一体何をよろしく頼まれたのか。
名乗られた後、放心状態で目の前の人を見つめる。
なんでこんな場所に?一人で行動しているの?
革命軍として?それとも個人的な理由?
…どの問いも、真正面からは尋ねられない。
そもそも“革命軍”と口にしていないので尚更だ。
ただの通りすがり、とも言っていた。
言葉を発するのに少し時間を要した気がする。
「…何故、黒ひげの情報を集めているんですか」
「そいつがとある悪魔の実を手に入れた、と情報を得たからさ。そしてそいつは白ひげの元にいた。
さらに所属していたのは二番隊。そうだろう?」
さすがサボさん、優秀ですね…!!
いやいや感心してる場合じゃない。
とある悪魔の実。つまり、ヤミヤミの実。
あの悪魔の実の危険性を革命軍も認知していた?
そしてティーチさんたちを追っている…と。
「海軍の一部もそいつを追ってる。白ひげでさえも元クルーであったそいつの動向を追っている。
これで怪しむな、という方が無理な話さ」
口元が弧を描く。
月の光に照らされた金髪がふいに揺れた。
手すりから降りて私の方へ近づいて来る。
思わず壁伝いに距離をとった。
柔らかい空気の中に小さいが確かな圧を感じる。
話さなければ、容赦しない。
そう言いたげな、圧を。
「知っていることは全て話してもらいたい」
「そちらが掴んでいる情報を教えてくださるなら」
「…へぇ、言うなァ」
「なんの力もない一般人ではありますが、この船に乗る海賊です。与えるだけ、なんて出来ません」
「!はは、あんた思ったより肝が据わってんだな。さすが四皇・白ひげのクルー、ってとこか」
また一歩近づく。それに合わせて私も一歩退く。
…確かこの人、基本的に手加減なんてしない、容赦のない人だと記憶している。それに優秀なのは本当だけど話を聞かない要件人間である、とも。
今のところ会話にはなっている…けど。
知っていることを話すのは簡単だ。
目の前の人へ伝えても構わないとも思う。
思う、が。
これは私一人の判断で決めてはいけないこと。
革命軍が裏で何をしようとしているのか知らない、分からないから尚さら話すわけにはいかない。
私は一個人ではなく、白ひげのクルーなんだ。
「話すことはありません。お引き取りください」
「手荒な真似はしたくねェんだが」
「そう思うなら回れ右でさようなら、です」
「ツレないな?」
「釣られませんよ」
お互いにっこり笑う。
こわ。笑顔が怖いなサボさん。
そろそろ強行手段で連れ去られそうな気がする。
壁に宛てていた手を握りしめ思い切り二回叩く。
「黒いシルクハット、白いスカーフ!黒いロングコートを羽織った金髪のサボという男に捕まります!ごめんなさい!出港までに帰って来れなかったら置いて行ってください!…必ず戻ります!!」
「…いい度胸してる。戻れると思ってるのか?」
「もちろんです。戻らなければあなた達も危ないですよ。革命軍の参謀総長である、サボさん?」
「!確かに、油断は大敵だな」
そう言って静かに後退するサボさん。
後ろを振り向けば屈強な白ひげ海賊団のお兄ちゃんたちが彼を睨みつけていた。頼もしさがすごい。
うちの妹に何か用か?と凄みも効かせている。
私の大声にすぐ反応してくれて助かりました!
「なるほど、どうやら一筋縄ではいかないらしい。それなら取る手段は一つしかねェな!」
コートを翻し右足を引くと左手を前へ出す。
構えた左手は、独特な形をしていた。
それはまるで龍の、手?爪…のようだった。
警戒して後ろへ下がると腕を取られる。
そちらを見ればデュースさんが私を見つめていた。
そのまま下がれ。と。
了解です!皆さんの足を引っ張るわけには!!
ひとつ頷いた、一瞬。
ドン!!
大きな音ともに船体が縦に揺れた。
立っていられなくて床にしゃがみ込む。
今の揺れを起こしたのは確実にサボさんだろう。
戦闘が始まるなら急いでこの場から離れないと…!
輪を抜けた先で、またも腕を取られた。
デュースさんにはお手数をおかけしてばかり…、
「手荒な真似、割りと得意なんでね!」
その声に勢いよく顔を上げる。
腕を取ったのはデュースさんではなく…サボさん。
まずいと思った瞬間、強い力で引っ張られ体が何かにぶつかった。何か。そりゃまあどう考えてもサボさんでしょうね!さすがに分かります!!
体が浮くとがっしり抱えられた。
…米俵のように担がれている。
お腹に肩が当たって地味に痛い。
「離してください!」
「それじゃあ、こいつは借りていく。用が済んだら帰してやるよ。たぶんな!」
「たぶん!?やってることが野盗と同じですね!」
「喋るなよ、舌を噛むぞ」
「会話が成立してない!本当に要件人間だ!!」
それ、コアラからも言われたことあるな?
