エースの炎は、綺麗だ。
雪と風が舞う雪原に、エースの炎も加わって
幻想的な雰囲気がさらに増す。
温かい、オレンジ色の炎。
闇夜を眩く照らす…太陽のような、炎。
本来熱いはずのそれは、私の心を温めていた。
***
親父さまの船に乗って島へ着岸するのは初めて。
この島は冬島で、前に降り立ったことのある
ワタユキ島よりも寒かった。航海士さん曰くここは冬島の冬、らしい。寒さが2倍とは…つらい。
元々身につけていたオレンジ色のマフラーを取り出してきつく巻く。お気に入りのマフラー。
口元を覆えば寒さが幾分か和らぐ気がした。
その一連の行動を見ていたエースが口を開く。
「そのマフラー。なんでオレンジ色なんだ?」
「え?」
「赤とか青とか色は他にもあっただろ?」
「…なんでオレンジにしたのか、聞きたい?」
「聞きたい」
お日様みたいな色のマフラーが欲しかったから。
そう思ったのは、エースと通話をしている時、
何故かお日様が思い浮かんだから。体だけではなく心まで温かくなるような、オレンジ色が。
「おれがお日様みたい、って?」
「…そうは言ってない!」
「そういう意味だろ?」
「なんとなく、エースのイメージカラーはオレンジかな?って思ったのは事実だけど…」
盗み見るエースのテンガロンハットは奇しくも
同じようなオレンジ色。これではまるで、エースを想ってお揃いの色にしたみたいじゃないか。
「同じ色の物を身にまとってんのは嬉しいぞ」
「エースのこと、無意識に意識してたんだね」
「ってことだな!結構おれ、好かれてたのか!」
「…最初は怪しかったけどね?」
「それは!…仕方ねェだろ。拾った電伝虫が突然、念波を飛ばしてよ。それが一体誰に繋がるか、なんて分からなかったからな…。ああいう乱暴な聞き方しか出来なかったんだ」
エースの第一声は、忘れもしない。
“お前、誰だ?”
今でも完全に私のセリフだったと思う。
そうだ。
その事についても聞かなきゃいけない。
「ねぇエース、でんでんむし…って何?」
「リオも持ってるだろ?」
「私が持ってるのは携帯電話、だよ?」
そう言えば、ハテ?と首を傾げるエース。
おっと、ここでも認識の相違が起こってる!
説明するのが難しいので、カバンからスマホを取り出した。これが、私の電話だよ。と。
エースは興味津々でスマホを手に取る。
壊れ物を扱うように、恐る恐る触っているのがわかる。実際、壊れ物なので正解の触り方!
そして、エースが見せてくれたでんでんむし。
手のひらにちょこん、と乗ったそれは。
カキツバタのホテルで見た、でんでん虫だった。
正式な名称は電伝虫。電話を伝える虫、で、
でんでんむし。トンチが効いてるな!と思う。
まさか本当にかたつむりのことだったとは。
「コイツらはな、特殊な電波を飛ばし合って連絡を取るんだ。発信する人の表情を、受診する側が映したりも出来る。スゲェ奴らだろ?」
「うん、すごいね!?」
「コイツらにも種類があってな、これは通常の電伝虫。通話を盗聴する電伝虫、それを妨害する電伝虫。他にも映像を映せたり色々いるぞ!」
なんて器用な…というか、特殊なかたつむりなんだろう。私の世界のかたつむりと違いすぎる。
エースの手のひらで寝ている子を、優しく摘んで私の手のひらへ移動させてみた。
やはりこの子も「ZZZ」と寝ている。
「…なんで、リオにかかったんだろうな」
「本当に。どうしてこの子は知ってたのかな」
私の電話番号を。
さらに話を聞けば、初めて私へ電話が繋がった後、エースは怪しんで手放そうとしたがいくら遠くに放っても後を着いてきたらしい。
そうなれば、何故この子が自分に着いてくるのかを知りたくなり、また私へ連絡を取った。
…そういうこと、だったんだね。
だから、何度目かの着信で切らないでほしいと
言ってきたんだ。なるほどなぁ…。
「知らない女の声で、すげぇ驚いたんだ」
「特定の女は作らねェ!って言ってたのに、一体どこの島のどの女だ?そう思ったんでしょ?」
「……そこは、蒸し返さないでくれ…」
「私がいる間は、私だけにしてね?」
「おれはもう、リオしかほしくない。他の誰かを想うとか考えられねぇ。リオだけだ」
「ふふ。エース、意地悪言ってごめんね」
「…キスしてくれたら、いいよ」
ベッドに腰掛けるエースへ近づき、帽子を少しズラす。顔が見えたので両手で頬を包む。
口元も目元も緩めるエースに、キュンとした。
カッコイイけれど、本当に可愛い人だ。
ちゅ、と唇を寄せてゆっくり離せば満足そうに笑っている。そのまま強く抱きしめてきたから、私も思いきり抱きしめ返した。
「リオ、一緒に島へ行こうな!」
「私も降りていいの?」
「もちろんだ!オヤジに許可はとった!」
「…エース、隊長のお仕事は大丈夫?」
「ああ、大丈夫!明日に回してもらったんだ」
「そっか、じゃあ一緒に行く!」
「おう!楽しみだな!」
にっこり笑うエース。その笑顔に心が温かくなる。やっぱりエースは、お日様みたい。
船からでも目視できたけれど、島に降り立つとさらに際立つ白銀の世界。震えるほどの寒さに肩が上がり、身を縮こませてしまう。
そんな寒さをものともしない、エース。
上着を一枚羽織ってはいるが…、本当に羽織っているだけで、前のボタンもジッパーも留めていない。さすが、体が炎なだけはあるなぁ。
「ひゃぁぁぁあ!風が冷たい…さむい…!」
「いつでも抱きしめてやるぞ!」
「わぁ、今すぐ抱きつきたい…」
ウェルカム!と腕を広げてくれるが丁重に断る。
ごめんよ。冗談なんだ、エース…!街中で抱きつくって、なかなかハードルの高い行為です…!
