そこに書かれていたのは。
「修繕費及び迷惑料支払い請求書…?」
持ってきた人物に目をやる。
その人は視線を泳がせ冷や汗をかき何事も無かったかのように明後日の方を向いて口笛を吹いていた。さらにズボンのポケットへ手を突っ込みそわそわと落ち着かない様子で体を横に揺らしている。
…なるほど、やらかした張本人か。
内容の一部はこんな感じ。
“飲食代踏み倒し。”
“窓、扉の破損。食器類計30点以上破損。”
“店内での乱闘、銃使用のちに発砲。”
このように何をやらかしたかの内訳が記載されていた。あなた、白ひげ海賊団のクルーということを忘れているのでは?と言いたくなるほどの傍若無人っぷり。なんと言うか、さすが海賊ですね。
“以上、白ひげ海賊団に賠償請求を致します。”
これを書いた人えらいなぁ。
店の状況を確認して、惨状を書き連ねてる。
嘆きより大半は怒りで作ったんだろうけど…。
「お店の方へ謝罪は済まされてますか?」
「する前に紙を押し付けられて叩き出されました」
「お強い。その様子だと、反省はしてますね?」
「うっす、すんません…。支払いお願いします…」
「マルコさんに要相談、です!」
「リオ様!隊長に上手いこと伝えてほしい!」
「ダメでーす。上手く伝えたとしても、この紙を手渡した瞬間に雷が落ちますね。なんでリオに言わせてんだよい!と、追加のお叱りも受けますよ」
「…その未来、おれにも見える…ッ!!」
そうでしょう?私も見えます。
マルコさんがいらっしゃる時にまたどうぞ。
紙を返せば肩を落として部屋を出て行く。
お次の方ー!と声をかければ、見上げるほど大きく恰幅の良い方が入ってきた。入ってきた、けど。
その方の纏う雰囲気はとても悲しげだ。
後ろ手に何かを持っている。
「リオちゃん、…つい、力が入って…」
「…これはええと…元はなんでしょうか…?」
「大砲…」
「大砲」
どう力を加えたら大砲がぺしゃんこになるんです。
壊した大砲をここに持ってこられても。
現物はその場に置いててください。
そう言おうとしたら、
「台座も…あと、その、設置された場所も…」
「床ごとやっちゃいましたね!?」
「ごめんなさい」
大きな体が申し訳なさそうに縮こまる。
こ、これはマルコさんは元より船大工の皆さんと狙撃班の皆さんがお怒りになる案件だ!
大砲は設置していた場所に戻してもらって、船大工さんの元へ走るようお伝えする。その後、こちらのクルーの隊長であるラクヨウさんに報告。
指示を仰いで…、またここへ来てください。
恐らくこちらへ投げてくると思うので。
内容を走り書きして所属隊と名前を書いてもらう。
それを受け取ると今日の日付と私の名前も記入。
最後に「相談済」の判子を紙の右上に一度押す。
そこまで終えて、専用の箱へ入れた。
屈強な海の男が悲しげに大砲を抱えて出て行った。
彼はこれから
頑張ってください。
「よし、午前中は終わったかな!」
やって来た人数、集めた書類をまとめて、ひとつのバインダーに挟む。それを紙紐で縛って、と。
これで落ちても散らばらない。
腕と背中を伸ばしたところで、声がかかった。
「…はー、すげェな。リオ…」
声の主はエース。
作業用テーブルで仕事をする私の後ろに椅子を引っ張ってきて座っていた。邪魔するわけでも口を挟むわけでもなくただ、働くところを見られていた。
すげェとは、何がだろう。
「いつもこんなことしてんの?」
「いつもじゃないけど、マルコさんが不在を狙ってくる方たちが私に相談するようになってね。判断も解決も私には出来ないけど、相談を聞くことなら出来るから。それをまとめてるだけだよ」
「だけ、って…。マルコへの窓口じゃん」
「そうだねぇ、ワンクッション的な役割だね!」
「リオがやる必要ある!?」
必要あるかないかで言えば、私にはない。
ないけど。
「エースが何か壊したり、食い逃げしたり、誰かと乱闘した時に直接マルコさんへ謝りに行ける?」
「無理」
「ふふ、そういう時に相談できる人がいれば助かるでしょ?あとマルコさんの怒りも若干薄まる!」
「うーん。ううーん、確かに…」
「拳骨は落ちるけど」
「確かに」
「後の処理もスムーズに行くみたいだし、それで船が滞りなく進むなら私は相談を受けたいかな」
もちろん、わけわかんない話は断る。
重要そうな話も隊長たちへ直接行くよう促す。
どうしよう、と迷ったら少しでも力になりたい。
「ところでエース、お仕事は?」
「ん?」
「お仕事は?」
「リオを見守るお仕事中〜!」
──バタン!!!
