「…エースが帰ってこない」
会社からほんの数メートル先にあるコンビニへ、気分転換にと買い物をエースにお願いした。
こちらの金銭のやり取りは理解している。
そしてそのコンビニへは何度も一緒に行った。
行くのも帰るのも、迷うことは…ないはず。
だが、かれこれ30分は帰ってこない。
「ただいま戻りましたー!」
「営業さん!エースを見かけませんでした!?」
「あれ、赤崎さん?駅近くでエースくんを見かけましたよ。てっきり赤崎さんと一緒なのかと…」
「駅近く!?」
何故。
やっぱり迷った?会社の目と鼻の先で?
唐突に散歩したくなった、とか?
でも、何も言わずに行くかな…。
思わず上司の方を向いてしまう。
「……どこで油売ってんだ、あの若僧は」
「エースくん一人でした?」
「いえ、姿を見かけただけです」
「赤崎さん、ナンパですよ!ナンパ!」
「ええ!?赤崎さんにベッッタ惚れのエースくんが、他の女にホイホイ着いていくと思う!?」
「それはないでしょ」
「…ないですね」
「ないね」
「ないな」
「し、信用されてますね、エース…」
初日の職場体験以降、あっという間にエースとの関係が会社中に知れ渡ってしまい、さらに私へのスキンシップが多いエースを見た人達からはこうして事あるごとに弄られるようになった。
…いや、すごく恥ずかしいんですけどね!?
上司まで口挟んでるし。やめてください。
本当に、エースはどこにいるんだろう。
「…仕方がない。赤崎、回収してこい」
「え。いいんですか?」
「戻ってきたら全フロアのゴミ収集をさせる」
うわぁ、地味にめんどいやつだ。上司へ頭を下げ、コートを片手に小走りでフロアを出た。
何も事件を起こしていないといいんだけど…!
会社のビルを出て、駅の方へ向かう。
駅周辺ということもあって、人が多い。
近くを見たり、遠くへ目をやったり。
それらしい人影は見当たらない。
どうしよう。
…会社近くのコンビニへ行ってみようかな。
踵を返し、一歩踏み出した…その時。
「リオ!」
「!!エー、ス……?」
名前を呼ばれて周囲をもう一度見渡す。
すると私に手を振り、エースが近づいてきた…けど。どうしたことか、彼は走っている。
そして遥か後方から大きな声も聞こえてきた。
「待てェ!このクソガキィ!!!」
「なめた真似しやがってコラァ!!」
とっても強面で黒いスーツを着用した男性達が、こちらを目指して走ってくるではないか。
しかもだいぶ怒っている様子。
…なにをしていたの!エース!?
当のエースは私の手を掴み、そのまま走る。
今日もブーツ履いてるけど!踵の高いものではないけれど!走る速度が尋常じゃない!!
足がもつれて転びそうになった瞬間、勢いよく体が宙に浮いてエースの腕の中へ収まった。
うん、お姫様抱っこ…ってやつだよ…。
「ははっ、あいつらしつこいな〜!」
「エース!どういうことなの!?」
「コンビニ前で迷子になってた子どもを駐在の所へ連れてって!その戻る途中で缶コーヒーを道にポイ捨てする奴らがいたんだ!ちゃんとゴミ箱に捨てろよ、ってそれを投げ渡したらさ!…っふ、ははは!なんと中身がまだ入っててよー!」
コーヒーが襟元にぶっかかったらしく、それに怒って突っかかってきたんだ!おれは謝ったんだぜ?
でも、はは!笑いが止まんなくてな!!
…なるほど、エースに笑われて更に頭にきたと。
「エース…」
「元はと言えばポイ捨てするあいつらが悪い!」
「確かにそれは間違いないね」
「相手してやろうかとも考えたんだ」
「!?」
「けど、リオの顔が浮かんで、止めた!」
そういうわけで逃げてる!
エースを見やれば、口角を上げて笑っていた。
追いかけて来る人たちは段々遠くなって行く。
元々の足の速さに加え、逃げ慣れてるエースに軍配が上がった感じだ。強面な黒いスーツのお兄さん達、追いかける相手が悪かったね。
これを機に、飲み終えたらゴミ箱へ捨てて!
