36

リオが元の世界へ戻って、一週間経つ。
以前リオが三日間目を覚まさなかった時、
おれは三日間眠れなかった。
今回はそんなこともなく普通に過ごせている。

「…二番隊は、隊長がいねェんだったか?」
「「「今日も寝坊です!!」」」
「はァー…毎日毎日。よくそんな眠れるモンだ。リオの存在は本当に大きかったなァ…」
「「「…全くです…」」」

「お?みんな早ェな!おはよう!!」
「「「テメェが遅ェだけだよ!!!」」」

隊員達が揃ってツッコんでくる。
なんだなんだ。いつもの時間だろ?
いつもの通りマルコに話しかければ、武装色を
纏った指で容赦のないデコピンを受けた。
馬鹿みたいにめちゃくちゃ痛ェ。
頭が吹っ飛んだかと思った。

「なにすんだよ!!いてーな!」
「ちったぁ悪びれろ!」
「おれの通常なんだけど!?」
「…エース、お前の通常は普通じゃねぇよい」
「へいへい、すんませーん!で、今日は?」
「二番隊は当分不寝番と船番だな」
「「「ふざけんなァ!!!」」」

後方から色んな物が投げつけられる。
オイオイ、なにすんだ。体を通り抜けるとはいえビビる。そんな怒らなくてもいいじゃねェか。
不寝番は苦じゃない。船番も下船しないだけだろ?特に島に要はねぇ。冒険はしてぇけども。

「隊長はリオちゃんがいるから、不寝番や船番しても構わないんでしょうけどね!!相手がいねぇおれたちは下船して楽しみてェんすよ!」
「自分は可愛い彼女いるからって!」
「どっちも隊長が頑張ってくれるんだろ!?」
「ゼハハハハ!ぐぅの音も出ねェなぁ!」

味方はゼロだった。
あー、そうか。おれもリオが来る前はこんな感じだった気がする。夜に船を降りて町へ…ってのもあった。もはやそれは遠い昔のことに思える。
もうリオ以外の女に興味ねぇもんなぁ。
よし、今文句言った奴はおれと船番させよう。

補給の為の買い出しや散策、各々船を降りて行く。俺は人気が少なくなったモビーを見回る。

「あ、エース隊長」
「おう、親父の調子はどうだ?」

階段ですれ違ったのはナースの一人。
よくリオのことでおれが怒られた人だ。
片手に書類、もう片方には検査キットを持っている。あまり体調が思わしくない親父の傍で看てくれるナース達には感謝しかない。

「もう少しお酒を控えていただけると、ナース的には嬉しいです。趣向品を止めてしまうのはストレスに繋がるので…強くは言えませんけど」
「親父、酒好きだからなァ」
「…あの、エース隊長」
「ん?なんだ」

なかなか言い出せなかったことがあるんです。
そう、真っ直ぐ俺を見つめるナース。

「私達ナースの間で、エース隊長とリオちゃんの結婚式を…考えていました。リオちゃんに白いドレスを着せて、オレンジ色のブーケを持たせて。エース隊長にはタキシードを着てもらって。白ひげ海賊団のみんなで…青い空の下、この船の甲板で。二人を盛大に祝いたかったんです」

こんな時代だからこそ。
幸せな二人を、みんなで祝福したかった。

…まさか、そんなことを考えていたとは。
おれとリオの結婚式…か。
白いドレスを着たリオ、絶対綺麗だろうな。

「祝ってくれよ」
「…え?」
「リオが戻ってきたら。本人には秘密で頼む」
「戻って来る、と信じてるんですね」
「…別れる直前にさ、言ったんだよ」

『絶対に、死なないで!私がエースを幸せにするから!待ってて、エース!!!』

「…男前ですね」
「だろ?あいつは、リオは。戻ってくるよ」

そうなんだ。
あの目を覚まさなかった三日間より、帰ってしまった今回の方が不思議と確信があった。
リオは必ずまたこの世界へ来る…と。
…それがいつなのかは、分からないが。
おれが思ってた以上に平気なのはそのお陰だ。

