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白ひげ海賊団の船に乗り数ヶ月経った頃。
朝、エースを起こせば開口一番で発した言葉。

「ルフィの誕生日だ!」

そう、今日は五月五日。
麦わらの一味の誕生日は覚えやすいんだよね。
ゴールデンウィーク、なんてものは存在しないのでこれといったイベントはない。けれどエースの弟、ルフィの誕生日なら話は別になる。

「おはようエース。ルフィくんは何歳になるの?」
「おはよ、リオ!今日で17歳だ!あいつのことだから、すぐに海へ出るはず。楽しみだなァ!」
「会えるといいねぇ」
「会えるさ!高みを目指すなら、必ずな!」

ぎゅーっ!と抱きついてきたエースの髪を撫でる。
エースはルフィが大好きなんだと空気でわかる。
それはもちろん、逆も然り。
この義兄弟の絆は本当に強い。

…義兄弟、か。
頭に浮かんだのはもう一人の兄弟のこと。
頂上戦争に関しては初めから話すつもりでいたので準備も覚悟も出来ていたけど、彼の安否についてはきっとまだ話すべきじゃないと考えている。
エースはエースで、弟の話だと満面の笑みで語りだすのに、彼のことはひとつも話してくれない。
エースの胸中を察すると、私から彼の話を切り出すのは間違ってると思う。…いつか、三兄弟の昔話を聞かせてくれたら嬉しい。

「サッチさんに伝えて、お祝いしなきゃだね!」
「ああ!リオ、マルコにも伝えといてくれるか?
今夜は宴にしてもらおう!!」
「お許しが出るかなぁ?」
「大丈夫、今日は真面目に働くからな!」
「今日は?」
「へへへ!今日は、だ!」

軽くキスを交わして支度を始める。
私も着替えてお仕事の準備だ。

私の仕事。
早々に一番隊へ配属されて、経理と事務の仕事を任された。仕事内容自体は慣れているので問題なかったのだが、書き方や文字と数字の見方はうろ覚えだったのでマルコさんから鬼のような指導を受け、必死に学んだ。今やマルコさんの補佐役です!
相変わらずマルコさんは昼夜問わずお忙しい。

朝ご飯を食べ終え、大食堂でエースと分かれた。
本当に今日はちゃんと働くみたいだ。
毎日そうしてたら怒られないのにねぇ…。
マルコさんの仕事部屋へ着き、扉を三回叩く。
返事が返ってきたのを確認して部屋の中へ。

「おはようございます、マルコさん」
「おはよう、リオ。ほらよ、新聞」

これもまた、日課のひとつ。
新聞を読む。当たり前に思えるが全く違う。
原作を知っているといっても、それは主人公であるルフィの旅路を知っているだけでこの世界の情勢は何一つ知らない。ちんぷんかんぷんだ。
そのため、地名や人名を覚える目的で新聞を読んでいる。この船で記事を読み、内容を把握しているのは指で数える程しかいないらしい。なんだかそれさえも海賊!という感じがして、笑ってしまう。

「そうだ、マルコさん。今日はエースの弟のルフィくんが誕生日なんです。ぜひ夜はお祝いを…」
「却下!!」
「わあ、即答!」
「次の島へ着くまで余計な出費を出したくねェ!ただでさえ大飯食らいと大酒飲みが多いんだ。リオも帳簿見りゃ分かるだろ?祝いてェならてめぇで獲物を狩って捌いて宴の席を準備しろってんだよい!」
「…まぁ、そうですよね」
「物分りのいい妹で兄貴は嬉しいねェ」

家計が火の車!!
というわけではないが、ここは海の上で船の上。
積める物資には限りがある。食材にしても医療品にしても、お金やお宝に関しても…だ。
マルコさんの言い分はとてもよく分かる。

分かる、けど!

