「えっ、おれ死ぬの?」
話し終えた後、最初に言葉を発したのはサッチさんだった。これから起こることの発端は、サッチさんがヤミヤミの実を手にしたその時。
仲間を手にかけたティーチさんをエースが追い、エースはティーチさんとの戦いに敗れマリンフォードで公開処刑されてしまう。それを阻止するべく白ひげ海賊団は海軍との全面戦争を繰り広げる。
結果は…白ひげ海賊団側の、敗北。
親父さまとエースを失ってしまう。
原作を知ったからこそ伝えられる真実。
そのことを口にするのは、とても堪えた。
目の前にいるのは紙面上のキャラクターじゃない。彼らは今、この世界を生きている人たちだ。
私の話に耳を傾けてくれた親父さまと隊長達の雰囲気が厳しいものに変わっていくのも分かる。
こんな話を聞かされて胸中穏やかなわけが無い。
それでも。
包み隠さず知りうる全てを伝えたのは、
この悲しい未来を変えたいから。
『この船の行先を、未来を示す存在になります』
だから私は親父さまへそう告げた。
同じようなことは起こさせない。絶対に。
「おれがティーチにやられるの想像できねェんだよなぁ。悪魔の実を手に入れて浮かれたまま酒飲んで油断した所、背後からズバーッ !…とかか?」
「有り得る」
「サッチなら有り得る」
「大いに有り得る」
うんうん、と頷く隊長の皆さん。
だよなァ、それなら有り得るよな。
なんて自分で納得してしまうサッチさん。
「サッチのことより親父の方が大問題だよ」
「そうだけどおれにも優しさをください」
ハルタさんの言葉で全員が親父さまを見た。
親父さまは三日月状に反った白いひげを触った後、顎に手を宛て思案しているようだった。
言葉を待っていると視線を感じ、そちらを向けばエースと目が合う。大きく心臓が跳ねた。
この海の未来を知っている。
それはエースにさえ話していなかった。
…話せなかった、が正しい。
意図的に隠していたこと、さすがに怒るよね。
初めてこちらへ来た時はこの世界を何も知らなかった。でも、エースがあちらへ来てしまった時にはエースの未来をすでに知っていたから。
話す機会はたくさんあったのにも関わらず、話せなかった。…話したくなかった。
「そういうことだったんだな」
紡がれた言葉に固まる。
真っ直ぐ見つめるエースの視線が胸に刺さった。
今はもう何を言っても言い訳でしかない。
唇を強く結んで一度だけ頷いた。
「リオんとこ行った時に色んな人から視線を感じたんだ。あれはおれを“知ってた”から見てたわけか。なるほどなァ…、それなら納得だ」
隊長達の列から出て私の方へ足を向けるエース。
咄嗟に視線を足元へ落としてしまう。話さなかった後ろめたさで目を合わせることが出来ない。
どうして黙ってた。
なんですぐ教えてくれなかったんだ。
─そう言われるのが、怖い。
話さなかったことを咎められても仕方ない。
仕方ないけど…、怖い。
エースの足が視界に入った。
目の前に立っている。でも、顔を上げられない。
「リオ、…リオ。触れていいか?」
小さく頷くとエースの両手が私の頬を包む。
温かいエースの手。
「おれたちのことを知ったのは、向こうに帰ってからなんだろ?この船には“何か隠してる”って勘づく奴が大勢いる。そいつらが反応してなかった。もちろん、オヤジやおれも。あの時のリオは、この世界に迷い込んだだけで未来を変えよう…なんて考えてなかったよな。この世界を知ろうと頑張ってたこと、みんなが知ってる」
「…怒らないの?」
「リオを怒る理由なんかねェさ!それどころかオヤジにサッチにおれ、白ひげ海賊団を救おうと考えてくれてる。“どうして今まで黙ってた!”なんて言う奴がいたらおれがぶっ飛ばしてやる!」
