03

週の真ん中、水曜日。
午後から休みをもらい、歯医者へ行ってきた。
定期的に歯もメンテナンスをしておかないとね。ふふふ、今の私の歯はツルツルのピッカピカさ!
ご機嫌で街中を歩く。足取りはとても軽い。

時刻は午後3時を少し過ぎたところ。
このまま帰ることも出来るし、買い物して帰ることも出来る。どうしようかな!と考えて、まずは本屋へ向かうことにした。
店内をぐるりと周り、目に付いた雑誌や料理本を手に取ってパラパラめくる。そこから漫画コーナーへと足を向けた。
様々なジャンルの本が並ぶなか、ひときわ多く積まれている単行本があった。私もタイトルは知っている。世界一の発行部数を誇る、海賊漫画。
常々読んでみたいと思っているけれど、如何せん巻数が多い。最新刊まで追いつくのにかなりの時間を有しそうだ。

本屋から出て、近場のコーヒー店へ入る。
期間限定のものを選びそれを片手に家路につく。
服を着替えてソファーに座り、ふぅとひと息。
明日の天気はどうかな?とスマホを手に取り、画面を開くと友人からメッセージが来ていた。

“お疲れ、莉央!ところで彼氏できた?”

…できてたら午後休に一人で過ごしませんよ。
藪から棒にそういうこと聞くんじゃない…!
彼氏、彼氏かぁ。
かれこれ数年、その存在はいないなぁ。
いや、ほら、今はそれどころでは無いというか!別に一人でも生活は楽しめてるっていうか…!

よし、この話は虚しいからやめよう。

“よければ良い人を紹介したいんだけど!
というわけで莉央の番号教えていい?”

どういうわけだ。
番号、って電話番号?まさかいきなり電話!?
勘弁して欲しい。先日の一件もあるし出来ることならメッセージのやり取りから始めたい。
そう送ったが すでに教えたそうだ。
行動が早い!今度会った時、肩パン喰らわせるくらいなら許されるよね。うん、私が許す。
不穏なスタンプを送り付けて、画面を閉じた。

ふっ、と思い出す。
そういえば非通知着信拒否で設定しているんだった。いや、いくらなんでも非通知で連絡してくるような人ではないよね?まさかね?

…べ、別に彼氏がほしいわけではない!
友人からの紹介で連絡をくれる人なんだ。
まぁ?一度くらいは?話してもいいかな?って?

「彼氏がほしいわけじゃ!ないんだよ!!」

設定を解除しました。
説得力 とは? で検索しよ…。
少し冷めてしまったコーヒーを一口飲む。
甘い。甘さの暴力。カロリーはいかほどだろうか。これは検索してはならないやつだ。

数分が経ち、軽快な音楽が流れる。
着信を伝えるその音に、一瞬肩が揺れた。
どうしよう緊張してきた…!
恐る恐る画面を確認すると。非通知の文字が。
スマホを持つ手に力がこもる。
何故非通知でかけてくるんだろう…?普通、番号を表示させて後からアドレス登録するもんじゃないの?自分の中の“普通”は普通では無いのかも…、なんて思えてくる。
ともかく、出てみなくては。

「はい、どちら様で…」
『うおおお!やっと繋がった!』
「…ポートガスさん…」

電話の主はまさかの彼だった。
すごいタイミングでかかってきたな!?
ひたすらかけていた・とかじゃないよね?
ひ、ひえ…怖い怖い!

『この前電話する、つってから繋がらなくてよ!あんたの身に何か起こったんじゃねェか、って心配してたんだぞ!』
「心配、されてたんですか」
『ああ。怪我とかしてないか?大丈夫か?』
「大丈夫…です」
『そうか、それならよかった!』

見知らぬ私を、気遣うような声。
着信拒否していたことを責められるわけでも、怒鳴るわけでもなく。安心したような口調で。
なんなのだろうか、この人は。

「ポートガスさん」
『おう、』
「ありがとう、ございます」
『?なんに対してのありがとうだ…?』
「気にしないでください。ところで、今日は何の御用でしょうか?」
『切り替え早ェ!…あー、そうだ。聞こうと思ってたんだが、リオは何島に住んでるんだ?』

何島。
えっ、どういう質問…。なにじま?何島??
どこに住んでるの?とかではなく島そのもの?
これは何と答えるのが正解なんだろう。日本?
日本列島って言えばいいの??