「宴をしたいなら、物資調達は自分で!とエースに伝えてきてもいいですか?」
「お、今日は引かねェんだな?」
「だってエースの弟の誕生日ですよ?祝わせてあげたいし、私もお祝いしたいです!」
「…そういう所、エースの嫁だと痛感するよい」
「まだ嫁じゃないです!婚約者です!!」
「はいはい、作業溜まってんだ。早めにな」

どうやらツッコむのが面倒くさいらしい。
軽口は程々に部屋を出る。
二番隊はどこで何をしてるのかな?
マルコさんに聞いとけばよかっ、

「今日二番隊は船大工達と船の修繕に当たってる。
前か後ろの甲板、どちらかに居るはずだ」

……扉が自動で開いて言葉だけ飛んできた。
素晴らしい上司がいる職場に就職出来て幸せです。

昨日の内に計算関係は終えたのに書類が溜まってる…ってことは今度は報告書とかかな?
皆、マルコさんがこの部屋を出た後こっそり持ってくるらしい。翌日に見慣れない書類が増えているのは、こういうわけだ。マルコさんの心労が窺える。

とにかく急ごう!
小走りで甲板へと向かった。



***



「「「エースの弟!誕生日おめでとう!!!」」」

前後の甲板で宴が始まった。
親父さまでさえ加わってお酒を飲んでいる。
あの後、エースへマルコさんからの言葉を伝えたら船の修繕から魚釣りへと仕事を転向してしまった。
曰く「二番隊の隊長はおれだ!おれがルールだ!」と、どこの暴君だとツッコみたくなる台詞を吐いて釣竿を手にした。隊長に付き合ってくれる部隊の皆さんは偉い。…振り回され慣れてる感があるね…。

そして見事、大小様々な魚を大量に釣り上げて食料を確保。料理は四番隊の皆さんが協力してくれた。
エースたちも手伝ったらしいが、ほとんど丸焼き。
豪快でワイルド。海の男の料理だ…!

言葉通り自分たちで準備したからか、宴の許可も降りた。マルコさんはだいぶ渋っていたけど。
ちなみにエースだけ怒られた。頭にたんこぶが三つ出来ている。あれだ、愛ある拳は痛いってやつ…。
私も一枚噛んだからと出頭したが、仕事は真面目にやっていたので免除された。ごめんよエース。

エースの側でお酒をちびちび飲んでいたら、ナースのお姉様が誘いに来てくれてそちらへ移動する。
各々が注目している海賊の話、どこの誰がかっこいい、とか。こういうタイプの人が好み、とか。恋の話にも似たそれは、普段話さない内容だからとても楽しい。お姉様が恋する人は様々でさらに面白い。手長族、足長族、そして能力者との恋。
聞けば聞くほどドラマチックだった。

「リオ!」

突然、背後から抱きしめられる。
ぎゅうぎゅう強めに抱きしめられて少し苦しい。
どうしたのエース?そう尋ねようとしたら、鼻についた強烈なお酒の匂い。…飲みすぎたな?

「リオ〜、どこ行ったのかと思ったぞ〜」
「お姉ちゃんたちと恋バナしてたの。ねぇエース、ちょっと飲みすぎたんじゃない?」
「そんなことねェよ、だってルフィの誕生日だぞ?旅の始まりを祝って飲まねぇとだろ!」
「限度があるでしょ!ほら、離れて…」

…離れない。
腕が腹部をがっちりホールドして、背中はエースの胸部に隙間なくぴったりとくっついている。
しまいには胡座をかいた上に乗せられた。
さ、さすがにお姉様たちの前だと恥ずかしい。

あらあら。うふふ。
リオ、顔が真っ赤よ?
そんなに強いお酒を飲んでいたかしら?
相変わらずラブラブで羨ましいこと!

そんなお姉様たちの言葉でさらに頬が熱くなる。

「ところでリオちゃん、リオちゃんが今まで付き合った人の中で忘れられない人っている?」
「忘れられない人、ですか…?」

そんな人、いないなぁ。
忘れられない人になりそうな人物なら、いる。
現在進行形で私を強く抱きしめている…エースだ。

「いえ、特にいないですね…」
「じゃあ!相性が良かった人は?」
「相性?」
「そう!からだの、ね?」
「からだ…!?」

顔から湯気が出たのでは?
というくらい一瞬にして熱が集まった。
なんてことを聞いてくるんだお姉様。
あれですか、お酒が入った席だからですか。
…なんで皆さんニヤニヤしてるんですかね!?

相性が良い人。それはもちろん、エースだ。
エースだけど!…言わなきゃダメなのかな…!
…はっ、お姉様たち言わそうとしてるな!?
そういう意味でのニヤニヤ、だったか…!
答えあぐねていたら、首に鈍い痛みを感じた。

「……リオは、おれのだ」
「あら!相性は大事ですよ?エース隊長?」
「そうですね、体も気持ちよくなければ…ねぇ?」
「自分勝手に抱く男っているんですよ、隊長?」

ふ、不穏。
エースの空気も、お姉様たちの空気も不穏だ。
何故そんなに煽るような言い方をされて…?