「「「見つけたぞ、隊長てめぇ!!!」」」
「見つかったー!!」
「ふざけんな!隊長オラァ!!」
「一人だけオアシスに来てんじゃねェぞコルァ!」
「テメェの仕事はこっちだクラァ!!!」
二番隊の皆さんが自身の隊長へ罵詈雑言を浴びせながら首根っこ…、あちこち引っ掴んで出ていった。
まるで台風の如く。
「リオちゃん!今度隊長が来たら蹴り出して!」
「はい。ごめんなさい」
まるで台風の、如く。
匿ってたわけじゃないけど、申し訳ございません。
***
机の上を整理して部屋を出た。
燦々と照りつける太陽。
眩しい日差しに目を細め足を大食堂へと向ける。
軽めに食べて午後からは筋トレと体術を習う予定。
強くなるのが目的じゃない。
自分の身を守るために教えてもらっている。
船内を歩いていると人集りが見えた。
人集りの先は見えないので近くにいたクルーに声をかけてみると、どなたかが船を下りるらしい。
長期滞在中に下船する人が出るのは珍しくない。
でも、こんなに人が集まることは…珍しかった。
どなたなのか尋ねると、まさかの人物。
「急で驚いたぞ、元気でやれよ!」
「見かけた時は遠慮なく海に沈めるからなァ!」
「探してた悪魔の実、見つけろよー!」
「ゼハハハハ!あぁ、またなァ!野郎共!!」
ティーチさん。
どうして。
ううん、下りた理由は…なんとなくわかる。
“ヤミヤミの実”を求めて、下船したんだ。
白ひげ海賊団でも手に入らないから、自分の仲間と合流するんだろう。…勝手な予想に過ぎないけど。
複雑な心境、だった。
ティーチさんはサッチさんの命を奪うこともなく、エースが彼を追って戦い…その末に捕まってマリンフォードで海軍と全面戦争することもない。
未来を変えると決めたのは私だ。
白ひげ海賊団を救いたいと願ったのも私自身。
こういう展開になったか…と、目線を下へ落とす。
俯く私の頭に、何かが乗る。
確認するため手を伸ばせば帽子のつばに触れた。
…エースの帽子。
最近、エースはよく私に被せてくる。
“心配するな。” そう言うかのように。
エースは手すりに飛び乗り、声を上げた。
「ティーチ!!」
「おうエース、お前も見送りに来てくれたのか」
「ああ。それと忠告だ!旗揚げするなら覚えとけ」
手すりに乗るその後ろ姿を見つめる。
親父さまの象徴を刻む背中。
私では抱えられないほど様々なものを背負う人。
「この海にはおれたち“白ひげ海賊団”がいるってことを忘れんじゃねェぞ!お前が欲しいもの、求めるもの全てが手に入ると思うなよ!!」
「…ゼハハハ、おれはおれの夢を手に入れるぜ」
「そうかよ。あともうひとつ」
おれは、死なねェぞ。
別れの挨拶も野次もぴたりと止む。
…エースの背中に炎が現れ静かに揺らめいた。
燃え盛る炎のような、揺らめく陽炎のような。
暗闇を照らす、眩い太陽のような。
一瞬の煌めきを夜空に放つ花火のような。
エースの炎は周囲に…人の心に、火をつける。
「あァ、簡単に死なれたらつまらねェ」
「オヤジの迷惑になるような真似すんなよ」
「ゼハハハハ!!エースがそれを言うのか!」
「うるせぇ!…じゃあな、ティーチ!」
「おう、世話んなったな!隊長!」
私の場所からはティーチさんもエースの表情も見えない。あっさりとした別れの会話に思える。
きっと仲間として…家族として言葉を贈ったんだ。