彼らの声が聞こえなくなるまで街中を走り、姿も目視出来なくなった所で速度を緩めてもらい、
ようやく地面に足が着いた。
「そういえば、なんでリオは外にいるんだ?」
「エースを探しに来たの!出て行ったきり、なかなか帰ってこないから、心配したんだよ」
「へぇ、どういう心配?」
「迷ってないかな、って」
「…ナンパされてねぇかな、じゃなくて?」
ニヤニヤ顔で尋ねてくるエース。
その顔は、ナンパだったら嫉妬したか?って意味も込められてそうだ。少しだけムッとした私は、エースの両頬を掴んで外側に引っ張る。
「綺麗な人から声かけられたら、どうしてた?」
頬を掴む手に、エースの手が重なった。
「恋人以外に興味ねェ。そう言うぞ!」
眩しい笑顔を見せて、唇同士が触れ合う。
…怒るに、怒れなくなる笑顔だ。
ずるい人。
重なった手を握り、逃げてきた道とは別方向から会社へと戻る。警戒しつつ建物内へ。
職場に帰ってきて、上司へ事情を説明したら。
聞き耳を立てていた複数名は吹き出し、さらに何名かは笑いを堪えるように肩を震わせ。
上司は。呆れたような表情でため息を吐いた。
「なんだよ、隊長はポイ捨て許せんの?」
「…許す許さないの話はしていない。お前は仕事として外に出たんだ。騒動を起こすな」
「エース!…すみませんでした…」
「おれは!謝らない!!」
「…そうだろうな、お前のことはわかってきた。ポイ捨てが許せないエースくん。会社内にもゴミが多くある。全フロア回って集めてくれるか?」
それくらい余裕だ!任せろ!
エースは大きく頷いて台車とゴミ袋を手に、
颯爽と5階へ向かった。
上司はエースの扱い方を心得てきているなぁ…。
「…赤崎」
「は、はい」
「お前、あいつと一緒になれば苦労するぞ」
「え?…ふふ、そうですね。楽しみです」
「…お前はお前でおかしいな」
なんですと、失礼な。
おかしいって何が?もしかして頭のこと?
上司の頭こそ毛根死滅したらよいのでは?
一瞬不穏な空気が流れて、私は自分のデスクへ。
エースが戻ってきたら退勤の時間になるはず。
それまでに引き継ぎ書類の作成を進めよう。
数分後。
ゴミ袋が山盛りになった台車を担いで、ゴミステーションへと向かうエースの姿を撮った椿が、大笑いしながらうちの島に来てそれを見せてくれた。
台車を担ぐって何!?バランス感覚すっごい!と涙を浮かべて草を生やす椿に、上司がやかましいと叱りつけていたことも…ここに報告しておこう。
***
エースが強面なお兄さん達に追いかけられてから三日経った、お昼頃。
外へ出てランチに行こうとコンビニの前を通ったら、小さな女の子から声をかけられた。
女の子はエースに向かってお礼を言い、その子の母親も深々と頭を下げて感謝を伝えていた。
エースが助けたという迷子の子ども…だろう。
母ちゃんに会えてよかったな!そう言って女の子の頭を撫でるエースの表情は、とても優しい。
二人に手を振って別れ、駅の方へ向かう。
定食屋さんに入り、ご飯を食べ終えると再び会社へ戻る。その道すがら、明日は午前中に退居の手続きをして、それを終えたら海を見に行こう。
休みの計画を立てていたら。
「「あっ!!!この前のクソガキ!!」」
大きな声が聞こえた。
言葉から察するにゴミをポイ捨てした、例の人。
黒いスーツに身を包み、一人はスキンヘッドでサングラスをかけていて。もう一人は前髪で見え隠れしているが、額に傷跡がある。…そんな風貌の彼らを見ると、どうしても頭にヤのつく人たちではないか?と勘ぐってしまう。勘違いであってほしい。
二人は大股で歩いてこちらへ近づいてくる。
「…誰だ?」
「ゴミをポイ捨てした人たち、じゃない?」
「??あー、ああ。言われてみれば。いや、顔とか全く覚えてねェけど。偶然ってあるんだなァ」
「…エース、逃げなくていいの?」
「今回は逃げない」
声をかけたら、後ろへ下がるように言われて。
エースは足を開き、拳を構えた。
まさか。
「もしかして、応戦しようとしてる!?」
「そんな大袈裟なもんじゃねェよ、あまりしつこく絡んでくるなら…痛い目見せとこうと思って」
リオと約束したから、能力は使わねェ。
だから素手でぶん殴る!
いや。いやいやいや!?
武闘派が過ぎるのでは?
エースの笑みはなかなかに悪い感じで。
これはあの人たち、一撃で沈むだろうなぁ。
本気を出さないでね。と声をかけようとしたら。
「コラァ!!またお前らか!」
警笛が鳴り響く。
その音を耳にした黒スーツの二人は、弾けるように駆け出して手前の角を曲がって逃げて行く。
私としてもあまり聞きなれない警笛。
それを吹いた人の姿が目に入って…固まった。
悪いことをしていなくても、その姿が視界に入ると妙に緊張してしまう─、そう。警察官だ。
また、と言葉を発したので黒スーツのあの二人は、以前にも何かしら注意を受けてるんだろう。
私たちも事情聴取とかされるのかなぁ。
それはそれで面倒くさそう…。
「リオ、あいつは誰だ?」
「警察官だよ。街の治安を守る人、かな」
「なるほど、駐在か。…よし!逃げよう!」
「えっ、なんで!?」
構えを解いて、またもお姫様抱っこされる。
「理由なんてねェ!」
「どういうこと!?」
脱兎のごとく駆け出したエース。
警察官も追われていた私たちがまた走り出すとは思ってなかったのだろう、戸惑う声が。
「待ちなさい!」と。それすら無視して走る。
エースの表情は…やっぱりどこか、楽しそう。
「エース、エース!あの人海兵じゃないよ?」
「わかってんだけどよ、こりゃあ海賊の性だな!
