48

私は再び、白ひげ海賊団の母船である
モビー・ディック号へ足を踏み入れた。

前回と違い、私は“この世界を知っている”。
漫画という媒体を通して親父さまやエース、
白ひげ海賊団の行く先を“知ってしまった”。
そう。私には知識がある。

親父さまとエースが亡くなるという知識が。

マルコさんが先導し、甲板へと向かう。
視線の先には大きな大きな親父さま。
親父さまを中心に両脇を固める隊長の皆さん。
さすがに全員ではないけれど、クルーの皆さんやナースのお姉様たちも並び立っていた。
そして私の隣に、エース。

「オヤジ!今帰った!」
「おう、迷子になったらしいじゃねェか」
「迷子!?おれは冒険してきたんだ!」
「グラララララ!!物は言いようだなァ?その短い冒険で何かイイもんでも、見つけたか?」
「ああ、もちろんだ!」

エースが私の肩を抱き寄せる。

「おれの大事な人を見つけて、連れてきた」

にひひ!と笑うエース。
私の姿を見て少しざわついているのが分かる。
わざわざ手紙を残して去った私がいるんだ。
驚きや戸惑い、不信感も抱いてると思う。

温かな手が肩から離れた。
エースを見れば優しく笑っている。
その笑顔に緊張が和らいだ。
ありがとう、エース。大丈夫。
私は私の言葉で、皆さんと話をするよ。

「お久しぶりです、親父さま」
「あァ、不良娘か。元気そうで何よりだ」
「親父さまの体調はいかがで……不良娘?」
「違うとは言わせねェぞ?」

何故!?
思い切り首を傾げると親父さまは白いひげを
揺らしながらグラグラ笑う。

「手紙を残して家出するたァ、律儀な不良娘だ」
「家出…!?親父さまには事情を説明して挨拶も交わして船を降りたと記憶していますが!?」
「帰ってきたじゃねェか」
「か、帰ってきました…けど!」

この世界から私の世界へ戻る時、船の船長として、父親として、快く私を受け入れてくれた親父さまにはきちんと別れの挨拶を交わした。
交わしたはず、なんだけどなぁ…?

家出。
家出と言われて動揺する。

「おれに長生きしろって?」
「はい、親父さまは言葉通りこの船の柱で心臓で、居なくてはならない御人です。親父さまには無理してほしくないですし、元気でいてほしいんです!」
「リオもか?」
「はい?」
「お前はおれに長生きしてほしいのか」
「!もちろんです!!」

目を逸らさないよう、親父さまを見つめた。
纏う雰囲気は厳しく感じるがその瞳は優しい。

まずはエースの冒険、つまり何が起こったのか話を聞かせろ。とのことで、突然いなくなった経緯と私の世界での出来事、そしてどうやって戻ってきたのかをエースと二人で話を始めた。
まるで夢物語のような出来事に、隊長達は皆揃って首を傾げる。でも私がいることでその夢物語は事実で現実であったと証明出来る。なんせ私は、この世界から一度姿を消しているのだから。

「…白い花畑からリオんとこに行って?」
「リオの世界でエースが働いたァ?!」
「んで誕生日まで迎えて、ひとつ歳とった?」
「で、同じような状況で帰ってきた…と?」

「「「さっぱり意味がわからねェ!!!」」」

「声揃えんなよ、うるせェな!」

隊長達が聞きたいことは他のクルーの皆さんが聞きたいことでもあるようで、ほとんどの方が隊長達と同じようなリアクションを取っていた。
まぁ、そうですよね。
訳が分からないですよね。

「グラララ、なかなかの冒険だったじゃねェか。おれたちは何が起こるかわからねェ、不思議な海で航海してる。別の世界と繋がったとしてもなんらおかしくねェさ。有り得ねェことが起こり得る!それが“偉大なる航路グランドライン”ってヤツだろう」

豪快に笑う親父さま。
懐が深ければ、器も大きい。
…というか、有り得ない現象も“偉大なる航路グランドライン”なら起こり得る、と言う言葉で納得出来てしまうあたり本当にヤバい場所なんだなと痛感する。
別の世界に繋がるって有り得ないでしょう…!

