私が次に目を覚ましたのは、あの昼間の襲撃から三日後だった。その間、夢は一切見なかった。
そして体感的に、時間が過ぎた感覚が全くない。
三日も寝ていたなんて…初めての経験だ。
目を覚ました場所はナースのお姉様たちの部屋。
いきなり綺麗なお姉様が視界に入ってきたので割りと本気で、ここが天国か…?と思った。
そのお姉様たちが口々に、気がついてよかった、心配したわ、どこも痛く無い?気分はどう、気持ち悪さは?飲み物は飲める?食欲は?
と、怒涛の質問攻めに合った。患者を気づかう…というより、完全に身内を心配するお姉さんだ。
こんな美人なお姉さんたち、ほしいです。
脈拍数を計り、目や喉の確認。心拍も確認してもらい、外傷がないかくまなく診てもらった。
向こうにいる時でさえ、ここまでしっかり診てもらったことはない。手厚すぎる診療に、頭が上がらない。全てのチェックが終わったら、マルコさんが部屋に入ってきた。最終確認らしい。
「よぉ、眠り姫」
「…なにを仰ってるんですか」
「三日も寝てたんだ、そう呼びたくもなる」
「ご迷惑をおかけしました…」
「バカ野郎。迷惑とは微塵も思ってねェよい。
ただひたすら、みんなで心配してた。親父も、ナース達や仲間達も。…それに誰より、エースが」
エース。
一番心配をかけてしまったであろう、エース。
…会いたい、な。
「今日まで、ここで大人しく横になってろよ。
ここには必ず誰かいるからな。安心して休め。
エースのことは大丈夫だ。アレでも隊長だぞ?てめぇの女が倒れたくらいでグラつくような、ヤワな男じゃねェ。リオは気になるだろうが、心配するな。明日朝一で迎えに来させるよい」
「マルコさん、すみません。何から何まで…。
お気遣いありがとうございます…」
しゅんと肩を落としてしまう。
エースや親父さま、皆さんに謝らないと。
ふと青い炎が目に入って顔を上げる。
ぎゅっ、と遠慮がちに抱き締められた。
「マルコさん…?」
「あー、不躾にすまん。最後の仕上げだと思ってくれ。細けェ傷を治してやりたくてな」
「ありがとう…ございます」
「…もう、あんな真似するなよ」
「あんな真似、というと…?」
「海へ落ちる行為だ。…おれも肝が冷えたよぃ」
そんなに無謀な行動だったのか。
誰も傷つかない、一番いい考えだと思ったのに。
…そういえばエースも同じように怒っていた。
怒らせるのも悲しませるのも本意じゃない。
「次から、気をつけます」
「次がねェよう、おれたちも手は抜かないことにした。妹に守られる不甲斐ない兄貴達で悪ィな」
「そんな!マルコさん達はずっと守ってくれてます!いつも、助けてもらってます。謝るなら、それは私の方ですよ…!本当にごめんなさい…」
よしよし、と頭を撫でられた。
そして両手を取り、ジッと肌を見られる。
傷が消えたことを確認したらしく、ひとつ頷いて離れていく。…お兄ちゃんは心配性、だなぁ。
安静にな。
…いいか、安静にな!!
念を押してマルコさんは部屋から出ていった。
私は逃げませんよ…。
もしかしたら、エースがそうなのかもしれない。
安静にしてられなさそうだもんね、エースは。
その後、もうひと眠りしたら完全に回復したようで盛大にお腹の虫が鳴ってしまう。お姉様たちに笑われながら、一緒にご飯を食べた。
それからは夜になるまで、お姉様たちとこの世界のことや海賊船に乗る女性達の事情、恋愛話など、様々な話をした。もちろん…エースとのことも根掘り葉掘り聞かれた。恥ずかしすぎる。
***
翌朝。
ナースのお姉様の一人が私の元へ来た。
寝ぼけ眼で起き上がれば、外から声がする。
「エース隊長、待ってください。まだ彼女は眠っています!最後にバイタルチェックを…!」
「昨日、マルコから朝一迎えに行っていい、そう許可を貰ってる。だから、連れて行くぞ」
「言い分は分かりました。でも、数分待ってください。エース隊長、リオちゃんはあなたの大切な人でしょう!?それなら一番に体を気遣ってください!体力も落ちてるんです!」
「…三日も、会えてないんだ」
「お気持ちは、お察しします。ですが。それとこれとは別です。外へ出ていただけますね?」
「…なるべく早く、頼む」
エースの声。
対応していたお姉様がやってきた。
愛されすぎるのも困りものね。と苦笑しながら。
手早く体調の確認を済ませてもらう。
お寝坊さんのエースがこんな朝早く来るなんて。
少しでも気分が悪いとか、どこか痛いとか。
体が不調を訴えた時は必ず来てね。
エース隊長より自分のことを気遣うのよ!
