ある晴れた日。
モビーと同じ大きさの船を有する、とある海賊との戦闘後。サッチさんが宝を手にしたと聞いた。
その場で開けて中身が悪魔の実だった、とも。
私は息を飲んでエースを見つめ言葉の続きを待つ。
「それが何の実なのかおれたちはわからねェ。
…わからねェから分かる奴に聞きに行ったんだ」
「え、まさか」
「ああ。ティーチに直接見せた」
普通の、いつものフリを装って。
彼の動向をいつも以上に注視して。
マルコさん、ジョズさん、ビスタさん。
彼を昔から知る隊長も一緒に着いて行った。
そして、彼から紡がれた言葉は。
「…トビトビの、実…?」
ヤミヤミではなく。
図鑑も引っ張り出して見せてくれたそうだ。
拍手をひとつ、視界に入れたものが飛ぶ。
拍手を続けてふたつ、今度はひとが飛んでいく。
拍手を続けてみっつ、空間を移動するように飛ぶ。
指を鳴らせば、飛ばしたものを落としてみせる。
…これはこれでヤバい実なのでは?
とにかくヤミヤミの実じゃないのは確定らしい。
サッチさんはなるほど、と納得した上で親父さまへ渡しに行ったらしい。他のクルーに譲るも売り捌くも、どちらでも良い。そう、親父さまへ託した。
「嘘をついてる可能性もゼロじゃない。が、本当にお目当ての実じゃなかったみてェだ。見るからに、明らかに肩を落としてたからな」
「そっ、か…」
でも、それすらも演技だったら。
どうしても疑念が拭えない隊長たちは、気を抜かず実の行方が決まるまで警戒を強化することに。
エースの話はそこでひと息ついた。
「ごめんね、家族を…仲間を疑わせてしまって」
「リオが気にすることねェよ。家族だからこそ、おれたちは気を抜いたんだろう?唯一で絶対の掟を破る奴なんかいねェ・ってさ。ティーチのことを抜きにしても、悪魔の実は不用意に食うもんじゃねェ」
まぁ、その悪魔の実を不用意に食っちまったおれが言えた話じゃねェんだけどな。
ニヤリと笑みを見せて私の頭を撫でるエース。
そんな会話をした、数日後。
各隊長たちから書類を回収しに船内を歩いていたらティーチさんとばったり出くわした。
普通に挨拶をして、他愛もない会話をする。
どこも変化はない。
おかしな所もない。
…そう、なんだけど。少しだけ違和感を覚える。
「ティーチさん、体調が悪かったりします?」
「いいや。いつも通り元気だが?何故そう思う?」
「え、なんででしょう…。女の勘ですかね?」
「男のおれに聞き返してもわかんねェよ!」
ゼハハハハハ!
豪快に笑うティーチさん。
…気のせい、だったかな?
うん。私の気のせいだろう。
では、私は捕まらない隊長たちを捕まえてきます!
そう言って頭を下げ、一歩踏み出した。
「リオ、」
「はい?」
「おれは必ず、目当ての実を手に入れるぜ」
「……はい」
「ゼハハハ。女の勘ってやつは怖ェなァ!」
その言葉に振り返ってみたが、ティーチさんは肩を揺らしながら去って行くだけ。
こちらを見てはいなかった。
必ず目当ての実を手に入れる…か。
「リオちゃーん!!会いに来てくれたの!」
「はい!書類は書き終えてますか、サッチさん!」
「目的は書類!?」
「さ、サッチさんにも会いたかったです!」
「言わせてんじゃねェよ、みっともねェ」
やって来たのは大食堂。
仕込みをしている四番隊のみなさんとサッチさん。
名前を呼べばすぐに出て来てくれた。
ちょうどマルコさんがコーヒーを貰いに来ていたようで、ハートを飛ばすサッチさんに一喝する。
この二人、良いコンビだなぁと思う。
でも、それをマルコさんに言うととっても嫌な顔をするので私の心の中で思うだけに留めている。
「みっともねェ、だぁ!?おれはね、リオちゃんにもっと好かれて頼られたいわけ!!」
「絶賛ドン引かれてるけどな」
「!?」
「そんなことないです、サッチさん好きですよ!」
「ほんとぉー!?」
キャッ!と乙女のように喜ぶサッチさん。
お茶目な人だなぁ。
…マルコさんの冷めた目は見えてません。ええ。
サッチさんから書類を受け取り、これで書類は全て揃った。その旨をマルコさんへ伝える。
仕事部屋へ持って行こうとしたら呼び止められ、
内容を確認すると言われた。
手渡せば一枚一枚目を通し、ため息を吐く。
「リオが集めると提出も早いな…」
「胃痛の原因が減ってよかったな、マルコ!」
「大元の原因が宣うんじゃねェ!揃いも揃って…」
不穏に握られた拳が机を一度叩いた。
気にする様子もなくサッチさんは私に向き合う。
「リオちゃん、次の島は秋島で春なんだぜ〜」
「それは過ごしやすそうな島ですね!」
「海賊の溜まり島でもあるから治安は悪ィがな」