隊長達の疑問に一通り答えて居住まいを正す。
親父さまへ向き直って小さく深呼吸した。

─ここからが本題だ。
親父さまに乗船の許可を得られるだろうか。
今回は前のような理由を口に出来ない。
自分の決意と…覚悟を、伝えなければ。

「親父さま、白ひげ海賊団隊長の皆さん。私の話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、話してみろ」
「ありがとうございます。一度下船した私が言うのはあまりに図々しく、厚かましく、無遠慮だとわかっています。わかっていますが…またこの船に、この海賊団に身を置かせてくだい」
「海賊になりてェのか?」
「はい。その覚悟でこちらへ来ました。船長である親父さま、そして隊長の皆さんにとって私は異世界から来た怪しい人間だという見方は変わらないと思います。警戒するのも乗船を快く思わないのも当然だと思ってます」

前回も私のような一般人が船に乗ることに難色を示した方は少なからず…いや、大勢いただろう。
それでも乗船出来たのは親父さまが許可してくれたから。受け入れてくれたから。

「私は皆さんのように戦えませんし、ナースの皆さんのように医療知識があるわけでもありません。私がこの船にいることのメリットは皆無です」

ええ…、それ自分で言っちゃう?
サッチさんのツッコミが耳に入る。
言っちゃうんです。私は完全に一般人だから!

「それでも、この船に乗りたいんです。エースと一緒にいたいと言うのも本心ですが、今度は本当に白ひげ海賊団の仲間になりたいと思っています」
「…海賊の仲間になる。それがどういう意味か分かった上で、この船に乗りてェのか」
「はい」
「戦闘中は一々気にかけてやれねェぞ」
「構いません」
「血を見るのは避けられねェ。隣で笑ってた奴が相手を殺し、殺される。それが日常の世界だ」
「…はい」
「海軍から追われる身にもなる。常に誰かが側にいて、お前を守るってことはゼロに近い」
「そうです、ね。私は戦えませんと言いました。ですが、ただ逃げ惑うような真似はしません。守られるだけの存在になるつもりもありません」
「ハナッタレが吠えるじゃねェか。そんなら、戦えねェお前はどんな存在になるつもりだ?」

ぐっ、と親父さまを見据える。

「この船の行先を、未来を示す存在になります」
「…それがお前に出来るってのか?」
「必ず。親父さまの海賊旗に誓って」

震える手を握り締める。
親父さまは眉間に皺を寄せ、ため息を吐いた。

少し間が空いて。
親父さまからの言葉を待っていると。

「…リオ、お前はおれの娘だ」
「!は、はい…?」
「なんだ、おれァ親子の縁すら切られたのか?」
「いえ!まだ娘と呼んでくださるんだなぁ、と」
「この船の末娘。それがお前だろう、リオ。あァ、それともう一つ肩書きがあったな。おい、野郎共。確かエースの嫁…だったか?」

ニィ、と口の端を上げて笑みを浮かべる。
その言葉を待っていたように隊長達が笑う。

「そうだぜ親父!エースの嫁だ!」
「可愛い可愛い妹分でもあるな!」
「なぁリオ、今度はうちの隊にも来てくれよ!」
「いやそりゃあマルコが手離さねェだろ〜?リオは事務作業の右腕って聞いたぞ?」
「否定はしねェよい」
「またおれさまの料理を食べてほしい!」
「サッチの料理は毎日食べてると普通に肥えるよ。自制しないとヤバいからね」
「ハルタ、実感…というか殺意こもってねェ?」
「エースのお嫁さん。はは、やはりきみは華であるな。また花束を贈らせて欲しいものだ」

やっぱり!!
エースの隣には、リオがいねェとな!

