起床を知らせるけたたましい音が、部屋の中に鳴り響く。触れて止めない限りアラームは鳴り続ける。
仕方なく起き上がろうと腕を動かせば。
手が人肌に触れた。
勢いよく目を開けてそちらへ視線を移せば、私の腰に腕を回し、相変わらず脚までも絡めて気持ち良さそうに、ぐっすり眠るエースがいた。
…夢じゃなかった。
「エースがいる…」
会いたかった人。
恋しかった人。
好きで好きで、たまらない人。
うるさいアラームをさっさと止めて、もう一度エースの腕の中へと潜り込む。とても温かい。
もぞもぞ動いて少しだけ上に移動した。
乱れた前髪をいつも通りに掻き分けて頬を撫でる。
エースの寝顔を、穴が空きそうなほど見つめた。
何度でも思う。これ、私の夢じゃないよね?
夢だったら覚めた時のダメージは半端ないだろう。
「…んん"ー、リオ…?リオの匂いがする…。
…やーらけぇ、リオ…きもちいい…リオ、」
体を包み込んで、首筋に擦り寄るエース。
ぴったりくっつかれて、顔が熱くなった。
今さら気づいたが、私は服を着ていなかった。
もちろん…エースも。
顔ばかりか、体まで熱くなってきた気がする。
「え、エース!エース!!起きて!」
「………リオ?」
「はい私です!おはよう、もう朝だよ!そして夢じゃないよ!!ちょっ、手を動かさないで…!!」
寝ぼけながら!お尻を!!揉むんじゃない!!
柔らけェ…じゃないよ!そりゃお尻は柔らかいよ!
ドスドスドスー!と強めに指で頬をつつく。
ゆっくり双眸が上がれば、ぱちりと目が合う。
何度か瞬きした後、緩んだ笑みで私を見つめた。
「リオ、おはよ」
「〜っ、可愛いなぁもう!おはようエース!」
「これ夢じゃねェのか…はぁー…幸せ…」
「だから!お尻を揉まないで!!」
触れるだけならまだしも、何故揉むのか!?
なんとかエースから抜け出して落ちている下着や服を拾う。そのままソファーへと避難した。
服を着ながら時間を確認すれば、7時を過ぎた所。
今日は金曜日、もちろん仕事がある。
エースを一人で留守番させても大丈夫、かな?
外に出られるよりはいいんだろうけど…。
まずそもそも、エースが着られる服がないしなぁ。
「リオー?どこ行くんだ…」
「仕事だよ。…エース、せめてパンツ履いて!?」
「ん?目の保養だろ?」
「私の気持ちを代弁してるつもりかな?」
「違うのか」
ま、まぁね!確かにエースはいい身体してる!
筋肉の付き方とか、厚みとか!
ぐっ…そうだよ、好みですよォ…!!
朝日が差し込む明るい部屋では直視出来ない。
「…涙ながらに、マルコさんへ言いつけるね」
「!?ダメだ!ぶん殴られる未来が見える!」
「一発くらい殴られた方がいいかもよ?」
「リオがひどい…」
「それならパンツ履いてってば」
渋々、言われた通りパンツだけ履くエース。
さて…本当にエースはどうしようかな…?
家で留守番しててもらうのが一番安心。
外で過ごすとなると何か事件を起こしそう…。
服を買うにも、本人がいた方が格段に捗る。
悩んだ末に。
「よし、エース、先にシャワー浴びてきて?使い方はモビーのシャワー室とほとんど変わらないよ!
ただ、力加減だけは気をつけてほしいな」
「おう、わかった!」
エースをお風呂へ追いやり、スマホを手に取る。
連絡先は…椿ちゃーん!!
『ふぁぁ、おはよ…どしたの…』
「おはよう椿!朝早くにごめんね。突然なんだけど、男物の洋服とか上着とか。持ってない?」
『……なんて…?』
「シャツでもいいよ!」
『男物の…服…?話が読めない…』
起きたてっぽい声。
寝てた所、本当に申し訳ない。
申し訳ないついでに。
「あるなら急いで会社の駅に持って来て欲しい…」
『……なめてんのかぶっとばすぞ…』
こわっ。
椿さん声が低い!言葉遣い悪っ!こわっ!!