「そうだけど!特産の魚がスーッゲェ美味くてな!たっくさん仕入れてくるから明日…明後日…し明後日?くらいの飯は楽しみにしててくれよ!」
何故し明後日なのかわけを聞きたかったけど、マルコさんに肩を叩かれて首も横に振られた。
…なるほど、大人の事情…ってやつですか。
海賊の溜まり場…ならぬ溜まり島。
海軍が入港することもほぼないとみた。
それならクルーの皆さんやサッチさんがそわそわするのも頷ける。どうぞ発散してきてください。
マルコさんを盗み見してみると、目が合った。
「マルコさんは」
「聞くんじゃねェ」
「ふふふ!失礼しました」
「マルコはむっつりすけべだからな」
「黙ってろオープンすけべ」
「男はみぃーんなすけべな生き物でーす」
ウィンクを飛ばしてくるサッチさん。
確かにそうだなと思うけど、反応に少し困る。
船番は二日おきに交代するとのこと。
滞在が十日間なのでゆっくり羽を伸ばせるだろう。
島では書類整理等々もしない。
出航した後にまとめて仕事を割り振る、と言われたので私も島を散策したり部屋でのんびり過ごそう。
「あれ、そういえばこの島って確かエースの…」
「!おいバカ!!」
「え?あ。しまった」
「…エースの?なんですか?」
続きを促そうとサッチさんを見つめる。
なぜ目を泳がせているんです。
この「失言したー!」という空気はなんですか。
目元を緩め、口角を上げてにっこり笑う。
「サッチさん。エースの、なんですか?」
リオちゃん、怒ると静かに怖いんだね…!
マルコさんの後ろへと逃げたサッチさんを見つめて二度尋ねた。途中で言葉を切ったということは。
どんな内容か概ね想像が出来る。
正直、聞きたくないけど。
聞いておかないと絶対モヤモヤが残ると…思う。
***
その日の夜。
お風呂に入り肌ケアを済ませベッドへ寝転がった。
エースは大食堂で隊長たちと話し合い…という名の飲み会をしている。ふぅ、と息をひとつ吐く。
私の脳内はサッチさんとマルコさんから聞いた話がぐるぐると繰り返し再生されていた。
白ひげ海賊団の拠点というわけではないが、海賊船が立ち寄るには条件が良く物資も豊富なため補給で何度か訪れたことのあるその島。
開放的な島はクルーの心も体も解放してしまう。
ようするに、夜もお世話になっていた。
それは例に逸れずエースも、ということで。
「エースくんは恋人いないの?」
『いない。オヤジを海賊王にするまで、特定の女は作らねェ!って気持ちでいる』
「ということは特定以外の女性はいるんですね」
『……おれ、墓穴掘った?』
「ソウデスネー」
…こんな会話をした記憶だってある。
つまりこの島にはエースが言った、特定以外の女性がいるわけだ。サッチさんも教えてくれた。
“この島、エースのお気に入りの子がいるんだ。”
…お気に入りの子。
それって“エースの好きな人”なんじゃないのかな。
きっとこの島へ来るたび、毎回その人と…。
眉間に皺を寄せてしまう。
私は今、彼の恋人だけど。
エースのお気に入り…と聞けば深い関係なのでは?
そう勘ぐってしまうのは仕方がない。
うううう、ダメだ。モヤモヤどころかドロドロした感情が湧いてくる。聞かなければよかった。でも、いきなりその人が現れてエースを連れて行ってしまったら、より混乱していたかもしれない。
何も知らないより、サッチさんたちから聞いていた方が心のダメージは少ないはず。少ない…はず。
「…ばっちりダメージ喰らってるなぁ…」
私には私の世界があって、エースにはエースの世界がある。ただそれだけの話だ。
でも…やっぱり簡単に割り切れるものでもない。
だってエースは私の恋人だから。
好きで、大好きで、誰より愛してる。
この世界へ一緒に行きたい。
あなたと共に生きたい…と思った大事な人だから。
だから。
「ただいま、リオ〜」
「…おかえりなさい」
「ん、悪ィ寝てたか?おれも横に……リオ?」
エースを見れなくて顔を枕に埋めて抱きしめた。
枕からエースの匂いがする。大好きな、エースの。
「どした?気分でも悪いのか?」
マットレスが軋んで、頭を撫でられた。
優しく撫でるエースの手。
髪に指を絡めて愛おしそうに梳いてくれる。
起こしてごめんなぁ。
そう言って耳へ口付けをひとつ落とす。
「エース、」
「おう?」
「…私はエースの恋人だよね」
「おう!可愛い可愛いおれの恋人だ!」
「次の島にエースのお気に入りの子がいるって聞いたんだけど、会いに…行かないよね…?」
「…お気に入りの子?」
枕を抱きしめたままエースの反応を覗う。
エースは首を傾げて考えていた。
思い当たる節を探しているらしい。
誰だ?そんな人いたっけ?顔すら浮かばねェなァ。
そう呟きながら帽子やアクセサリーを外していく。