ぐい、と顔を上に向かされてエースと目が合う。
口の端を上げて笑っているエース。
「この話をするタイミングが今なのも当然だと思う。みんなより先に知っちまったら、独断でティーチに対して何か行動を起こしてたかもしれねェ」
「「「かもじゃねェ、確実に何かするだろ」」」
「うるせぇ綺麗にハモんな!…リオがおれを、おれたちを真剣に想ってることも知ってる。だから向こうで話せなかったことなんて気にするな」
「っ、エース…」
「涙目のリオ、可愛い。キスしていいか?」
「いいわけあるか!どさくさに紛れて何イチャつこうとしてんだよい!お前は緊張感を持て!!」
顔を近づけてくるエースだがマルコさんの手刀が脳天に直撃し、首根っこを掴まれ隊列に戻った。
相変わらずエースはマイペースだ。
急いで滲んだ涙を拭い、親父さまの発言を待つ。
だが、まだ何も言わない。
すると今度はマルコさんが手を挙げた。
親父さまを一瞥してから、ひとつ頷く。
「以前、能力者を海へ落としたことがあっただろう?その時夢を見たか?どんな夢を見た?」
「…マリンフォードでの決戦の夢、でした。皆さんは戦っていて、エースは…捕まっていました」
「なるほどなァ。その時の親父やおれたちは?」
「すみません、あの、エースしか見てなくて…」
ガッツポーズするエースの頭を両隣の隊長が叩く。
ジョズさんから叩かれるのは痛そうだなぁ。
そういえば、あの人の能力ってなんだったのか。
聞けずじまいだったから完全に忘れていた。
でも、何故今その話題なんだろう?
疑問が顔に出ていたらしく、マルコさんは頷いた。
「そいつはユメユメの実の能力者だった。ユメユメ、つまり夢。そいつが見せる夢は“現実に起こる夢”らしい。事実、エースはリオの夢を見てそっちに行っちまった。なら、リオが見たその夢は…現実に起きちまうだろう」
「!!そんな…!」
「と、おれは踏んでいた。が、」
「……が?」
長めのため息を吐いて眉間を揉むマルコさん。
「事が起こるきっかけをおれたちは知った。それなら、事前に対処することが可能だ。そしてもう一つ。リオは物語の登場人物じゃねェんだよな?」
「はい、私というキャラクターは存在しません」
「だったら…その結末は変わるかもしれねェ」
サッチが悪魔の実を手にしても、殺させない。
エース一人でティーチを追いかけさせはしない。
海軍による公開処刑なんて言語道断だ。
親父も殺されてたまるか。
「変わるかもしれねェ、って言葉は良くねェな。
おれたちが変える。最悪の未来を、変えてやる」
マルコさんの瞳は鋭く強くなっていく。
他の隊長たちも同じような目で拳を握る。
彼らの強い意思は燃え盛る炎のように広がった。
「この船の行先、未来を示す存在になります…か」
呟かれるように出た、親父さまの言葉。
部屋にいる全員が親父さまを仰ぎ見る。
目が合ったのは、私…だった。
「グラララ、言葉通りになってるじゃねェか。
その場しのぎの発破ではなかったと証明したな」
ゆっくり口角を上げる親父さま。
「おれァ息子を取り返すためなら命を賭ける。海軍の総本山で戦うってのも悪かねェ。だが、娘の想いと決意を踏みにじるほど腐っちゃいねェ」
なんだか、親父さまの目は楽しそうに映る。
「リオ。その後のデケェ戦いはなんだ?」
「その後、ですか?」
頂上戦争の後に起こる大きな戦い。
顎に手を当てルフィたちの戦いを思い起こす。
魚人島、ドレスローザ、ホールケーキアイランド。
そして…。
「…ワノ国、」
名前を出しただけで空気がまた変わった。
そうだ、白ひげ海賊団もワノ国と関わりがあった。
もう一度親父さまを見上げれば。
「カイドウか」