「に、日本に住んでます」
『ニホン…。聞いたことねェな。どこの海域なんだ?もしかしてグランドラインじゃねェのか。まさか新世界の方じゃないよな…』
「グランドライン?新世界??」
『近くに海軍の支部はあるか?』
「海軍?…海上自衛隊のことですかね。あるかもしれませんが、場所は把握してないです」
『カイジョウジエイタイ…?』

おかしい。
日本語で話しているのに話が通じていない。
日本を聞いたことがないというのも信じられない。世界地図に載っているし、海外の方でも名前くらいは知っている…と、思うのだけれど。
海軍、という言葉自体は知っているけど、その名称ではなかなか呼ばないと思う。
使い所は海軍カレー、くらいしか浮かばない。

電話越しのポートガスさんも同じように首を傾げながら考えているのだろう、唸り声が耳に届く。
それが途切れたかと思えば、

『リオが知ってる海賊はいるか?』

またも謎の質問が飛んできた。

「海賊ですか!?いえ、いませんね…」
『はァ?白ひげ、って聞いたことは?』
「ないです」
『赤髪は?』
「ないですね」
『カイドウも?』
「それは海賊…の名前なんですか?」
『マジかよ、じゃあ当然ビッグ・マムも?』
「子沢山のお母さん像しか浮かびません」

なんだなんだ、世にはそんなに海賊がいるのか。
そもそも現代に海賊って存在するの…?
ヨーロッパや中東あたりでは今も存在してそうな気はする、けど。それでも耳馴染みが無さすぎて全く分からない。

すると、あ"〜!とか
言葉にしたくねェなァ〜、とか
ポートガスさんが頭を抱える声が聞こえる。
仕方ねェ、意を決したような咳払いをひとつ。

『…ゴールド・ロジャーは、どうだ』
「いえ、存じ上げません」
『知らねェ…のか?』
「はい」

ははっ!ざまァねぇな!
なんて、何が面白かったのか笑い声が響いた。
今のも人の名前だったのかな。全くわからん。

「挙げられた方々は有名なんですか?」
『まぁな。特に白ひげは有名なんだぞ!』
「ポートガスさんも?」
『ん?』
「あなたも海賊、ですか?」
『─さぁな』
「ここに来てはぐらかすのは無理があると思いますけど。もしかしてポートガスさんも有名な方、だったりするんです?」
『どうだろうなぁ?』

なるほど、海賊なのか。
そしてポートガスさんもなかなかの有名人、と。
海賊って悪い人達、のイメージがあるんだよね。
町や村を襲ったり商船を襲ったり、財宝や時には人を奪ったり。そんな悪い集団のイメージ。
そして、パイレーツなカリビアンのイメージもだいぶプラスされる。有名だからね。

ポートガスさんが海賊、か。
声的に想像がつかない。

『おれが海賊なら連絡は取らない方がいいか?』
「その判断を私に委ねる理由が分かりません」
『あぁ、逆探知されてリオが捕まんねぇかなって心配があってな。おれとしては、まだ連絡を取らせてほしいんだが…』
「非通知にしてるのも逆探知?が原因ですか?」
『お、そうだ!その非通知ってなんだ?』
「こちらへ連絡が来た際に、ポートガスさんの番号が表示されないんです。それが非通知っていいます。意図的に表示させていないんだ・と思っていたんですけど…」
『なるほど、リオ側に番号が出ねェから今まで怪しんでたわけか。番号を表示…んー、おれには仕組みが分かんねェ!ちょっと詳しい奴に聞いてみる。だから、また…連絡しても良いか?』

私への連絡にこだわるのは何故だろう。
ポートガスさんが何者なのか分からない。
曰く、海賊として有名な人で。
めげずに何度も電話をかけてきて。
知らない人、というのはまだ変わらない。
けれど不思議と悪い人に思えなくなっている。

騙されてるのかな?
これも、分からない。
分からない…から、こそ。

「いいですよ」
『え』
「ちゃんと、最初に名乗ってくださいね」
『おう!任せろ!』

この人を、ポートガスさんを知ろうと思う。
騙されてやるつもりは毛頭ないし、それが分かった瞬間が縁の切れ目。非通知拒否設定を変えることは二度とないだろう。

『じゃあ、またな。リオ!』

なんとなく、だけど。
ポートガスさんは“悪い人”ではない。
そう思っている自分がいる。

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