怒りはごもっともです…。
「なぁリオー、タオルあるかァ?」
「あっ」
『…は?』
濡れたままそっち行ってもいいなら行くけどー!
「ごめんエース、タオル渡し忘れてた!」
「一緒に入んねーの?」
「私は連絡終わってから…」
『赤崎、エースって言った?』
「…うん。こっちに来ちゃって…」
『は…、はぁぁぁあぁあああ!?』
耳元で叫ばれた。
そうだよね、驚くよね!ありえないもん!!
でも、本当に来ちゃったんだよ。
『…ばっちり目が覚めたわ。エース、エースか。
マジなの…?…ああ、いや。私が彼の存在を疑うわけにいかないよなぁ…。ローに怒られそうだ…』
「本当に朝からごめんね、相談できるの椿しか思い浮かばなくて。仕事があるから、エースには家で過ごしてもらおうと思ってたんだけど…」
『エース、大人しく出来る?』
「無理だと思う」
『だろうね。んー…よし。わかった。服は私がなんとかする。駅までは無理やりにでもTシャツを着せて、その上にジャケット羽織らせな。つば付きの帽子があれば、それもかぶらせて!』
「うん、わかった!」
『今は7時半か。通勤ラッシュは免れないね。仕方ない、駅の外で待ち合わせよう。急いで行く!』
「ありがとう…!椿、好き…」
『おうよ。はは!相思相愛じゃんね』
向こうで笑いながらサムズアップしてる椿が目に浮かぶ。頼もしい友人を持って幸せです…。
エースが出てきたら、入れ替わるように私もシャワーを浴びる。早めに上がって、化粧を済ませ出勤の準備。朝ごはん…。食べさせてあげたいけど、うちの冷蔵庫には材料がない!!
ごめんよエース!料理は苦手なんだ!!
椿と合流したらファストフード店へ行こう…!
大きめの黒いTシャツを引っ張り出し、首元、腕の部分を切り裂く。そうすれば…うん、まぁ…着られないこともない。かな…?
肩幅と胸筋のおかげでピッチピチだ!
笑いを堪えて、写メを撮る。待ち受けにしよ!
上着…ジャケット類も腕を通らなさそう。
だから椿は“羽織らせな”って言ったのか。把握…。
…待てよ!?パーカーがあったはず!しかも男物!
部屋着にしようと大きめのを買った記憶がある。
灰色で無地のパーカー。
私、よくぞ思い出した!えらい!
早速着てもらえば「どうだ?」と腕を広げた。
すっごく似合ってる。かっこいい。
服を着てるエース…レアだ。かっこいい。
語彙力が吹っ飛ぶほど、かっこいい。
「帽子はこれかな、シンプルなやつ!」
「重装備だな」
「それでも見てる私は寒さを覚えるけどね!」
「そうなのか…?」
炎人間は冬に強いね。
黒い帽子をかぶり、ズボンは履いてきたものを。
靴も、いつものブーツ。
か…っ、かっこいいなぁ……!
「?なに笑ってんだ?」
「エースがかっこよくてニヤニヤしちゃうの…」
「リオは可愛いぞ!」
「んん"っ…!ありがとうございます…」
お世辞でも嬉しいよ。
よし!準備オッケー、行ってきます!
駅までの道のりを急ぐ。いつも通り人が多い。
エースと手を繋ぎ、先導して歩く。
改札もなんなく通過。周りをキョロキョロ見渡し、勢いよく入ってきた電車に目を輝かせている。
「すげぇ、人も多いな!リオ、あれは?」
「お金を入れたら飲み物が出てくる機械だよ」
「へぇぇ!」
全ての反応が新鮮で、口元は弧を描いている。
そんなエースを見て、私まで笑顔になった。
電車内はぎゅうぎゅう詰めの満員。
カーブや悪路を通れば左右、上下にすら揺れる。
私は壁に背をつけ、前からエースに抱きしめられていた。電車の乗り方や満員時の身の寄せ方をエースは知らない。かなり戸惑っているのがわかる。
乗る前に説明しておくべきだったね…!