そう、釘を刺される。
今起きていたお姉様たちへお礼を言い、また後ほど顔を出します!と伝えて部屋を出た。
壁にもたれかかり、腕を組んで下を向いているエース。帽子のつばで表情は見えない。
「エース!えっと…おはよう?」
「!リオ、」
声をかければ弾かれたように顔を上げた。
腕が伸びてきてきつく抱き締められる。
エース、エースだ。
こうして抱き締められるのも三日ぶり。
「おはようじゃ、ねぇよ…。すっげぇ心配した」
「…ごめんね」
「もう、目を覚まさねぇんじゃ…って」
「…うん」
「リオがいなくなるかも、そう思えて怖かった」
エースは泣きそうな顔をしていた。
見られたくないのか、頬に擦り寄ってくる。
…こんなエースは初めて見る。
不安で仕方がない。そんな空気を感じた。
背中をさすって、部屋に戻ろうと声をかける。
ひとつ頷いて抱き上げられた。
体調も良くなったし、大丈夫だよ。一人で歩けるよ。そう声をかけても頑なに拒否され、むしろ抱き抱える腕の力がさらに強まった。
エースが迎えに来たのは早朝も早朝で、船にはひんやりと冷たい空気が流れ、海の方へ目をやれば薄く白いもやが海面を覆っていた。
誰ともすれ違うことなくエースの部屋へ。
私を腕に抱えたままベッドへ腰掛ける。
絶対に離さない。そんな強い意思すら感じ取れたので、エースを跨ぎ膝の上に座る。ぴったり隙間なくくっついている方が、今は良いと思った。
「エース、今日は早起きだったんだね」
「……眠れなかった」
「いつから起きてるの?」
「三日前から、かな…」
「三日前!?まさか私が眠った日から…?」
マルコさん。“てめぇの女が倒れたくらいでグラつくような、ヤワな男じゃねェ。”そう…仰っていましたよね。今のエースはヤバいくらいに、グラついているのではないでしょうか?
三日。三日も寝てないの…!?
被っていた帽子を取り、身につけているアクセサリーも全て外して、エースの頬に触れる。
よく見ると目の下に隈が出来ていた。
健康なエースには似つかわしくない、黒い隈。
「エース、たくさん心配かけてごめん」
「…いいよ、生きてるだけで。いいんだ」
「…エース」
「リオもばぁちゃんになるまで、生きろ」
「っ!…うん、長生きしなくちゃ」
「おれの、隣で。ずっと。…っ、一緒に」
ぽろっ。
手に涙が一粒、こぼれ落ちてきた。
泣いている。エースが。
「悪い、泣く…つもりは、なかった。リオが腕の中にいるって…思ったら、っ…くそ、ダメだ…」
自分の行動でこんなにも、傷つけてしまった。
きっと、エースは滅多なことでは涙を流さないんだろう。私に依存しているから…とか、そういう話ではなくて。…たぶん、だけど。
エースは“大切な人”を失ったことが、あるんだと思う。これは、そんな涙じゃないのかな。
涙は、そのまま流させて。
膝立ちになりエースの頭をぎゅっと包み込む。
髪を優しく梳いて、何度も撫でた。
「私はこの船にいてもいなくても構わない存在だから、消えたっていい。…なんて言って、ごめんなさい。エースを傷つけて、ごめんなさい…」
「おう…。もう二度と、言わないでくれ。愛する女が消えちまったら、死ぬほど傷つく男がいるってこと…忘れないでほしい」
髪を撫でていた手を取られ、目線を合わせる。
涙に濡れた頬へ唇を寄せた。
そしてそのまま、エースに口付ける。
目を細めて笑みを浮かべたエースの姿に、胸が締め付けられた。
「リオ、好きだ」
「私も、エースが好き」
「へへへ…。知ってるよ」
背中に回っていた腕の力が少しだけ弱まって、
一緒にベッドの上に倒れ込む。
エースの目は、微睡み始めていた。
「エース、眠っていいよ」
「…せっかくリオが帰ってきたのに」
「眠たいんでしょう?もうどこにも行かない。
エースの腕の中にいるよ。ゆっくり眠って?」
「わかった…少しだけ眠る…。…なぁ、リオ」
頭、撫でて?
無防備な笑顔に、今度は胸がキュンとする。
そっか。いなくなってしまったら、この笑顔も見れなくなるのか。それはとても…寂しい。
要望に応え、エースが眠るまで優しく撫でた。
穏やかな夢を見て欲しいな。そう、願いつつ。