でも、手を繋ぐことくらいは…いいよね?
そっとエースの手に私の手を滑らせれば、小さく反応して、ギュッと握りしめてくれた。
リオの手は冷てェな!そう笑いながら。
この島は有人島で、規模は割りと大きい。
街がいくつか点在しており、雲を突くほど標高の高い雪山もそびえ立っている。
港街は栄えていて、海賊も海軍も入港するらしい。タイミングよく、海軍はいないようだが、何隻か他の海賊船も停泊していた。
馬鹿じゃなければ、白ひげ海賊団相手に喧嘩は売ってこないだろう。でも、何が起こるか分からないから、絶対に手は離さない。
リオも、離さないでほしい。
エースに真剣に言われて私も深く頷いた。探索は楽しいけれど、軽率な行動は慎もう。
「街を抜けたら、少し歩いた先に湖があるみてェだ。…寒いだろうが、行ってみるか?」
「湖!凍ってるかもね、見に行きたい!」
「決まりだな!」
街で食べ物と飲み物を購入して、湖へ向かう。
…ちゃんとお金を払っていてホッとしたのは秘密だ。何かを奪っていく姿は想像できないけれど、追われる姿は何故だか想像できるから。
街を抜けて道なりに進むと森が見えてくる。
人や荷車等の往来があるようで、雪道だけど歩きやすい。方向を示す看板も所々に立っていた。
私たちが目指す湖は“ムスカリ湖”という名前。
目的地までには急勾配な場所が何ヶ所かあり、少しずつでも確かに息が上がってくる。
私には、何よりも体力が足りない…!
手を引いてくれるエースは、やはりと言うかさすがと言うか、息の乱れが無い。
本気で本格的に鍛えることを視野に入れなければ。この世界では生きていけないと実感する。
ふぅ、と息を吐き足を止めた。
「大丈夫か?」
「ん、まだ歩けるから、大丈夫…っ!」
「おお、だいぶ息上がってるな。そろそろ着くと思うぞ、もう少しだ。頑張れ!」
「こういう時に、甘やかさない所、すき…!」
「体力つけてくれたら、おれも嬉しい!」
「嬉しい…?ふー…どういう、意味?」
「夜の運動的な意味で!」
「…疲労で腕が上がらないのが悔しい…」
息が上がってなかったら、脇腹に一発入れたかった。爽やかに笑って言うセリフじゃない。
こういう軽口叩いてきた時に反撃したい。
…よし。筋トレも追加しよう。
密かに心に決めて、止めた足を再び動かす。
それから湖までは、周りの雪景色を眺めながら黙々と歩いた。到着にかかった時間は分からないけれど、街から出て3時間は経っていそうだ。
エース一人ならすぐに来れただろうなぁ。
そんな態度も見せず、文句も言わずに付き合ってくれたエースには感謝しかない。
「着いたな!」
「やったー!わぁ、綺麗な湖!…凍ってない?」
「凍ってはいないな。そういう性質なんだろ」
「そっか、凍ってたら乗れるかなって思ってた」
「…湖に乗りたかったのか?」
「うん」
「面白ェなぁ、リオは!」
湖は、透き通ったエメラルドの色をしていた。
風が吹いているので水面は多少波立っている。
その風に乗って、甘い匂いが鼻に届く。
周りを見渡せば青い花が咲いていた。
ムスカリ湖。ムスカリ…もしかして、ムスクの匂いかな?ふわりと香るそれは嫌なものではない。
湖に沿って歩けば、木のベンチを見つけた。
雪を払おうとしたら、止められてエースが手をかざす。すると炎で雪を溶かし、そのまま乾かしてくれた。すごいね!と言えば、こういう使い方はあまりしないけどな。そう返ってくる。
可能性が無限大で本当にすごいと思う。
お茶を飲んで息を吐く。
はぁ、落ち着いた。
エースが笑ったのでムッとして目をやれば、
よしよしと頭を撫でられた。
「よく頑張ったな!」
「…付き合ってくれて、ありがと!」
「おう!へばるリオを見れてよかった!」
「心が折れかけたよ」
「そんなにか」
「でも、道中の景色が綺麗で楽しかった!」
着いたらこんなに大きくて珍しい色の湖を目の当たりに出来たし!疲れたけど来てよかった!