全て外し終えると私に触れながら横になった。
「一体誰のことかわからねェ。たぶん周りの奴らが勝手にそう呼んでただけだ。リオを船へ置き去りにしてまで会いたい女なんていねェよ」
「会いたいって思わない…?」
「全く思わない」
即答してくれるエースにほっと胸を撫で下ろす。
モヤモヤでドロドロな感情も少しずつ薄れていく。
左手が私の頬を包む。
「リオ、妬いたのか?」
「…うん。心配と不安もあった…かな」
「おれのこと大好きだもんなぁ」
「大好きだよ。エースが好き。誰にもあげない」
どんなに綺麗で可愛らしくてナイスバディな人が現れようと、絶対譲れない。エースは渡さない。
枕を後ろに置いて左手をすり抜け、抱き着いた。
胸に頬をつけて背中に腕を回す。
隙間なくぴったり密着するとエースの体の熱が少しずつ私にも移り、温かくなっていく。
「私のエースだもん…」
腕に力を込めて強く強く抱きしめる。
すると長めのため息が上から聞こえた。
さすがに呆れられた…かな。
重いって思われたかな…。
私の新たな不安をよそに紡がれた言葉は、
「あー、可愛い…おれのリオが可愛いすぎる…」
とても嬉しそうなものだった。
…その可愛い恋人が思いきり嫉妬してるんだから
少しは宥めてくれませんかね、エースくん。
拳を握って背中を二回叩いた。
悪ィ、と言ってくるけど絶対悪いと思ってない。
もう三回ほど叩けば笑い声が耳に届く。
「リオが嫉妬するの珍しくてさ。嬉しい」
「嬉しがられても困るんですけど!」
「リオ。へへへ、リオ〜!」
「もう!寝るから離して、酔っ払い!」
「やーだね!離してやんねェ!」
今度はエースから強く抱きしめられる。
そのまま体勢を替え私は仰向けに。
エースは馬乗りでのしかかってくる。重い。
あと、やっぱりお酒の匂いが強烈。
口付けをしようと近づく唇に手を当てて止めた。
…視線が「手を退けろ」と言っている。
ふーんだ、今日は言うこと聞きませんよーだ!
ムッとした顔で目を合わせれば数回瞬きをして、
柔らかく目元が緩んだ。
「…リオにも炎が宿るんだな」
「…宿んないよ。一般人だもん」
「嫉妬の、炎!」
上手いこと言われたので、唇に当てていた手を上へ持っていく。私の表情は見ないでください。
こんな感情の顔、見られたくなかったよ!
「…シャワー浴びて歯磨きまでしてきて」
「そしたらキスしていいか?」
「……うん」
「抱いても、いい?」
「…やだ」
「なんでだよ。おれが求めてんのはリオだ、って分かってほしいんだけど。心も体もリオだけだ」
「……やだ」
「そうだ。次の島、降りたくねェなら部屋でずっと抱き合おうか。おれはそれでも構わねェよ!」
「何言ってるの!?マルコさんや他のクルーの皆さんと顔を合わせづらくなるから、絶対いや!」
「なんだよー、いやしか言わねェじゃん!」
ぐりぐりと頭を胸へ押し付けてくるエース。
抱きしめていた腕を解いて私の両手を絡め取る。
早く触れたいと言うかのように頬へキスを落とす。
雰囲気に呑まれそうだけど、そうはいかない。
「エースがシャワー浴びてきてくれないなら、私も本気で別の部屋に行くよ!例えば、えっと、」
マルコさんの部屋とか!!
びしり。
空気が固まったのか、エースが固まった…のか。
それとも私自ら、地雷を踏んだのか。
ひやりとしたものを肌が感じ取った。
目の前のエースの瞳が仄暗く揺れる。
「…嫉妬させてェなら、正解の相手だ」
「えっ」
「マルコと顔を合わせづらくなるから、いや?別の部屋で寝るならマルコの所?…へーぇ?そんなにマルコが気になるんだ、リオさんは。ふーん?」
「え、っと。エース…?」
「おれの炎はリオのように綺麗じゃねェぞ」
両手が解かれて体も離れた。
のしかかっていたエースがベッドを降りる。
私に背を向けているから、表情は見えない。
…やばい。
嫉妬してたのは私だったはず。
なんでエースが嫉妬してるの。
何故マルコさんの名前を出すのはダメなのか。
ベルトの金属部分が床へ当たる音が耳に届く。
はっとしてそちらを向いた。
「おれが誰を愛してんのか、誰を想ってるのか。
ゆっくり優しく教えてやりたかったけど、ちょっと余裕がなくなっちまった。なァ、リオ?」
にっこり笑うがその笑みがとても怖い。
あれ?
嫉妬してたの私…だったはず、だよね…?
「一緒にシャワー、浴びようか」
手際良く服を脱がされ横抱きで抱えられて、無言でシャワー室へ向かう。抵抗?出来るとでも…?
私のモヤモヤドロドロとした感情は当の本人の手によって綺麗さっぱりすっきり流してもらえた。
エースの中で燃え上がらせてしまった炎は、時間をかけて消えた。消させて頂きました、はい。
次の島、楽しみだなぁ…。