさ過ぎたかな。でも、なんだか抱き着きたくなったから。エースくんは低く唸っている。
そんなに悩まなくても断ってくれて構わないのに。めげずに何度でもチャレンジするよ、私は!

「…こういうこと、マルコとかにも」
「しませんよ!?抱きしめてほしいのも抱きしめたいと思うのも、エースくんだけです」
「あ"ー!おれの理性を試されてる気がする…!」
「理性を試す」
「正面からリオを抱きしめちまったら、なけなしの理性が吹っ飛びそうで…!」

ハグするだけで吹っ飛ぶ理性とは。
まぁね、伊達に年齢重ねてないのでエースくんが言わんとすることはなんとなく分かるよ。

両手を広げてエースくんの前に立つ。

「エースくんに抱きしめてほしいです」

ダメですか?
尋ねた瞬間、体を引き寄せられる。
腰と首に腕が回り、ぎゅうっと抱きすくめられた。私もエースくんの頭を包み込むように抱きしめ返す。抱きしめるだけで落ち着く気がする。

癖のある黒い髪。潮風に当たっているからか、少し軋んでいる。けれど触り心地が良い。
耳の後ろを梳いていたら小さく身じろいだ。

「…リオがおれの理性を崩しにかかってくる…」
「そんなつもりないですよ。下心ゼロです」
「いや、下心たっぷりの笑顔じゃねェか!」
「ふふふ、そう見えます?」

私が笑えば、困ったような顔で笑い返す。
本当に可愛い人だなぁ。
私はスキンシップをあまりしない人間だと思っていたけど、エースくんに対しては違うみたいだ。触れたくなるし、触れてほしい。

「リオ、好きだ」
「私も、エースくんが好きです」

触れるだけのキスをひとつ。
啄むように交わされるキスがくすぐったい。
体勢を変えたくて身を捩ると後頭部に手が回り
逃がさないとばかりに唇を塞がれた。

何度も口付けられて息が上がってくる。
ふ、と小さく吐息が零れた瞬間、エースくんの舌が入ってきた。触れる舌は熱くて、絡められると気持ち良い。思考がだんだん溶けていく。

力が抜けてしまう前に離れようと肩に手を置く。
瞼を開ければ、エースくんも私を見つめていた。
獰猛で、熱い瞳。逃げられないと、感じる。

「…エースくん」
「リオ、エースって呼べよ」
「え…エース、…くん」
「くん、が付いてるぞ」
「……エース」
「ん。もっかい」
「エース、すき」

ああ、もう限界だ。
その言葉と一緒に体がふわりと浮く。向かう先は、ベッド。それが意味するのはひとつ。
優しく降ろされて、頬を撫でられる。目の前には熱に浮かされたエースく、…エースがいて。

「会ったばっかで、最低って思うか?」
「ううん、エースは海賊なんでしょう?」
「…そうだな。リオが欲しいから、奪うよ」

ちゅ、と再び唇が触れた…次の瞬間。

「はいはいはい、そこまでー!!盛り上がってるとこ悪いんだけどねェ!宴するって親父が言ってたよなァ?わざわざ!呼びに来たんだけど!?隊長でセンパイで料理長なおれ様サッチが!!!」

バッタァァァァン!!!
と、扉が壊れそうな勢いで思い切り開かれ仁王立ちでこちらを一瞥する…サッチ、さん。
ままま待って…この体勢は、恥ずかしすぎる…!

「サッチ…邪魔すんじゃねェよ」
「はァ!!?全力で邪魔するね!!だっておれァ、リオちゃんに会えるのを楽しみに…そりゃあもう楽しみにしてたんだ!!エース、てめぇばっかり独占してんじゃねェ!!!羨ましい!」
「本音が出てんぞ」

遅れんじゃねェぞ!エースてめぇこの野郎!!
リオちゃん、待ってるからねェ!
大きな声を上げて扉を閉めずに去って行った。
す、すごい。なんだか嵐みたいな人だ。

「リオ。顔、見られてねぇよな?」
「たぶん、大丈夫だったと思います…」
「もし見られてたら、あのリーゼント燃やす」

何故燃やすという考えに至るのか。
盛大に舌打ちをして、私を引き起こしてくれた。
エースくんはなんとも言えない表情で私を見つめている。私と一緒にいたいけど、親父さまを待たせるわけにはいかない。そんな表情。

「エースくん」
「…呼び方戻ってる」
「呼び慣れないんですよ」
「二人きりの時くらいは、敬語も崩してほしい」
「敬語も…ですか?」
「恋人からのワガママだ」

もう、なんて可愛い人。
私はベッドから降りてテンガロンハットを手に取る。それをぽふりとエースくんの頭に被せて、名残り惜しそうに座ったままの彼にキスをした。

「恋人のワガママなら、喜んで」
「…リオ、もっかい」
「エース、笑ってるじゃない」
「だって嬉しいんだ。な、もっかいキスして」

両手を広げて待ち構えるエース。
ぎゅうっと抱きしめて、もう一度唇を寄せた。

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