ナースは安心したように笑う。
そして、「私たちの妹に早く会いたいですね」と頭を下げて親父の元へと去って行った。
リオ、すげぇ可愛がられてるな。

ブレスレットをひと撫でして、また歩き出す。
島でお揃いのものを買ってよかった。
リオは夢じゃなかったと実感できる。
そうだな、次に何か渡すなら…指輪か?
あー、指のサイズが分かんねェ。ナースたちが分かってそうだし、相談も兼ねて聞いてみよう。

ふっ、と青い空を見上げてから手すりに乗る。
そのまま海面を見つめてボーッとしていた。

「見回りはサボりか、エース隊長?」
「おお、そういうティーチこそ。どうした?」
「物思いにふけってんなァと思ったんでな」
「はは、なんも考えてねぇ。ボーッとしてた」
「ゼハハハ!さすがエースだ」

そういえば、とティーチに話を振る。

「あの能力者、もう解放したんだっけ?」
「確か、明日この島の保安官に引き渡すっつってたと思うが。あいつがどうかしたのか?」
「なんの能力者だったっけ」
「ユメユメの実。右手で意図的に相手へ触れたら、少し先の未来の夢を見てしまう。左手だと過去を見る…とかなんとか。それが嘘か本当かは定かじゃねェ。面白ェ能力ではあったな」
「少し先の未来と過去を見る…」
「…未来を見てェとかエースらしくないな」
「まだ何も言ってねぇけど!?」

リオのこと考えてたんだろ!?わかるぜ!
全く、わかり易すぎるな!ゼハハハハ!
…なんて、ティーチは笑う。バレバレかよ。
却下されるだろうけどマルコに聞いてみよう。

エース、夢想はほどほどになァ!
そう言ってティーチは見回りに戻って行く。
…おれも仕事するとしよう。
手すりから降りて、倉庫の確認へ向かった。


***


「却下」
「優しさがほしい!」

マルコに聞いてみたら案の定、却下された。
瞬殺だった。

「なんでお前はわざわざ危ない橋を渡ろうとするんだよい!テメェの女が、危ない目にあったのを覚えて無いわけじゃないだろう!?」
「夢でいいから会いたくて」
「…それを言われると…許可はしたくねェ、が」
「が?」
「はぁぁぁ、おれも同行する。長時間目を覚まさなさそうなら、ぶっ飛ばしてでも意識を引き戻してやるよい。それでも良いんだな?」
「ああ!よっしゃ!おにーちゃん大好きだ!」
「死ぬほど気持ち悪ィ」
「真顔で返すなよ」

すまん、マルコ。ありがとう。

マルコの後に続いて歩いていたら、途中でビスタも合流して、三人で地下牢へ向かうことに。
両手首に海楼石の手錠をかけて床に座っている。
こちらの姿を確認するとニヤリと笑った。

「夢を見に来たんだな?」
「ああ、そんなこと本当に出来んのか?」
「もちろんだ」

鍵を外させて、額に右手がかかる。
白ひげ海賊団の隊長でも、夢を見たいんだな。
鼻で笑われた。おれを笑う分にはいいが、白ひげと頭に付けるのは許せない。この海賊団は関係ねェだろ。…目ェ覚めた時にぶん殴ろう。

─夢に落ちろ。

その言葉と共に、意識が落ちた。

『──エース』

名前を呼ばれて目を開ける。
辺りを見渡すと、どこかの部屋のようだった。
ソファーにローテーブル、キッチンも近くにあった。ローテーブルの前には見たことの無い、黒くて薄い大きな…板?も目に入った。
指でつついてみる。反応ナシ。触れはするが、持つことや動かすことは出来ないようだ。

窓辺のカーテンが揺れる。
そちらへ目をやると外は暗い。今は夜か。
暗いけれど、何か光っているように見える。
足を向けて外を覗くと…。見たことのない景色が広がっていた。縦に長い建物。やたら横に長い…海列車?ではなさげか、それに近しい乗り物。
なんだか眩しい光景に目を細めた。

踵を返して部屋の中へ戻る。
そういやここはどこだ。リオがいるのか?
他にも部屋があるようで、そちらへ向かう。
人の気配。
ベッドへ横になっている。

…リオ、だ。

側まで近づくが、腕を目の上に乗せていて起きているのか寝ているのかが分からない。
細い首まわり。
おれが付けた紅い華は、すっかり無くなって。
新しい痕がないことに安堵した。
床へ膝をついて優しく髪に触れる。