エースが一緒だと、なんでも楽しいね。
吹いている風は冷たいけれど。
なんだか気持ちはほっこりしている。
「…おれもリオが一緒だと、楽しいぞ」
「ふふ、それは良かった」
よいしょ!と勢いよく立ち上がって湖の淵へ。
柵は所々にあるが、全く無い所もある。
水に手を触れれば冷たくてすぐ引っ込めた。
そりゃ、そうだよね。冬の湖だもん、冷たぁ…!
吸い込まれそうな透明度に少し身を引く。
落ちたら冷たいってレベルじゃなさそうだ。
「リオ、落ちるなよ。もし落ちたら助けに行くけど最終的におれもリオに助けてもらうからな!」
「湖の水も?水全般がダメなんだね」
「全身が浸かるとダメだ」
「能力者も大変だね…」
後ろにきたエースが手を差し出してくれる。
その手を取って立ち上がり、湖を一瞥。
湖の奥の方では白いもやがかかり始めていた。
ここへ来る途中の道で、ひらけた所があったからそこで飯を食おう!と提案された。
よくそんな所を見つけたなぁ、と感心する。
そりゃまあ…周りを見る余裕があるもんね。
湖も青い花も綺麗なので、ここでご飯かなぁ。
と思っていたけど、エースが提案するならそちらの方へも行ってみたくなる。
「暗くなる前に船へ戻りてぇ。だから、そこまで抱えて走ってもいいか?」
「それだとエースが大変じゃない!荷物も…そう、私という名の荷物が…重いでしょう…?」
「重くない。リオならずっと抱えてられる。まぁ、普通に嫌がられそうだからやらねェけど」
「……抱えるって、おんぶ?」
「荷物を前に抱える気はねェよ」
二人分の荷物を背中に背負う。
そして両腕を広げて、ニッと笑顔を見せる。
「いつでも、抱きしめてやるぞ」
「!エース…。もう、どれだけ惚れさせれば気が済むの?すき!!ごめんね、ありがとう!」
「ははは!怒ってんのか謝ってんのか照れてんのか、一体どの感情が大きいんだか!」
「好きって感情が、大きいです!」
腕の中へ飛び込む。
「あぁ。それが一番…嬉しいな」
強く抱きしめられて、だんだん温かくなる。
本当に人間湯たんぽだ…!ぽかぽかしてきた!
グイ、と抱き上げられ一声かけて走り出す。
遠ざかっていく湖。
甘い匂いが、鼻の奥に残った気がした。
***
エースが見つけていたのは、一面真っ白な雪に覆われた雪原。おそらく元は草原なんだろう。
だが、今は雪に埋もれて草花の姿は見えない。
ただの真っ白な場所だ。
「…エース?ここで、ご飯食べるの?雪の上に直接座るのは…さすがに冷えちゃうよ?」
「そんな真似させねぇって!ちょっと見てな」
私を地面へ下ろし、待ってるよう指示される。
エースは雪原の中心まで走って行く。
雪の中を走るエース。元気だなぁ。
半ズボンで、上着は前が開いてて。ひぃ寒ゥ…!
「リオーッ!ちゃんと見てろよー!!」
両手を空に向けて広げる。
オレンジ色の炎と赤い炎が一気に噴き出した。
ぶわっ!!と熱風が私を通り抜ける。
エースが立っている所から、徐々に雪が溶けて無くなっていく。そして見えてきた緑色の草原。
力を調節しているのか草は燃えずに残っている。
冷たい風が地上の雪を巻き上げて空を舞う。
そこに熱い風が吹き、混ざり合う。
空に舞い上がった雪は、上空の熱風で溶かされ、水に変化し水蒸気となって消えて行く。キラキラと、一瞬だけ光る雪がとても幻想的で。
燃え尽くすような真紅の赤ではなく、
包み込むような温かいオレンジ色。
「エースは、すごいねぇ」
「リオ!どうだ、これで座れるだろ?」
「ふふ。座れるどころか、ここだけ春だね」
「はは!本当だな。ほら、こっち来いよ!」
手を引かれて草原を歩く。
エースと一緒にいると予想外のことがたくさん起きる。それは決して嫌なものじゃなくて。
次は、何をするのか。
何を起こしてくれるのか。
きっとこれからも、エースから目が離せない。