追ってくるなら、逃げる!戦ってもいいってんなら、止まって相手するぞ!」
「戦うのはダメ!」
「だろ?それなら逃げるしかねぇ!」
警察官から逃げるエース。
エースに抱えられている私。
逃げる私たちを追いかける警察官。
謎の構図に道行く人たちが何事かと振り返る。
えっ何?ドラマの撮影とか?
あの人、めっちゃ足速いねー!
お姫様抱っこしてあの速度!?すごい!
お巡りさーん!追いついてないよ!頑張って!
そんな声が聞こえてくるものだから、私も段々おかしくなってきた。なんなの、この状況?
「ふ、あはは!」
「なーに笑ってんだ、リオ?」
「エースと一緒だと楽しいな、と思って!」
「…そうか?」
「そうなの!警察官に追われるの初めてだよ!」
ここ数日で、二度も誰かに追われる…なんて思ってもみなかった。そのどちらも、別に悪いことをしたわけではないのに。
なかなか貴重な体験をしたと思う。
今回も見事に撒いて、下ろしてもらった。
なかなか遠くまで来たので近道して帰ろう。
見つからないよう路地裏を通って会社へ急ぐ。
すると。
「「あっ!!」」
「うわっ」
「ん?またお前らか。しつこいな?」
強面な二人組のお兄さん、三度。
この人たちも警察官を撒けたんだ。
息が上がってるのは気のせいじゃないよね?
ということはエースの体力は本当にすごい。
お兄さん達は息を弾ませつつ、声をかけてくる。
「こ、今度こそ、捕まえてやるからな…」
「ぜぇ、はぁ…!逃げるんじゃ、ねェ…!」
「相手してやってもいいけど」
手加減は、出来ねェぞ?
ぐっ、と拳を握ったエース。
その拳からは炎がゆらりと立ち上る。
二人とも目を擦り、その炎を凝視した。
何故、拳から炎が?そんな表情だ。
「かかってこねぇのか?じゃあおれから…」
「「まっ!?待て待て待てェ!!」」
「待たねェ。お前らしつこいからな。少しくらい痛い目見といた方がいいだろ?なぁ、殴られ慣れてるか?いや、炎の拳は初めてだろうな。仕方ねぇ、今回は超弱火にしといてやるよ!」
一歩一歩、強面な二人に近づいて行くエース。
追い詰めたつもりが、逆に追い詰められている。
炎の拳、か。…怖いだろうなぁ。
「その黒いスーツ!焦げたらごめんな!!」
絶対ごめんと思ってない。
それくらい良い笑顔で振りかぶった。
「まっ!も、もももう追いかけねェから!」
「や、やめろ!うわ、近づくなっ!?」
「はは、覚悟を決めろよ。──火拳っ!!」
一人目の横っ面に拳が入る。
続けざまにもう一人。
エースは「火拳」と口にしたけれど、お兄さん達を殴る直前で炎は消していた。“能力を使わない”という約束を守ってくれたようだ。
…拳に炎を纏わせたのは使った・に入るよね…?
う、うーん。今回は不問にしとこうかな。
伸びた二人を建物の端へ寄せて重ねる。
これに懲りたらポイ捨てすんなよ!
腰に手を宛てて仁王立ちで見下ろした。
…やはりエースは、色んな意味で強いなぁ。
「私も護身術を覚えた方がいいよね」
「必要あるか?」
「あるよ!常にエースが傍にいるわけじゃないでしょ?自分の身くらい自分で守らないと!」
「リオの所まで敵を近づかせないつもりでいるけど、いざとなったらリオは立ち向かうもんなァ…。よし分かった!あっちに戻ったら教える!」
「よかった、ありがとう!」
笑った私を見て、エースは真面目な顔をする。
「…小規模の戦闘でも手加減は出来ねぇな」
大切な人を守るためにもっと強くならねぇと。
そう呟くエースの拳に触れる。
握られた指を解いて、手を繋いだ。
「それなら私は、拳を
エースの心が休まるような存在でありたい!」
「…はー。リオに出会えておれは幸せだ…」
「え、突然なに?…ありがとう?」
真面目な顔からにひひと笑みを見せるエース。
それから急ぎ足で路地裏を抜けて会社へ。
午後の就業ギリギリアウトでデスクへ着いた。
上司からの視線を感じるが…無視しよう。
エースは椿に連れられて、課長の元へ。
何やら力仕事が待っているらしい。
エースがこの会社に馴染んでいくのがわかる。
非日常が日常となりつつある、そんな馴染み方。
私も、エースも。
お互いが側に居るなら、どんな世界でもどんな非日常でも、日常へと変えていけると思う。
そう思えるほどの存在になれたことが…嬉しい。