隊長達の言葉にじわりと涙が浮かぶ。
相変わらず、こちらの皆さんは優しい。

「なァ、リオ」
「はい…」
「この船に乗る、仲間になるだなんだと言うより先に、おれはまだ聞いてねェ言葉がある。
“家”に帰ってきたら言うべき台詞はなんだ?」
「!!た、ただいま、です…?」
「アホンダラァ!!腹から声出せ!!」
「ただいま!!!です!」

半ば叫ぶように親父さまへ言葉を飛ばすと。
とても、とても穏やかな笑みで私を見やった。

「おう。随分とのんびりした旅だったな。
グラララララ!!あァ、おかえり。リオ。可愛い息子共ォ!テメェらの妹が帰ってきたぞ!!」
「「「おかえり、リオ!」」」

あちこちから聞こえる「おかえり」の言葉。
クルーの皆さん、ナースのお姉さま達。
隊長達に親父さま。みんなが笑っている。
そんな光景とたくさんの温かい言葉を受けて
私は我慢出来ずに涙が溢れてしまった。

「リオを歓迎しない奴ァ、この船にいねェよ。おれの船はお前の家だ。仲間は家族だ。お前の親父はおれだ。だから帰ってきたら顔を見せろ。声を聞かせろ。そんで“ただいま”と言ってくれりゃあそれでいい。おれの船に乗るってのは、そういうことだ」

優しげな声色に涙の量が増えていく。
末娘は泣き虫だな、なんて笑う親父さま。

隣にいるエースが私を抱きしめてくれる。
この船に帰ってきてくれて、ありがとう。
そう耳元で囁かれた。
ありがとうは私の台詞だよ!と言いたいけれど、次々に流れてくる涙を止めることが出来ない。

ようやく涙が止まりかけた頃、天候が急変し黒い雲が空を覆い雷雨が海面を叩きつけ始めた。
風も強くなってきて、これではまるで嵐だ。
甲板にいた全員が対応のため慌ただしく持ち場へ移動する。感動の再会の余韻に浸らせろ!なんて声が耳に入った時は少し笑ってしまった。


─私はこの海へ。

白ひげ海賊団の元へ、帰ってきたんだ。



***



嵐の海域を抜けて、舵も落ち着いた頃。

私とエースは食堂へ来ていた。
もう少し親父さまと話をしたかったが、
『他にも話があるというのはリオの目を見りゃ分かる。だが日も暮れかけている。今日の所は休め。疲れてんだろう?明日一番に聞かせてもらう。』
そう言われては無理強い出来ない。
なんでもお見通しで尚かつ優しい。

親父さま、びっくりするほどかっこいい。

「しっかし、リオちゃんはなんでそう男気溢れてるんだ?“親父さまの海賊旗に誓って”って台詞を聞いて、おれちょっと鳥肌たったわ」
「お、男気…ですか!?」
「そこまで背負う必要ねェよい。…と、言いてェ所だが。この船に乗る覚悟が見えた言葉だよな。エースの嫁にするにゃもったいねェよい」
「!!ダメだぞ!リオはおれのだからな!
…マルコ、お前マジでリオに近づかないでくれ」
「リオちゃん、エースの警戒心上がってね?」
「そんな気がします…」

大きな丸いテーブル席へ座ると、マルコさんとサッチさんがやって来て腰を下ろした。
マルコさんは本心じゃなく、エースの反応を見て楽しんでるだけだと思うけど…。どうやらエースはその言葉を本気で捉えているようだ。

「この船の行先を、未来を示す存在になります。
…か。すげぇ意味深なこと言ったよなァ。
サッチさん気になって仕方ないんだけど!?」
「明日まで秘密ですよ!親父さまへお伝えしてからです!頬を膨らませても言いませんよ?」

ちぇ!リオちゃんのいけずー!
サッチさんとの会話は前と変わらない。
ノリが良いけれど、思慮深さも持っていて。
マルコさんとは違う角度で人を見ている。
みんなを笑顔にしてくれるサッチさん。

あなたも、失うわけにはいかない人。

「リオの世界の男は怯んだけど!こっちの野郎共には効かねェんだ!かかってこい、つったら本気でかかってくるんだ!奪おうとするんだよ!片っ端から丸焦げにしてやろうか!!」
「随分余裕がねェなァ?リオ、こんなガキくさいエースより大人なおれの方が幸せにしてやれるよい。今からでも遅くない、おれの手を取らねェか?」
「取らせるわけねェだろー!!!」