「…エース…」
「!?」

突然名前を呼ばれて、手を止めた。
リオは腕を下ろし、体を横向きに変える。
残念ながら目は閉じていて。頬にかかった髪を梳く。ああ、本当に…リオがいる。

じっと見つめていたら、
ほろりと目頭から涙が零れた。

おれを想ってくれているのか?
…涙を流すほどに。
今のおれはその涙を拭ってやれねェ。ごめんな。
頬にキスをひとつ落とす。
左手首に付けられたブレスレットに目をやる。
チビモビー。リオを見守っててくれよ。

「…手紙、ありがとな」

頬に手を宛てる。
ゆっくり、優しく撫でて今度は手を握った。
なぁ。おれの幸せは、隣にリオがいること。
誰でもいいわけじゃない。リオがいい。
だから、諦めさせようとしないでくれ。
おれの元へ帰ってくるって、思わせてくれ。
幸せだった…って、過去形にするな。
これから二人で幸せになるんだよ。

「リオ、愛してる」
「エース…すき」

…はは、聞こえたのか?
返ってくるとは思わなかった。

またな、リオ。
ひと目でも会えてよかった。
例えこれがおれの夢であったとしても。

ふっ、と意識が浮上する。

「!エース、大丈夫か?」
「…おれ、ぶっ飛ばされた?」
「いいや、マルコは拳を握っているだけさ」
「振り下ろす寸前だったけどな」
「あっぶね!!」

目を覚ましたのは医務室のベッドの上。
無事に起きることが出来たようだ。
二人はおれを見て尋ねる。

彼女に会えたか?と。

「寝てたけど、相変わらず可愛かった!」
「…そうかよい」
「ははは!それでこそエースだ」

ため息を吐くマルコと、髭を揺らし笑うビスタ。
泣いていたことは伏せる。
あの涙は、おれへの想いだ。教えてやらねェ。

「よし。あいつ、ぶん殴ってきていいか?」
「「何故そうなる!?」」
「だってよ、おれじゃなく白ひげの名前を笑ったろ?突き出す前にドカンと一発…」
「やめなさい」
「自分の一撃の威力を考えろ」

島の保安官に「人相が違う」とツッコまれるだろう。無駄に話が拗れるからやめろ。
そう止められたので、眉間にシワを寄せれば。
どうせあの手の男は脱走する。
また海で出会った時に、遠慮なくぶっ飛ばせ。
…納得できねぇけど、話が拗れるのはマズイな。
あの男をぶん殴るのは渋々諦めた。

「二人とも付き合ってくれてありがとな!」
「構わねェよい。飯でも食ってこい」
「食事中に眠るんじゃないぞ」
「わかってるよ!行ってくる!!」

そういえば飯を食ってなかったな。
二人に促されて食堂へ向かうことにした。
サッチにオムライスを作ってもらおう。

足取り軽く医務室を出る。ウキウキなおれを見送る二人が、何か隠しているとも知らずに。

「…いいのか、マルコ。エースに伝えなくて」
「余計な情報は混乱させるだけだろう」
「そうだな。…悩ましいことだ」
「おれは頭が痛ェよい…」
「心中お察しするよ」
「ビスタも当事者だろうが」
「おれはあの二人の幸せを願っているからね」
「……そりゃあ、おれだってそうだよぃ」

エースが意識を失った後。
あの能力者は言った。

『おれが見せる夢は、“これから起こる未来”だ。
2番隊の隊長が絶望で帰ってこないといいな?』


Letter from her.

「なぁサッチ、おれも手紙書こうと思う!」
「やめとけ。馬鹿がバレるぞ」
「普通に失礼だな!?」
「リオちゃんに宛てるのか?」
「おう!想いには想いを返してェ!」
「…エースのそういう所、マジで眩しい…」
「??」
「お前はそのままのお前でいろよ」
「よくわかんねェけど、ありがとな!!」

遠く、離れていても。
この想いが色褪せることは無い。
彼女の手紙と共に、おれは前を向く。

prev : next


  Back  Top