一目だけでもティーチさんの姿を見ておこうと踏み出せば手すりから降りたエースが行く手を塞いだ。
声を発するより先に手を取られ、人集りから遠ざかって行く。どこへ向かうのかと思えば大食堂。
中へ入り、エースはようやく歩みを止めた。
「どうしたの、エース?」
「あいつに顔は見せなくていい」
「一言挨拶したかったんだけど…」
「おれが変わりにしたからいーの!」
いつにも増して頑なだなぁ。
どうやっても会いに行くのを阻止されそう。
だけど、やっぱり…挨拶はしておきたい。
繋いだ手をそっと離してエースを見…ようとしたけど、肝心の手が!離せないんですが!?
「エース、手を離して」
「離してもいいけど。どこへ行くつもりだ?」
「ひみつ!」
「じゃあ離さねェ。サッチ!飯ィ!!」
厨房から「はいよー」と声が返ってくる。
サッチさんも挨拶は済ませたのかな。
ムッとした顔のままカウンター席に並んで座った。
手前にエース、奥に私。
…逃げさせない位置取りに、更にムムッとなる。
料理を目の前へ置いたサッチさんは私とエースの手を見つめ、次いで表情も交互に見られた。
「なに、珍しく喧嘩?でもお手手を離さないのはなんなの?喧嘩しても仲良いよ、のアピール?」
「違ェよ!」
「違います!」
「リオがティーチに会いに行くって言うから」
「エースが会いに行かせてくれないから」
「離さねェの!」
「離してほしいんです!」
「うはは!なんだよやっぱり仲良しアピールじゃねェか!とっとと食って部屋でやれ部屋で!」
楽しそうに笑うサッチさん。
結局、左手を繋いだままご飯を食べた。
いつものように食べている途中でエースが突然寝てしまったけど手は絶対に離れなかった。
「リオちゃん。昨日ティーチと最後だからっつって酒を飲んでな。その時あいつが言ったんだよ」
“サッチ、お前がおれの求める悪魔の実を手に入れると思っていた。そうならなくて残念だぜ。”
「…どういう意味、でしょうか」
「奪いやすかったのに・って意味じゃねェかな」
事も無げに言うサッチさんを見つめる。
奪う。
それは悪魔の実だけではなく、…命も。
サッチさんとティーチさんは仲間であり家族で、
そして親友と呼べるほどの仲だったはずなのに。
「おれが思うに、あいつは近いうちに求めていた悪魔の実を手に入れるだろう。そして親父のシマを荒らして回ると思うんだ。ナワバリも補給地も把握してるからな。少しずつ潰して回り始めるはず」
「何故、なんですか…?」
「…さァなぁ。あいつは大雑把に見えて用意周到なところがある。何かとんでもねェことを考えているかもしれねェ。それこそ、世界をひっくり返すような。まっ!全部おれの勘でしかないけどね!」
パチンとお得意のウィンクが飛んでくる。
「で、だ。そういう蛮行をあいつが本当に始めたとして。それに待ったをかけるのは、止めに行くとしたら…リオちゃんなら誰を思い浮かべる?」
「!隊長だったエース、です」
「うん、おれもこいつが浮かんだよ。親父の言葉もおれたちの言葉も聞かずにきっと飛び出して行く。
おれの隊にいた奴だからおれが責任をとる。とか言ってさ。…そういうところがあるよな、エースは」
全くとんでもねェ鉄砲玉だ。
そう言いつつも優しげな表情で笑うサッチさん。
…この話の意図は、なんだろう。
