朝礼でエースを紹介する椿。
なぜ椿が紹介しているかというと!
なんと椿は人事部の主任なのです。
しかもマーケティング部も兼任している。
同期の中で一番有能すぎる人。ヨッ、椿ちゃん!
「仕事の割り振りは私、もしくは事務の赤崎が指示を出すので、彼の手助けは期待しないように!
女性諸君、ブーイングは心の中でお願いしますよ!はい、ではエースくん。挨拶よろしく」
「おう!初めまして、おれはエースです!わからねェことしか無いけど、よろしくなっ!!」
エースの容姿やその雰囲気に色めき立つ声と、
あれ?こいつどっかで見たことあるような?
そう疑問を上げる声と…皆の反応は様々だった。
上司には出勤してすぐ、事情を説明した。
エースは椿の
身分証、保険証も無いので給料は結構です。と。
怪訝&不信感を抱いた上司だが、エースの
「初めましておれはエースです!おま…あなたが上司、さん、ですね!つまりここを仕切る“隊長”ってわけだ!不慣れで迷惑をかけることしか出来ねェだろうけど、どうかよろしく頼みます!!」
…この挨拶と眩しいくらいの笑顔が気に入ったようで、まぁ今日だけならいいんじゃない?と目を瞑ってくれた。さすが人を惹きつける男だ…!!
もしくは上司、“隊長”って言葉に内心喜んだな?
朝礼を終えると、皆それぞれお仕事開始。
エースは椿が社内を案内するとのことで別行動。
うちの会社は建物内の3階から5階までフロアがあり、覚えるのは今いる3階のみと念を押していた。
高確率で迷子になりそうだもんね…。
ここでも周りをキョロキョロと見渡していて、その姿を遠目から見て笑ってしまう。可愛いなぁ。
ぱちり、目が合えば破顔して手を振ってくる。
振り返せば椿とも目が合って笑われた。
あのエースがうちの会社にいるなんてね…。
まさか夢にも思ってないし、何のイベントだこれ?と思うのも仕方がないだろう。
椿が側にいるなら安心だ。
私は自分の仕事に取り掛かることにした。
***
「リオ!」
その一言で、うちの部署がザワつく。
いつの間に戻ってきたのか。
顔を上げたら側まで来て膝を折り、座り込んだ。
その手には缶コーヒー。
「ツバキが休憩してこいって!」
「それで来てくれたの?」
「おう!!リオも休憩な!」
同じ缶コーヒーを手渡された。
そして何故か椅子をエースの方へ向かされ、腰に腕を回し、太ももに頭を乗せて抱きしめてくる。
「ち…ちょっと、エース…くん!」
「…ん、なんだ?」
「見られてるので離れてもらえると助かります…」
肩に手を添えて声をかけると、バッ!と勢いよく私を見上げた。その顔は驚いた表情で。
「リオが敬語と敬称つけて話すの、懐かしいな?」
「そう言われると…」
「…でも、いやだ。いつも通りがいい」
言い終えると同時に不機嫌な表情に変わる。
ごめんね、の言葉の代わりに頭を撫でた。
すると再び太ももへ頬を寄せ、息を吐くエース。
そっか、甘えに来たんだね…。
可愛いなぁ。
エースにほっこりしていたら、社内メールを知らせる音がひっきりなしに耳に届く。やばい。
もはや開かなくても分かる。
エースとの関係を問うものだということが…!
缶コーヒーの開け方を教えたら、一気に飲み干す。
もう少し甘い方がいいな!とボヤいたので帰りに某店のフラペチーノを飲ませてあげることを決意。
「エースくーん!もう休憩終わりでーす!!今から面接の準備するよ、こっち来てー!」
「えぇ?早くねェ?ツバキはマルコなのか??」
その言い方は椿にもマルコさんにも失礼では…。
一度ぎゅぅぅう!と強めに抱きしめて、素直に離れていく。暖かさが無くなると、少しだけ寂しい。
立ち上がったと思ったエースは、しゃがんだまま。
ブレスレットを着けている方の手を取り、指へ唇を寄せた。そして手のひらを自分の頬へ持っていく。
真剣な表情で私を見つめて、名前を紡がれる。
「リオ、行ってくる」
「…行ってらっしゃい、エース」
おう!!
柔らかく微笑んで、エースは椿の方へ向かった。
それを確認してから、私は顔を覆ってデスクに突っ伏す。な…なんだ今の一連の流れは…!?
恋人関係になってだいぶ経つけれど、未だにエースの行動・表情・言葉に翻弄されている気がする。
可愛いと思った途端に、格好良くなるんだよ…!