「リオ」

左手が頬を包み、顔はエースの方へ向かされる。
唇同士が触れたと思えば…唐突に塞がれた。
バードキス、なんて可愛いものではなく。
思考を根こそぎ持っていくような深いもので。

なななな何!?なんで!?お姉様たち見てるよ!
人前でなにしてるの!?
っ、強いお酒の匂いに、クラクラする。
抗議の声すらあげられない。
体が跳ねるのをエースの右腕が押し留めた。

「相性、良いに決まってんだろ…」

そうじゃなきゃ、こんな蕩けた顔しねェよ。
ニィ…と悪い顔で笑うエース。
もう一度首筋に唇を寄せようとするので、力を込めて顔面を叩いた。拳ではなく平手で。
大勢がいる甲板でこういうのはやめてほしい。
恥ずか死ぬ。

呑んで騒いで、夜も深くなる頃。
ようやく誕生会…いや、宴会はお開きになった。
酔っ払ったエースはナミュールさんが背負って部屋まで連れ帰ってくれた。というのも、ナミュールさんは服を着ていても触れる肌がひんやりするらしく、お酒が回ってさらに体温を上げたエースが涼しさを求めて引っ付いてしまった。
人の肌で熱を冷ますとは何事なのエース…。

部屋へ向かう道すがら、照れるように話をしてくれるナミュールさんはなんだか可愛い。
今度オススメの洋服屋を教えてやる、そんな約束もしてくれた。オシャレさんなんだなぁ。
結構豪快にベッドへ放り投げ、お礼を告げれば
「今日はまだマシな酔い方だった」とのこと。
ちょっとだけ頭を抱えそうになった。
ナースのお姉様たちの言葉が痛いほどわかる。
お酒はほどほどに、ね。

「エース、アクセサリー外すよ?腕出して」
「ん?んー」
「はい、次は頭。首のネックレス取るよー」
「んんー」
「ルフィくんの誕生会、楽しかったね」
「おう…。はァ、あいつももう17歳かァ。あの泣き虫なルフィがなぁ…。おれも歳とるはずだ」

あなたまだ二十歳でしょ。
ツッコミそうになったけどぐっと堪えた。

「…おれたちは悔いのないよう、生きねェと…」
「エース、生き急ぐのだけはやめてね?」
「はは、分かってる。怒んなよ」
「怒っ…てる、のかな」
「怒ってる怒ってる。リオ、こっちこいよ」

寝転がるエースが腕を広げて私を呼ぶ。
靴を脱ぎ腕へ頭を乗せて寄り添うように横になる。
反対側の腕が伸びてきて抱きしめられた。

「おれのこんな姿見たら、あいつ驚くだろうな」
「…ルフィくん?」
「ん?あー、ああ。ルフィもそうだし、」

不自然なところで言葉が途切れる。
顔を上げると困ったように眉を下げたエース。

「…もう一人の兄弟も、驚いたと思う」

リオは知ってるかもしんねェけど。
その言葉に首を横に振る。
名前や容姿、どのような人だったのか。
主人公であるルフィの視点でなら知っているけど、エースから見たその人を私は知らない。

だから安易に肯定は出来ない。

「エースが話しても構わないなら、もう一人の兄弟のこと、聞かせてほしいな」
「…そう、だな。素面では話せねェかもしれねぇし…。リオにも知っててほしい」

私を抱きしめたまま、ぽつりぽつりと少しずつ
“もう一人の兄弟”の話を始めてくれるエース。
その頃を懐かしむように、思い出を噛み締めるように。声色も上がったり下がったり。

話を聞けたらいい。
そう思ったのは本当だ。
エースの気持ちを知りたいというのも。
こうして話を聞くと、ルフィとはまた別の意味でエースには必要不可欠な人だと改めて感じる。

エースが死なないと彼は思い出せないのかな。
…ううん、そんなことはないはずだ。
もし思い出せなくても…彼らは必ず出会う。
出会ってまた、縁を結ぶ。
私は三人の強い絆を信じたい。

眠ってしまったエースを見つめ頬へ唇を寄せた。
今はまだ、行方がわからないけど。

いつか…きっと。

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