エースが出て行くのを止めるための話かな。
「リオちゃんにこの話をしてるのは、飛び出そうとするエースを止めてほしいからじゃないよ」
「えっ、違うんですか…?」
「そ。これはおれの提案なんだけど」
人差し指を上げてニヤリと悪い笑みを見せる。
サッチさんからの提案を聞いて、深く頷いた。
でもまだ親父さまやマルコさんにも話していないから、これは二人だけの秘密ね!とのこと。
もしも親父さまのナワバリを蹂躙するようなことがあれば。エースが阻止に名乗りを上げたなら。
二番隊の隊員数名、エースが船長をやっていた頃の船員数名、そして…私。エース一人で向かうのではなくきちんと一船団として海へ出て欲しい。
これがサッチさんの提案だった。
火がついたエースを止めることは出来ない。
それなら、一人ではなく仲間と共に。
決して死に急ぐような真似はさせない。
この提案は受け入れられると思う。
そうであってほしい。
「ところでサッチさん」
「んー?」
「私もティーチさんへ挨拶に行きたいのですが」
「おお!行ってら…っ、…あー、うーん…」
「…えっ、何故渋るんです!?」
エースもサッチさんも。何故。
「これもおれの勘…男の勘?ってやつなんだけど。あいつはリオちゃんが“何かを知っている”と思ってる。こっちに戻って来てからリオちゃんを見る目がちょっと変わった…気がするんだよねぇ」
「そうなんですか…?」
「んー、完全に勘。でもエースも渋ってんだろ?」
「はい。それでこの状態になってます」
「こいつの場合は本能だろうなぁ!うん、やっぱりティーチに直接挨拶しに行かなくていいよ」
私を見る目が変わったから挨拶しなくてもいい?
疑問が疑問を呼んでしまった。
首を傾げサッチさんを見れば優しく微笑まれる。
…なるほど、もう聞かないでくれ、と。
一体なんなんですか!
と声を出せば寝こけていたエースが起き上がった。
ボーッとしているエースにサッチさんが濡れ布巾を顔面へ投げつけ、手に取るとゴシゴシ擦る。
「あー、寝てた。」「知ってる。」
お決まりのやり取りを交わすと私の方を向いた。
「リオ」
「なに?」
「おれ、仕事の途中だった」
「え?」
「そろそろ隊の奴らが」
「「「見つけたぞ、隊長ォ!!!」」」
「あー…見つかった」
「ふざけんな!隊長オラァ!!」
「一人だけ飯食ってんじゃねェぞコルァ!」
「まずテメェの仕事を終わらせろやクラァ!!!」
「「「二度目だからな、エース!!!」」」
おれはまだ食べてる!
おれたちは食べてない!仕事中だからな!
フラッといなくなったと思ったら!!
何してんだテメェは!おいコラエース!!
…もはや隊長と呼ばれてすらいない。
仕事中、だったのね。
それを終わらせずにティーチさんを見送りに行ってそのまま私とご飯に来たわけか…。
サッチさんと目を合わせ、お互い苦笑する。
船から降りちゃダメだぞ!
サッチかマル…ッ、ビスタの側にいろ!!
リオ、絶対ダメだからな!!!
念を押すように何度もダメだと言うエース。
わかった、わかりました。会いに行かないよ。
目が合ったので深めに一度頷く。
再び隊員のみなさんにあっちこっちを引っ掴まれ、連行されるエース。手を振って見送った。
「…なんでマルコはだめなの?」
「エースが嫉妬するから…です…」
「はいはいはい、ごちそーさァーーーん!!」