39

世間がクリスマスムードで華やぐ頃。
仕事を夕方までに済ませて早めに上がった私は、のんびりと街中を歩いていた。
すれ違う人の多くは、カップルや親子連れ。
なんだか、あちこちに幸せな空気が漂っていて、こういう雰囲気も悪くないなぁと思う。

風は冷たいけれど、そこまで寒くない。
お茶を買って自宅近くの公園へ足を運んだ。
ベンチに座って周囲を見渡す。
子どもたちや年配の方々、井戸端会議をしている奥様たち。いつもは見かける人たちが今日は誰もいなかった。やはり、さすがはクリスマス。

ブレスレットの小さいモビーに触れる。
あっちにはクリスマスという文化は無さそう。
骨付きのお肉は常に食べてるもんね…、ケーキは食べるのかな?甘いものも好きだといいな。

向こうから帰ってきて、一ヶ月が過ぎた。
あちらへ行きそうな予感も何もなく、いつも通りの年末を迎えることになりそうだ。椿を呼んで、自宅でまったり年越ししようかな。
日が短い今の時期は、夕方から夜に変わるのも早い。完全に暗くなる前に戻ろうと立ち上がる。

公園の入り口付近。
そこに男の人が立っていた。
後ろ姿だが、それが誰か分かってしまう。
ここ数週間、姿を見なかった人物…。
…元彼、だ。
恐怖を感じて足を止める。
引き返して別の出入口から逃げる?
それとも、警察を呼んだ方がいい?
手が震えた。

あちらはまだ気づいていない。
今なら、まだ。
静かに後ずさろうとしても、ここは土の地面。
どう頑張っても踏みしめる音が響いてしまう。

「お!莉央〜、待ってたぜ」
「…どうして、ここに?」
「クリスマスデートのお誘いだよ!」

笑ってこちらへ近づいてくる。
走って逃げようとしたが、目前で手を取られてしまった。ぞわり、嫌悪感で背中が粟立つ。
ここは、自宅近くの公園。
…どういう手段で知ったのか。考えたくないが、その手の業種の人に身辺調査を依頼したのか。
もしそうなら、自宅は割られたかもしれない。

「なぁ、莉央?ヨリ戻さねぇ?」
「戻しません。何度でも言います、あなたのことを好きではありません。二股をするような軽薄な男性は信用できません。離してください!」
「なんだ、まだ根に持ってんのかよ。あいつとは終わってる。だからもう二股じゃねぇだろ」
「あなたが嫌いだと言ってるんですよ!?」
「それは莉央の照れ隠しだってわかってる!」

…私は宇宙人と話しているのか?
曲解が過ぎる。
ふいに元彼が首元に手を伸ばしてきた。

「…このマフラーの色、似合わねーぞ」
「あなたには関係ありません」
「関係ある、俺の好きな色に変えろよ」
「私の好きな色に口出ししないでください!」

マフラーを庇うように手を振り払う。
私が好きな色。好きな人の、色。
それに触れられるのは嫌だ。
睨みつけても、笑みを消さない元彼。
公園の出入り口に目をやる…が、どちらも遠い。
…正直、身の危険をも感じ始めた。

すぐに来てはくれないだろうけど、警察に連絡しよう。それ以外に良い方法が浮かばない。

「お前、彼氏がいるって嘘だよな」
「…います。あなたより誠実で、真っ直ぐに私のことを想ってくれる…素敵な恋人が、います」
「その割りには姿を見せねぇじゃん。なんなら、ここに呼んでみろよ。素敵な恋人とやらを」

出来ねぇだろ?
だって彼氏なんて最初からいねぇもんな?
勝ち誇ったような、腹立たしい笑み。
本当に最低だな、この人は…!

