47

数日前、引き継ぎと残務処理等を済ませ、これといった大きなハプニングもなく会社を退職した。
もちろんエースと一緒に。
上司から嫌味に似た言葉を貰ったけど、それを除けば円満退社…だったと思う。本当、最後までブレないクソ上司っぷりに感心すら覚えた。
一刻も早く盛大にハゲ散らかしてほしい。

自宅の荷物も全て片付け終えて玄関へ。
一人暮らしを始めてから今日まで一番お世話になった場所。癒してくれた場所。安心できた場所。
私は自分の家が、この部屋が。大好きでした。
空っぽになった部屋に頭を下げて外へ出る。

大きなキャリーケースが一つ。
旅行用の鞄が一つ、リュックを一つ。
私の持ち物は以上の三つにまとめた。
生活必需品や服はあちらで揃えるつもりだ。
キャリーと鞄はエースが持ってくれている。
そんなエースの服装は、お馴染みの海賊スタイルに黒いコートを羽織るだけ。さすがに最後の最後でやらかすわけにはいかないからね…!

吐き出す息はまだまだ白い。
春には程遠いようだ。
ゆっくり歩いて例の白い花が咲く河川敷へ。
そこに着くと、椿が手を挙げて私たちを迎えた。

「よっ!いよいよ出発だね」
「…見送りに来てくれたんだ」
「もちろん。二人を見送らせてよ」
「ありがとう、椿…」

彼女の姿を目にしたら視界が涙で歪んだ。
これが最後の別れじゃない。
きっと椿とはまた会える。そう信じている。

でも…、それでも。
親しかった友人と離れるのはすごく寂しい。

「エース、赤崎を幸せに出来なかったら許さない。死ぬほどあんたを憎むし、私が攫いに行く」
「ああ、幸せにする。…違うな、リオと一緒に幸せになる!いくらツバキでも、リオは譲らねェよ」
「それならいいの。赤崎、私がそっちに行くまで、二人でしっかりやるんだよ!」
「うん、うん…!頑張るよ!ありがとう」

涙が止まらない私を笑う椿。
おもむろにバッグから何かを取り出して、私の首に巻き付けていく。それは濃い紅とオレンジ色が混ざり合う、綺麗なスカーフだった。

ほら、マフラーだと夏は暑いでしょ?
一年中着けといて!とは言わないけど。
なんとなく海賊っぽいし!オシャレだし!
…それに、あんたを心配してる友人が確かにいるんだってことを。忘れないでほしい。

「うっ、椿ぃぃぃ!!」
「あはは!泣き虫だねぇ」
「ま"、待ってるから。ずっと待ってるよ"ぉ…」
「んふふふ!エース、赤崎を頼むね」
「おう。任せろ」

がっちり、握手を交わす二人。
なにその戦友感…!二人ともかっこいい。

ハグしたい!と両手を広げるが拒否された。
「照れるし、私も泣いてしまう」と。
そう言われては無理強い出来ない…!
あっちに来て無事に出会えたらハグしよう、そうしよう。決めた。思いっきり抱きしめる!

椿から離れて、白い花の元へ。

「いよいよ、だな」
「ようやく…じゃないの?」
「いいや?おれはこっちでの生活を楽しんだから。ほんの少し、名残惜しい気持ちもある!」
「それでも、あっちの海が恋しいでしょ?」
「んー…、はは、そりゃあな!」

青く広大で不思議な海を思い浮かべているのだろう、エースの笑顔は懐かしむように優しい。
白ひげ海賊団の皆さんとも離れて時間が経っている。言葉や態度には一切出さないけれどきっと彼らのことも恋しくなっているはず。

…私もあっちへ行けるかな。
エースだけ、戻ってしまうかもしれない。
離れ離れになるかもしれない。

「リオ、離れねェように手を繋ごう!」
「不安が伝わっちゃった?」
「離れ離れになるかもー、ってのがな」

差し出された手を取る。
ぎゅうと強く握られて小さく息を吐いた。
温かくて安心する、エースの手。
…大丈夫。
きっと、大丈夫だ。

顔を上げ、一歩前へ。
白い花が風に吹かれて揺れる。
もう一歩進むと視界が白く霞みがかっていく。
こちらとあちらの境目が曖昧なものに変わる。

「─莉央!」

彼女の姿はもう見えない。
私の名前を呼ぶ声だけが響く。
…椿から名前で呼ばれるの、初めてだ。
こんなタイミングで。ズルい友人だなぁ。

「また会おう!」
「うんっ!椿、またね!!」
「エース、しっかり生きろ!死ぬなよ!!」
「死なねェっての!またな、ツバキ!」

彼女の笑う顔が頭に浮かんで、消えた。

下から巻き上げるように強い風が吹き、思わず目を閉じる。繋いでくれた手を握ればエースは同じような強さで握り返してくれる。
絶対離さない、そう言ってくれているようだ。

風は少しずつ穏やかになり、やがて止む。
ふわりと鼻を掠めたのは甘い香り。
目を開けると一面に白い花が咲き誇っていた。
私とエースを導いてくれた、白い花。

「リオ」

私の名前を呼ぶ声。
隣に立つ、エースの声。

「一緒に来てくれてありがとう」

彼の方を向いて笑えば抱きしめてくれる。
離れ離れにならなくてよかった。
エースの側に立つことが出来て、本当に。

これから訪れるであろうエースと彼らの運命を、私が捻じ曲げることは出来るだろうか?
…捻じ曲げられなくてもいい、少しだけでいい。
あの最後を、エースの中で悔いがなかったと言える最後だったとしても。私は、変えたい。

「ねぇ、エース?絶対に、死なないで。私があなたを幸せにするから。待ってて、エース!」
「ははは!その台詞、懐かしく思えるなァ。ああ、幸せにしてくれ。おれもリオを幸せにする!」
「絶対だよ?」
「おう、もちろんだ!…つーかさ、ことある事にリオもツバキもおれに死ぬな!って言うよな?おれ、そんなに死に急いでるように見えるのか…?」

それが第三者目線だと割りと見える。
戦い方も、考え方も、生き様さえも。
エースはとても危うい。

困ったような笑顔を返すと。

「守るべき人が側にいるんだぞ?海の王にしたいオヤジやお節介な兄弟達も。この“偉大なる航路グランドライン”で会ってない弟にも会いてェ。弟にリオを紹介したい。ほら、おれが死ぬには早すぎるだろ?」
「悔いが残る、ってこと?」
「ああ、残るなァ。…それにさ、」
「うん?」

頬を両手で包んで触れるだけのキスをひとつ。
離れると、優しい笑顔で私を見つめた。

「リオを残して逝けねェよ」
「…長生きしてもらうからね!」
「海賊が長生きってのもおかしな話だけどな」

二人で顔を見合わせて笑う。
ふと遠くから、声が聞こえてくる。
この声はサッチさんかな?
空を見上げれば、青い鳥が頭上をゆるりと旋回していた。あの鳥はきっとマルコさんだ。

迷子になったエースを探していたんだと思う。
そこに私の姿があったらみんな驚くだろうか。
親父様に、怒られないかな。
…また、あの船に。
白ひげ海賊団の船に乗せてもらえるといいな。

「リオ、行こうぜ!」

差し出されたエースの右手。
手首にはお揃いのブレスレット。
こちらへ来たことに悔いはないけど不安はある。
それでも、きっと大丈夫だと思えるのは。

エースの存在があるから。


Will you hold my hand.

あなたは私の手を取って。
私はあなたの手を握って。

二人一緒なら、どんな世界でも怖くない。

prev : next


  Back  Top