めちゃくちゃときめくし、動悸もすごい。
社内用メールBOXを開けば…。
あちこちの女性陣から「どういう関係ですか!?」
「もしかして付き合ってるの!?」「エースくんと知り合いなんですか!」「…ああ、把握…」
と、まぁ…なかなかの阿鼻叫喚になっていた。
返信はキリがないので、とりあえず無視する。
みんなごめん…。落ち着いたらちゃんと返すから。
恋人です、って決定的な文章をなァ!!!
私のエースだからね!誰にも渡しませーん!!
言わないつもりだったけど、あんな抱きつき方をされたら、もはや隠すことは不可能だし!
私のエースだからね!!!
頬の緩みを抑えてきちんと座り直した。
お昼まであと少し。頑張ろう!
珍しく気合いを入れて、キーボードを叩いた。
***
「─これが面接の流れかな。何か質問はある?」
「特にねェ。けど、おれが同席して大丈夫か?」
「見目のいい人間がいたら、目の色と雰囲気変える子っているからね。性別年齢関係なく。それが後々、問題の種になることもあるし、面接してる側は分かるんだ。だからエースくんは黙って座ってるだけでも私的には助かるよ!」
「へぇ、ツバキは人を見る目があるんだな」
「少しはね。他人と対面する機会が多いからさ」
今から行う面接を前に、手元の書類を眺める椿。
面接に来るのは三人。
その内男性二人、女性一人。
「エースくんはどこを見て、人を判断する?」
「おれの場合は直感だな!」
「出た、私が信用してないやつ」
「直感は大事だぞ?」
「それアレでしょ、俺の直感は早々外れねぇんだ!
…とか言うんじゃないの?まぁ、船長経験のあるエースくんなら、多少の説得力はあるけどね」
「なんで船長経験あるってツバキが知ってんだ?」
「…ははは、秘密でーす」
「すげぇ気になるんだが!?」
そんなやり取りを二人がしていると、もう一人の面接官がやって来た。椿より上の人間、課長だ。
「きみがエースくんか」
「そうだ…そうです。あ、初めまして!」
「初めまして。はは、畏まらなくていいよ。きみは若そうだけど…色々な経験をしているようだね。
瞳が全く揺れない。うん、稀に見る大物だなぁ」
ヒュッと息を飲む椿に対して、なんのこっちゃ?と疑問符を頭に浮かべるエース。
課長は笑みを見せ、そろそろ始めようと合図した。
緊張した面持ちで部屋へ入ってきた三名。
緩い雰囲気を持つ課長、凛とした佇まいの主任。
そして、明らかに浮いているパーカー姿の男。
志望者三名は揃ってエースの存在に首を傾げた。
面接は滞りなく進み、志望者からの逆質問も聞き終えて、何事もなく終了。三名はエースを気にしつつ、椿の合否説明をメモすると部屋を出て行く。
「エースくんなら、どの子を選ぶ?」
「おれ?今の三人なら真ん中の人かな」
「なるほど、白峰さんは?」
「…私もエースくんと同じです」
「うん、満場一致だ。彼に合格通知よろしくね」
「えっ!?早くないですか!?」
「ははは、そうだね。でも、エースくんも思っただろう?あの彼は“成長できる人間だ”と」
「いやぁ、おれはそこまで断言出来ねェけど。一番面白そうな奴だと思った!直感だけどな」
課長も直感タイプだったか…。
ため息を吐く椿をしりめに、二人は意気投合していた。大物は大物を好む…だな。そう思いつつ。
午後からも面接が入ってるから、またエースくんも同席してね。それに二つ返事で了承するエース。
飽きさせず、かと言って難しい仕事は割り振れないから。面接が入っていてよかったと安堵する。
そして人事の才能を見せるエースに、驚いた。
「覇王色を持ってるだけはあるねぇ…」
「えぇ?ツバキはなんでも知ってるな!?」
「まぁね…」
いつものフロアへ戻った頃にはお昼を回っていた。
赤崎を呼んできて。ご飯食べに行こう。
お願いすると笑顔で迎えに走る。……走るな…!
エースを見ていたら、無性に自分の恋人に会いたくなった。彼も元気だろうか?心配はいらないと分かっているけれど。思い出すと恋しくなる。
椿はエースと彼女の姿を見つめ、優しく微笑んだ。
「そこのバカップル、ランチ逃すぞ!」
「うわっ!バカップルは死語ですよ、椿さん!」
「はい、ランチは赤崎の奢りね」
「!?な、なぜ…!」
「肉!おれは肉が食いてェ!」
「水でも飲んでろ…」
「!?ツバキはマルコであり、サッチか…?」
「どういう意味よ、それ」
三人で笑い合いながら、フロアを離れた。