「…はい」
「グラララララ!!四皇なんぞ大層に呼ばれてるおれたちが直接戦うことはない。…が、ワノ国とは遠くも浅くもねェ関係だ。いい加減あの馬鹿をあの国から引き剥がさねェと、とも考えていたしなァ」
マルコ、赤髪の若造に伝達だ。
その伝達の内容を把握しているのか、マルコさんはひとつ返事で部屋を出ていく。
「大っぴらに動けば海軍も黙っちゃいないだろう。
あくまで本隊はその時の中心人物達だ。おれたちゃそいつらの支援、及び逃げ出してきた腰抜け共を捕まえる。…お前たちが逸る気持ちはわからんでもない。だがその戦いの陣頭指揮を執るのはおれたちじゃねェ。それは、わかるな?」
隊長一人一人を見つめる親父さま。
堪えるように、深く頷く隊長たち。
「…リオ、おれの、おれたちの死に場所は“そこ”だったはずだ。それを変えるってのは先で生きるはずだった奴がどこかで、ありえねェ状況で死ぬかもしれねェ。運命を捻じ曲げるんだ。良いことだけじゃない、必ず何か弊害が生じるだろう」
「…はい」
「その弊害すら、おれはお前と共に背負おう」
「……はい?」
「娘の責任はおれの責任だ。親として、生かされる者として。リオの覚悟を無駄にしない」
運命を捻じ曲げる。
親父さまの言っていることは分かる。
でも、親父さまが責任を背負う必要は全くない。
私が望んで話したことだから、白ひげ海賊団が好きだから。つまりこれは私のエゴなんだ。
嬉しい言葉だけど、私だけが背負うべき責任で罪。
そう言おうとした。
「おれたちに守らせてくれよ」
声の主は…サッチさん。
「おれや親父やエース、この白ひげ海賊団の存在さえもリオちゃんは守ってくれた。それならおれたちはリオちゃんを守りたい。昨日言ってたよな?私がこの船にいることのメリットは皆無です…って。そんなことねェよ。そもそもメリットなんていらないんだ。だっておれたち、家族じゃねェか!」
損も得も家族には関係ない。
守ってくれた妹を、兄ちゃんたちが守るよ。
にっこり笑うサッチさんに言葉を詰まらせた。
そんなことを言われたら、反論なんて出来ない。
「グララララ!小難しい話にしちまったがサッチの言う通りだ。おれァただ、家族を守りてェのさ。
─なぁサッチ、酒は程々にしておけよ?」
「親父に言われる日が来るとは思わなかった!!」
大きく笑う親父さまと肩を竦ませるサッチさん。
和やかな雰囲気になった所でマルコさんが戻ってきた。再び隊長が全員揃い、今後の話が始まる。
さすがにその話し合いに私は参加出来ないので改めて居住まいを正し、親父さまと隊長たちに向かって感謝を述べ、頭を下げに下げて部屋を出た。
部屋を出てすぐ、立っていられなくて床にへたり込む。今さらながら足と唇…いや、体が震えだした。
とても緊張したし、何より反応が怖かった。
全員が全員、私の話を信じてはいないだろう。
それでもいい。
白ひげ海賊団の未来が繋がったなら、いいんだ。
息を整えようとした時、突然後ろの扉が開いた。
振り返ってみてそこにいたのは…エース。
へたり込む私の視線に合わせ腰を落としてくれる。
「リオ、大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ、ありがとう。…あ、私がいると皆さん話が出来ないよね!?すぐ行くから─…」
「リオ」
名前を呼ばれて首を傾げれば頭に何かが乗った。
何か。エースの帽子だ。持ってろ、ってことかな?
尋ねようとエースを見つめる。
「ありがとう」
その言葉の後、唇が重なった。
何度か啄んで離れていく。目が合えば優しく笑う。
そんなエースに、私も力を抜いて笑みを返した。
「私の方こそ、ありがとう」