「よーし、デートがダメならお前んち行こう。久しぶりに抱いてやるから。ほら、来いよ!」
「っ、やめて、離して!!」

乱暴に手首を握られた。
いよいよヤバそうだ。画面をタップして110番を入力した瞬間、スマホを叩き落とされた。
すぐにしゃがんで手に取れば、思い切り髪を掴み上を向かされる。あまりの痛みに顔が歪む。

「おい。いい加減、調子に乗んなよ」
「それは、私のセリフです…ッ!」
「俺がお前みたいな面倒な女、拾ってやるっつってんのに…。感謝してほしいぐらいだぜ?」
「痛っ!!」

力任せに地面に転がされた。
悔しい。こんなクソみたいな男から、されるがままに暴力を受けて。絶対に泣いてやらない。
…というか、今の私には怒りしかない。

まだ中身が入っているお茶のペットボトル。
元彼の顔面めがけて投げつけた。
それは見事にぶつかり、汚い言葉が飛んでくる。
さらに地面の土をひと握り掴んで、近づいてきた所へ再び顔面めがけて浴びせた。それを喰らって怯んだのを確認し、急いで立ち上がる。
そして、全力で逃げた。

走って走って。もうすぐ公園を抜ける。
その先に人通りが多い道があるから…!
そこまで行けば!!

スピードは緩めていなかったけれど。
突然、グンッ!!!と首元が絞まった。
マフラーの端を掴まれて、いる…!!

「おい、逃げんじゃねぇよ…!!」
「ぐぁ!っ、はな、して!」
「うるせぇ!手こずらせやがって…!痛い目見ないとわからねぇなら、ここで犯してやる…!」

マフラーを手に巻きつけながら、乱暴に服を掴んで公園の中へと引きずり戻そうとする。
思い通りにさせたくなくて、体を捻って抵抗するが、マフラーが首を絞めて苦しい。

…触ってほしくない。
エース以外の人に。

…奪われたくない。
エースに愛してもらった、この体を。

「…っあ"、ぐ…!っ、エー…ス…!」

歪む視界に、オレンジ色の灯りが映る。
真っ暗になった公園から見えたそれは、街灯にしては明るく、揺れているような気がして。
まるで、エースの炎のようだ。

…エース。

目を強く、強く閉じる。
助けて…なんて言わない。
だから。少しだけ、力を貸してほしい。
この男から逃げるため、勇気を出せる力を。

グッと力を込めて目を開けた…次の瞬間。

──ボッ!!

「アチィっ!?は、なんっ…うわ!!火か!?」
「……火…?」

オレンジ色の何かが飛んできた。
そしてそれが頭に当たったらしい。
髪が焦げる臭いが鼻を掠めた。
…本当に、火?どこから?一体、誰が…?

先ほど視界に入ったオレンジ色の灯り。
ハッとしてもう一度そちらへ目をやれば。
街灯じゃない。誰かが、立っている。

「──火銃ヒガン!!」

炎が闇を走る。
真っ直ぐに、私を掴む男へ向かって。

「うわぁああ!?なんなんだ!?誰だ!」
「…お前こそ、誰だよ」

俺の恋人に、手ェ出してんじゃねェぞ。

近づいてくるその人。
絶対にいるはずない、来れるはずがない。
暗闇に浮かぶシルエット。
彼がお気に入りにしてるテンガロンハット。
銃刀法違反になってしまう、腰に差した短剣。
鍛え上げられた上半身は服など必要なく。
指先から燃える炎は…彼だけの、能力。

そう、その人は。

私の…好きな人。

「え、エース…!?」
「リオ、大丈夫か?少し待ってろよ」

私と目を合わせて、ふっと笑いかけた。
ぽふり、彼の帽子が頭に乗る。
それにゆっくり手を伸ばせば、触れた。
これは…現実?私の都合のいい夢じゃなくて…?

服を掴む元彼の手を引き剥がしてくれて、さらに手に巻き付けている私のマフラーを一瞥する。
「ごめん」そう一言告げて、元彼が持っている箇所より手前で炎を上げた。焼き切れたマフラー。
元彼は…顔が青ざめている。

「おれの恋人に手ェ出して、無事で済むと思ってるのか?随分めでてぇ頭してんな?…ああ、確か痛い目を見ないと分からねぇんだったか。ここで犯してやる、とも言ってたもんな…?じゃあおれは。お前を手にかけても問題ねぇよなァ…!」

拳に炎を宿す。
…ああ、この燃え上がる炎。本当に、エースだ。
私も元彼もエースから目を離せない。
見つめる意味は、全く違うけれど。

ぐ、と拳に力を込めるエース。
…まさか本気で殴ろうとしてる!?
この人は確かにクソでゲスで人の風上にもおけない、最低最悪な男だと思う。でも!

