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同期の、椿の家で漫画を読んだ翌々日。
夜になってしまったが自分の家へ帰ってきた。
…何日ぶりの帰宅だろう。

電話で話をして、向こうで出会ったエース。
漫画の中のエース。
どちらも同じ “ポートガス・D・エース”。
きっとそれは間違いない。

ベッドへ倒れ込んで目を閉じる。
何も考えないように、と思うけれど漫画の内容が、彼の結末が。なかなか頭から離れない。
自分の愛した人が漫画のキャラクターで。
しかも、死を決定づけられた存在で。

ブレスレットの小さいモビーを握りしめる。

そんな時。
スマホから着信を知らせる音が流れた。
こんな時間に…、そう、夜に電話なんて。
画面には“非通知”の文字。
一瞬エースかと思ったけど、彼の番号は登録済みなので、きっと違う。間違い電話だろう。

電話。そういえば…その手段があった。
私からは繋がらないけど、エースから着信があれば電話は受けられるはず。声を聞きたい。
サッチさんにエース、親父さまは無事かな…。
…結局、思考はそこへ行き着く。
白ひげ海賊団の、みんなの姿が脳裏に浮かぶ。

せめて、夢で会いたい。夢に見たい。
こんなに恋しくて、胸が苦しくて、涙が出るほど誰かを想えるのは…幸せなこと、なんだろうか。遠い人どころか、次元が違う人を愛してしまったなんて。

やっとやってきた睡魔に、身を任せた。


***


更にその翌日。
目が覚めたらもうお昼前だった。
頬を触ると少しだけ濡れていて、泣いてしまったとわかる。私、こんなに泣き虫だったっけ…?
会社を休んで、今日で5日目だ。
気持ちはなかなか上がらないけど、いつまでも
泣いてはいられない。落ち込むのも、泣くのも。
そろそろ、しっかりしなければ。

まずはシャワーを浴びて、部屋を掃除する。
ある程度片付けてから軽く身支度を整えた。
久しぶりの街。電車。人混み。
よく利用しているコーヒー店。
見上げた空は、薄い雲がかかっていて。
以前とは何もかもが違って見える。
…青い海を、彼の笑顔を…探してしまう。

「あれ、莉央?莉央だよな?」

コーヒー店でカウンター席に座り飲み物を片手にボーッとしていたら、突然声をかけられた。
知っているような知らないような、そんな声。

「…どちら様ですか?」
「嘘だろ、忘れたのかよ?お前の元彼!」
「……あぁ、どうも」
「反応うっす!」

何がおかしいのかケラケラと笑っている…元彼。
なんでこの人がこのタイミングで現れるのか。
確認もなく、無遠慮に隣へ座ってきた。

「なぁ、お前今彼氏いんの?」
「いますよ」
「嘘つくなよ!俺のこと大好きだったくせに。
まだ俺のことが好きなんだろ?」

…はぁ?
何を言ってるんだこの人は。
付き合って一ヶ月ほどで二股した挙句、謝罪もなく私を振って、もう一人の女と一緒にアドレスごと消えたクソ男が何を言ってるの。
大好きだったとか…反吐が出そうだ。勘弁して。

…スラスラと悪態をつけた自分に驚く。
この人を、ここまで嫌いになっていたのか。
まぁ、嫌わない方が無理だよね。
私はこの人の一体どこを、何を好きになったのか…今となっては全く分からない。
コーヒーを手に持ち、席を立つ。
話すことなんてないし視界に入れたくもない。

「あ、おい待てって!莉央!」
「何か御用ですか」
「その敬語も懐かしいなー。なぁ、今日暇?」
「あなたに割く時間はありません」
「またまたぁ!そうだアドレス交換しようぜ」

人の話を聞け!!!
スマホを出しているが無視して歩き出す。
…が、当然、元彼は後から着いてくる。
なんなの。めちゃくちゃ邪魔なんだけど!

「連絡する理由もないですし、あなたのことは
微塵も、これっぽっちも好きではありません。
人間として男として、大嫌いです」

はっきり伝えても。

「俺は莉央のこと大好きだけど」

ニヤニヤしながら、そう返してくる。
…この人、クソ度が増したんじゃないの?
あー、もしかして彼女と別れた…とか?それで、私を見かけてヨリを戻そうと考えてるとか?
ありえる。この男ならありえる。

とりあえず発言を無視。
言葉を交わせば交わすほど付きまとわれそうだ。
電車に乗って車内を進み、隣に来させないように移動する。…しつこい。本当にしつこい。

「私になんの用ですか?」
「俺を忘れられず、誰とも付き合えない可哀想な莉央を、俺が貰ってやろうかなー!って思ってさ。な、いいっしょ?それにさぁ、あの頃に比べて今のお前…まぁまぁ綺麗だし?」

いや、元彼って自ら名乗るまであなたの容姿を完全に忘れてたけど。しかも何?この言い草。
失礼を通り越して、いっそ哀れだわ。
俺が貰ってやろうかな?何様のつもり?

盛大にため息を吐く。
当時の私をぶん殴って目を覚まさせてあげたい。
この人の元彼女という現実が…つらいわ…。

「私には恋人がいますので。貰っていただかなくても結構です。それでは、さようなら」

電車の扉が開いた瞬間、素早く降りて早足で改札へ。追ってくる可能性を考え、自宅から遠い駅を選んだ。警戒するに越したことはない。
よし、駅には戻らず一旦バスに乗ろう。

この作成が功を奏したようで、元彼につけられてはいないようだった。よかった。
周りを警戒しつつ部屋に入ってソファーに座れば、ドッと疲労感が襲う。折角の休みになんでこんな思いをしなくちゃいけないのか。
椿にメッセージを送れば、すぐに返ってきた。

『危ない時は、110番!』

…全く、その通りだ。
警察への連絡も頭の隅に置いておこう。
嫌な予感は、割りと当たってしまうから。

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