ぎゅ、と服を握れば私に視線を落とす。
そして髪へ頬を寄せて鼻を動かした。
「リオ、おれと同じ匂いがする」
うわぁぁあ!エースゥゥゥゥ!!!
あ、朝からヒットポイントが削られていく…!
そりゃ顔も真っ赤になるよ!この天然タラシ!!
「人が多くて狭いけど、大丈夫…?」
「息苦しさを感じる。でもリオがいるから平気だ」
心が浄化される笑顔!!
エースがいると、ぎゅうぎゅうでイライラしてしまう満員電車も幸せ空間になってしまう…!
会社の最寄り駅に着いた。
人の波に流されないよう再びしっかり手を握る。
改札口を抜けて、椿へ連絡を入れると近くのベンチに座っている…とすぐに返事が来た。
「椿!待たせてごめん!」
「大丈夫、今来た所。…赤崎、その人が…?」
「うん。エース、こちらは白峰椿さん。こちらの世界で、私が一番信頼している友人だよ」
「そうなのか!えーと。初めまして、おれはポートガス・D・エース!白ひげ海賊団、二番隊隊長を任されてる。リオがお世話になってます!」
勢いよく体を90度に曲げて挨拶をするエース。
私も親父さまの前で同じことしたなぁ…。
「おお、礼儀正しい…!ご丁寧にありがとうございます。私は白峰椿です。赤崎のお世話してます」
「ちょちょちょ、椿さん!」
「間違ってないでしょ」
「…間違ってないっす…」
上から下まで、エースを見つめる椿。
パーカーがあったことを伝えると、エースが服を着ているなんて違和感。との感想を貰った。
…う、うん。わかる。
「上はそのパーカーでいいかもね。見ていて寒い、
半ズボンだけ履き替えてもらおうかな!」
「おれは別に寒くねェ…ですよ」
「くっ!…っ、はは!む、無理に敬語使わなくていいよ。私も素で話させてもらうんで!」
「助かる。ありがとな!えーと、シラミネさん?」
「ツバキ、でいいよ。よろしくね、エース!」
「おう!ツバキ、よろしくな!」
にっこり笑顔のエースに、椿は顔を覆った。
彼女曰く「眩しい」。それも…よくわかる!
この場で着替えようとしたので、二人で止めて多目的トイレへ。椿は外で待機してくれて。
黒いスラックスに履き替えたエース。
今日、何度この言葉を使っているだろうか。
めちゃくちゃ、かっこいい…!!
「椿、椿ィ…私のエースがかっこいいよぅ…」
「惚気おつ…っうわ、マジか。かっこいいな!?」
「でしょ?無理、しんどい…尊い…!」
「語彙力のないオタクになってるよ」
神はこの世にイケメンを創りたもうた。
二人でエースに向かって手を合わせた。
朝食に、と某店へ。
知っていたけど、朝からエースはよく食べる。
見ていて気持ちがいいほどの食べっぷり。
それを目にするだけで私はお腹いっぱいになった。
食事中に突然寝なくてホッとしたのは…秘密。
ご飯の後は三人で連れ立って会社へ向かう。
「赤崎は仕事を休めない。かと言って、この見知らぬ土地にエースを一人で野放しにするわけにいかない。なので!今日はうちで働いてもらうよ」
「おれは野放しにされても大丈夫だぞ」
「…警察に追われてる姿が想像できるんだけど…」
「私も同意。上司には臨時のバイトって話しとく」
エースは運がいいね。
今日は人事部で採用試験と面接があるんだ。
人事の勉強、ってことで同席させちゃうわ!
椿さん、それエースがいても大丈夫ですか…?
面接に来た人、色々とビビるのでは??
「始業前に挨拶してもらうね。フルネームを名乗るのはダメ。“おれはエースです!”で通すこと!」
「わかった!」
「素直でよろしい!さて、行こうか!」
「ね、エース!椿は頼もしいでしょう?」
「ああ、でもリオも頼れるぞ?」
「う"っ…!ありがとう…!」
「…なにこのバカップル…」
呆れた顔をして、さっさと会社へ向かう椿。
そんな椿を追って私とエースも歩き出した。
波乱の一日が、始まる。