お前何者なんだ?…すぐには帰せねェかもなぁ。
そんな不穏な台詞が確かに聞こえた。
やばい、この人怖い。
床を強く蹴り、船から離れて行く。
エースに怒られる…。“また”捕まったのか、と。
私だって好きで捕まってるわけじゃないんだよ!?
大人しく部屋に戻ってればよかった?
多分だけどサボさんは気配を消して部屋まで来てたと思うんだよね!どっちにしろ捕まってたよ!
応戦?…武闘派参謀総長サボさん相手に応戦。
絶対に気絶させられちゃうやつ!痛いのは嫌だ。
船に現れた時点で回避の道は潰えていた、ってか。
ごめん、本当にごめんよエース…。
どうにかして帰る方法を探すね…。
今さら抵抗するのも意味が無さそうだ。
担がれたままどうやってエースに連絡を取るか、
逃げる手段はどうしようか…を、考えていた。
「ん?なんだあれ。火、いや…炎…?」
風を切って走る音と飛ぶように過ぎていく景色しか視界に入っていなかったのに、それが突然止む。
呟くような声は私にもしっかり届いていた。
…火。炎?─もしかして。
「────火拳ッ!!!!!」
エース、だ。
「ッ、そう簡単に連れては行けねェ…か!さすが、白ひげ海賊団の二番隊隊長。お早いお帰りで」
「余計な会話はしねェ。今すぐリオを離せ。…そのお綺麗な服が丸焦げになる前に、なァ!!」
炎の拳がサボさんへ向けて振り抜かれる。
先ほどの火拳とは違い、抑えめな炎。
エース本人は本当にサボさんの服を丸焦げにしようとしている…んだろう、けど、肩に私がいるからか本気で戦っていないようにも見えた。
「隊長自らお迎えとは!やはり彼女は何かを知っているんだな?…おれの予想は当たったらしい!」
「よく喋る野郎だ!!」
夜の闇に火の粉が舞う。
こんな時にとても不謹慎だが暗闇を彩る炎は幻想的で美しい。肩に担がれて上下左右に揺れる視界の中でも炎の煌めきはしっかり捉えることが出来た。
そう、超人的な二人のアクションは激しい。
視界だけではなく脳も揺れるし三半規管もだいぶ、揺さぶられて…段々気持ち悪くなってきた。
晩ご飯に食べたものが丸々出てきそう。
これは、まずい。
口元に手を充てたいのにそれすら出来ない。
多分今、私…顔が青ざめて…いるのでは…?
「どちらも拳を収めなさい!!!」
この激しい戦闘の中でも通る凛とした声。
その声が聞こえた直後、大きな音と共に砂埃が舞った。振動は止まり、担がれていた体が浮いたと思えば誰かに横抱きで抱えられている。
優しく包み込むように、守るように。
見知らぬ人の腕の中なのにとても安心した。
砂埃が消えて顔を上げると、そこにいたのはキャスケット帽をかぶるとても可愛らしい、女性。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
「は、い。ありがとうございます…?」
「いえ!…顔が青くなっていたので心配しました」
「はは…実は吐く一歩前でした…」
確かこの人は、サボさんと行動をと共にしている革命軍の女性。名前は…コアラさん、だったかな?
申し訳なさそうに眉尻を下げて私を見つめている。
…優しい人、だ。そんな彼女がキッと目付きを鋭くさせるとサボさんへ向かって一喝した。
「サボくん!!一般の人を巻き込まないで!」
「残念だがそいつは一般人じゃねェぞ。白ひげんとこにいた、海賊だ。本人もそう言っていたが」
「えっ!?白ひげ、って四皇の…白ひげ!?」
「ああ。いかにも怪しいだろ?」
「…確かにこの島は白ひげのナワバリだもんね…。
それにしても、本当に…あなたも海賊なの?」
一度だけ頷けば目を見開くコアラさん。
ゆっくり、丁寧に地面へ降ろしてくれた。
ごめんなさい。ありがとう。
謝罪とお礼を告げて駆け足でエースの元へ。
「リオ、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。…迷惑かけてごめんね」
「いいや、おれも偽の情報に釣られちまって船から離れたんだ。リオに非はねェよ。……それにしても、だ。あいつ、金髪の男。誰だって?」
「…サボ、って名乗ったよ」
サボ。
エースの口から零れ落ちた名前。
その名前で思い浮かべるのは幼少期を共に過ごしたもう一人の兄弟。エースが心を許した唯一の友。
「…そんなわけ、ねェ。あいつはあの時…」
ぐ、と口を噤むエース。
教えた方がいい。本人だ・って。
…でも、本当に?本当に教えていいの?