「エース、だめだよ」
「…その優しさは、リオのいい所だ。だからこそおれがこいつをぶん殴る。…リオに免じて能力は使わねぇ。おい、お前。おれの恋人に感謝しろよ」

バキバキ、と指を鳴らした。…普通に怖い。
能力を使わなくてもエースに殴られるのは相当ヤバいのでは…?まぁ、これで元彼が目を覚ます、もしくは私のことを諦めてくれるなら。
うん。一撃くらい、喰らってもらおう。

「ま、まままっ、待てよ!俺はそいつの元彼で!ヨリを戻してほしいって頼んできたから!し…仕方なく付き合ってやろうとしただけだ!」
「へーぇ」
「それに外でヤリてぇって言うから、俺は!」
「いや、リオがお前に欲情するわけねェだろ。
おれ以外の男じゃ、リオは満足出来ねェしな」
「〜〜っ、ちょっと!何言ってるの!!」
「ははっ!顔真っ赤だ。…可愛い」

嘘に嘘を重ね続ける元彼。
救えない人だなぁ、と哀れにすら思えた。
エースは、変わらない。
私に向ける笑顔。大好きなエースの笑顔。

「リオがどれだけいい女か、可愛くて魅力的な女か。元彼のくせに知らねェんだな…可哀想な奴。もう二度と近づくなよ。もし次、リオの側でお前の顔を見かけたら…おれは確実に」

てめぇの命を、奪ってやる。

サァッ、と青かった顔が白くなる。
はい。ご愁傷さまです。

「歯ァ食いしばれ!!!」
「う、うわぁぁぁああああ!!!」

横っ面を綺麗にぶん殴られた元彼は。
なんと公園の反対の出入口まで、吹っ飛んだ。
…腕力ゴリラかな…?アレ、生きてる…?

「あれでも手加減した方だぞ」
「あれで!?」
「んー、スッキリしねぇなぁ」
「…ふふふ、すごい。すっごい吹っ飛んだね…!
ふ、あははっ!私は、とてもスッキリしたよ?」
「…リオがそう言うなら、いっか」

に、と笑いながら目の前に来るエース。

何故、ここにエースが居るのか。
一体どうやってこの世界へ来たのか。
疑問は尽きないけど。

エースが近くにいる。
手の届く所に、触れる距離に。

「助けてくれてありがとう、エース」
「…リオは見つける度、捕まってるな?」
「本当だね…。気をつけてるんだけど…」
「なぁ、リオ。抱きしめたい」
「エースに抱きしめられたい、な」

私もエースも一歩、距離を詰めて。
強く強く。お互いを抱きしめた。

夢じゃない。
エースの安心する匂いが私を包む。
首筋にかかる息遣いが、ここに居ると実感する。
掻き抱いてくれる腕に胸が締め付けられた。

「…ところで、リオ」
「うん?」
「ここは、リオの世界…か?」
「そうだよ」
「夢じゃねェ…よな?」
「確かめてみる?」

目を閉じれば、笑う声が耳に届く。
そしてすぐに唇が触れた。

「夢じゃなかった!」
「ふふ、夢じゃないね。もうだいぶ暗いし…私の家に行こう?エースの話を聞かせてほしいな」
「おう!…しかしおれもよく分かんねェんだよな」
「こっちに来た理由?」
「そう。とある島で冒険してたら…みんなとはぐれて。んで、歩いてると白い花畑に出てさ。
その光景が綺麗でな?ああ、リオに見せてやりてぇなぁー!って思ったら…ここにいたんだ」
「白い花畑…?」
「小さい花びらで…お、リオが持ってるそのキーホルダーみたいな…。…は?マジか」
「まさか」
「この花、だったと思う」

二人で顔を見合わせる。
おそらく、同じことを考えているだろう。
この白い花が…二つの世界を、繋げている。

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