わぁ。長男と末っ子の喧嘩だ。
白ひげ海賊団の中では末っ子み溢れてるなぁ。
エースとマルコさんのやり取りを、微笑ましげに眺めている私とサッチさんなのであった。
遠巻きに見ているクルーの皆さん、どっちが勝つか!なんて不毛な賭けはお止めください…。

食事当番の方に頼んでご飯を食べた後。
エースの部屋へ向かおうと食堂から出た瞬間、
ナースのお姉様たちにばっちり捕まった。

「エース隊長。今度こそリオちゃんは私たちの部屋で過ごしていただきます!」
「ダメだ」
「前回は前回の事情があったので譲りましたが!今回からはもう私たちの妹でもあるんですよ!?エース隊長ばかり独占するのは許せません!」

あれよあれよという間にナースのお姉様の元へ引き寄せられると抱きしめられてしまった。
くっ…!同じ性別とは思えないほど柔らかくて良い匂いがして新たな扉が開きそうになる…!

たじろぐエースを見て、いけると思ったのかお姉様たちは弾丸の如く次々に言葉を発していく。
こわい。女性の団結力こわい。

「〜〜っ、言いたいことは!わかった!!」

「はい嘘ですね」「半分も理解してませんね」
「エース隊長、右から左ですもん」
「これだからエース隊長は…」
「なぁーにが5億の男ですか」「ほんとほんと」

「おれの言い分も聞いてくれ!!」

びし!と人差し指を上に向けるエース。

「リオがいないと!おれは起きられねェ!」

─シン、とその場が静まる。
一瞬の静寂を破ったのは、ナースのお姉様。

「確かに、それは重大な問題ですね」

隊長が寝坊ばかりでは士気に関わりますし!
はぁぁぁぁあ、仕方ないですね…。
でも月に二日はこちらへ来てもらいますからね!
いいですか!無理強いしないでくださいよ!
負担がかかるのは!女性なんですよ!!
エース隊長、避妊しなかったらぶん殴ります!

怒涛の言葉責めに、エースは涙目で。

「すみませんでした」

最終的に謝っていた。
エース、寝坊助どうにかして治そうね…。
肩を落としているエースを励まし、改めて部屋へ向かった。心へのダメージがえげつない。

部屋へ入ると、持ってきたキャリーケースや荷物が隅の方に置かれているのを発見。親父さまへ会うために甲板へ向かう前、クルーの方が預かってくれたのを思い出す。中は見られても構わなかったけれど、開けられた形跡はない。
ホッとしたような、警戒してほしいような。

荷物を見ていたらその中のひとつ、旅行鞄をひょいと持ち上げてベッドへ乗せたエース。

「ん?片付けるんだろ?ハンガーあったかな。ラクヨウあたりが余らせてそうだし貰おう!」
「私、本当にエースと同じ部屋でいいの?」
「…ナースの方がよかったか?」
「ううん、私がいる分部屋が狭くなるし…荷物もあるし、邪魔じゃない?」
「邪魔じゃねェよ!」

両手を広げて強く抱き締められた。

「っはー!リオだ、リオがいる…」
「ふふふ、ちゃんといるよ」
「ナース達には起きられねェから、って言ったけど。…ただ一緒にいたいだけなんだ」
「離れたくない?」
「もちろんだ!寂しいだろ!?」
「うん、私もエースと離れるのは寂しいな」

そんなら!ぐだぐだ考えるのは無しだ!
リオの家がこの船なら、部屋はここ!
俺の部屋はリオの部屋!二人の部屋だ!

ニッ!と笑ったエースにつられて笑う。

「荷物片付けたら、シャワー浴びて寝ちまおうな!確か明日も早…っ、えっ…早いのか…?」
「早いよ!親父さまに話をしなくちゃなの!」
「…おれは寝てても?」
「ダメでーす!エースを含めて、隊長の皆さんにも聞いてもらいたいので早起きしまーす!」

頭を抱えるエースに苦笑する。
当分は、寝坊助さんを起こしてあげよう。
荷解きしながらモビーでの夜は更けていった。

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