多分今のサボさんは幼少期の記憶がないはず。
彼ら兄弟の記憶を取り戻したのは頂上戦争の後。
エースの訃報が世界中に知れ渡った後…だった。
まさかこんな状況で再会するなんて思わなかった。
しかもティーチさんの情報を追っている。
敵対してる…わけじゃないけど。
手を取り合う仲間、でも…ない。
「……なぁ。そこのお前。リオを狙って攫ったのには訳があるのか?まぁ正直攫った時点で事情なんか聞かずに仲間諸共ぶっ飛ばしてやりてェが。…それ次第では話を聞いてやらなくもねェ」
「お、話に応じてくれるのか?意外と理知的だな」
サ…サボさん…。
思ったことを口にしちゃう感じ、やっぱり三兄弟の一人なんだなぁと痛感するよ。
苦笑いを浮かべていたら足元がふらついた。
エースの腕に掴まらせてもらい、革命軍の二人を見つめる。あちらはあちらで話をしているようだ。
うちの船だと警戒するだろうし、あちらが提示する場所は私たちが不安だし。そもそも今は夜だ。
誰がどこで、何を聞いているか分からない。
「話を知りたいと襲撃したのはおれたちだ。話してくれるって言うならそっちの都合が良い場所で話を聞きたい。だから、船でも構わねェよ」
「へぇ。折れてくれるのか?意外と理解があるな」
エースゥゥゥ!!
なんで煽り返すの!?しかも棘強めだね!!
サボさんは微笑んでる風だけど目が笑ってない。
ああほらまたバチバチし始めたよ…。
「…リオ、先に船へ戻っててくれるか?で、悪いがそっちの人。あんたならコイツのように手荒な真似はしないだろ?一緒に向かってほしい。リオがいるならうちのクルーは手出ししないはずだ」
「随分仲間に信頼されているんだな、彼女は。戦い慣れてはいなくても、肝が据わってる。情報戦も得意そうだ。海賊にしておくのは惜しいな!」
「…何が言いたい」
「はは、特に何も?」
不穏。不穏な雰囲気。
コアラさんが近づいて来てくれたので、私もエースから離れる。お互いに「すみません」と謝った。
「お前、強ェんだよな?」
「あぁ、それなりに」
「オヤジのナワバリで暴れるのは御法度だが。素性の知れねェ怪しい奴がいるなら…話は別だ」
「ああ。そういえばまだ名乗ってなかったか。おれは革命軍のサボ。よろしくな、火拳のエース!」
「……島を出る前の肩慣らしには丁度良い」
「返り討ちに合っても文句は言うなよ?」
「上等じゃねェか…!」
ゴングが鳴れば今にも戦いだしそうな二人。
完全に戦闘態勢へ入ったエースを止めるなんて出来るわけがない。ここは素直に船へ戻るとしよう。
行きましょう、短くコアラさんに告げて踵を返す。
暴れるのが御法度…と理解してるなら、街中では戦わないよね。きっと上手く誘導して島の奥か浜辺の方へと移動すると思う。
「…あ。そうだ、エース!出港のこともあるから、出来れば朝までには船へ帰ってきてね!」
「おう、わかった!」
久しぶりの兄弟喧嘩。…勝負?
どちらにせよ、それに水を差したくない。
私は私でコアラさんと情報交換しておこう。
「あの、本当にいいんですか?二人を戦わせて…」
「いいと思いますよ。戦わないまま船へ向かって、いざ船内で話してる途中に炎を出されたり壁や床を壊されたら困りますからね…!」
「それは、言えてるなぁ…」
船へ着くまでの道中、自己紹介とエースについて話をしていたらコアラさんの警戒も少しずつ緩んでいった。実は私も女性と話せて嬉しかったりする。
ナースのお姉ちゃんたちが恋しくなってたからね!
男所帯だから女性と話をしたいんだよ…!
それから何事もなく船へ着いた。
船内でデュースさんを交え黒ひげについての情報を交換する。どこの島で目撃された。何が目的で動いているのか。どんな海賊行為をしているのか。
さすが革命軍、こちらと同等な情報を持っていた。
お互いの情報を擦り合わせ点と点を繋いでいく。
そうしているうちに、空が白んできた。
何かの気配に反応を示したコアラさんが部屋を出たので私も後を着いて行けば、砂浜を歩きながら船へ向かってくるエースとサボさんの姿が。
相当激しい戦いだったようで二人ともボロボロだ。
肩を組むわけでもなく、怪我を心配し合うこともない。互いを称えあっているわけでもないけど。
でも。
二人の表情は深夜に邂逅した時より幾分かは、
晴れやか──だった。