03


「ナツキ、次の選択授業どっち?」
「私は調理実習!エースは体育だっけ」
「おう!サッカーするつもりだ!」
「元気いっぱいだなぁ」

水曜日。
お試しの恋人になって三日目。
これといって特別なことは起こっていない。
エースを狙う先輩や後輩から呼び出されることも、陰湿な嫌がらせを受ける…なんてこともない。
やはり私は少女漫画の読みすぎなのだと思う。

それか、私は“害がない”と思われてるのかも。
“お試し”で付き合ってる、というのも同時に広がってるのが大きそうだ。つまりエースが私を好きになるわけがない。…そう大多数が思ってるってこと。
ははは、それはそれで悲しいアンド虚しい。

がくりと頭を垂れながら実習室へ向かう。
料理が苦手な私が調理実習を選んだのは、苦手でもフォローしてくれる先生と料理上手な友人たちが笑いながらも教えてくれるから。ありがたい。
今日作るのはマフィン。
料理より難しいお菓子作り。
レンジでチン!しか出来ない私には未知の世界だ。
材料の説明と工程を聞いてレシピ通りに準備する。
お菓子作りはレシピに忠実であればあるほど成功するらしい。大雑把にしてはダメってことか。

真剣に、真面目にやったのだが。
周りの友人たちのマフィンに比べると、ちょっと…焦げ目が多い…ような?い、いやいや!でも味は大丈夫!な、はず!!材料も目分量ではなく計りで計ったし!入れる順番も守ったし!大丈夫!
三つ作れたので一つは自分で試食。
プレーンなマフィン。うん、美味しい。…表面が硬い気がしないでもないけど、まずくはない!
後二つはココア風味とチョコチップ。
どちらも混ぜるだけだったんだけどチョコチップがだいぶ怪しい。チョコチップにも焦げ目が…。
…うん!帰って自分のおやつにしよう!!

友人たちは抹茶やマーブル、はたまたストロベリーにホワイトチョコをかけるという強者もいた。
しかも美味しそう。お菓子作りは奥が深いな…!
調理実習でしかやらないだろうから気にしない。
各々ラッピングまで行い、授業は終わった。

選択は昼休み後の二時間を使う授業のため、ホームルームもサクッと終わればあっという間に放課後。
部活に顔を出してそこでココアマフィンを食べようかな。カバンの中を整理していると前の席のエースが勢いよくこちらを向いた。

「調理実習、なに作ったんだ?」
「マフィンだよ。ちょっと失敗したけど」
「どうやったら失敗すんだよ」
「わかりませーん!」

へへ、と笑えばエースも肩をすくめて笑った。
そして手を出して私を見つめる。
?なんだこの手は。

「…くれねェの」
「なにを…、えっ。まさかマフィンを!?」
「彼氏に、…おれに作ったんじゃねェのかよ」
「自分で食べる用に作ったつもりなんだけど」
「一つくらい貰ってもいいだろ」
「やだ、焦げてるし」

いいから!だめ!
見せてみろって!いーやーだ!

そんな会話を繰り返すこと数分。
エースを呼ぶ女子が何人かやってきた。
ほら!行ってらっしゃい!と背を押して追いやる。
よし、今の隙に部室へ行こう。

教室の前の扉で女の子たちに囲まれるエース。
調理実習でお菓子作りがあった日の見慣れた光景。
彼女がいてもいなくても、たくさん貰う男。
嬉しそうに、美味しそうに食べるから渡したくなる気持ちはよく分かる。分かるからこそ、この焦げ目が目立つマフィンは渡したくなかった。
だってほら、今渡した女子のマフィンは綺麗に焼けててデコレーションだって可愛い。私の焼きっぱなしなマフィンに比べたら天と地の差だ。

ぎゅう、とカバンを握りしめる。
…別にいいよ。誰にでも得手不得手があるでしょ!
私は料理が不得手なだけ!
足早に後ろの扉を出た所で、誰かにぶつかった。

「ごめん!」
「おれの方こそ悪い、…ってナツキか」
「サボ。…エースなら前の扉にいるよ」
「あー、今日の選択は調理実習だったんだよな」
「その通り」

サボを見れば片手に紙袋。
はいはい、兄弟揃っておモテになるようで!

「エースにあげたのか?」
「ううん、失敗したから渡したくなくて」
「それでも喜ぶと思うぞ?」
「どうかなぁ…」

渡すべき、なのかな。
でも綺麗で美味しそうなマフィンをいっぱい貰ってるし私の焦げ焦げの塊なんていらないのでは…。

「迷ってるならおれが貰ってもいいか?」
「サボに?」
「おう。あいつに見せびらかしながら食うよ」
「ええ!?…だってこんな感じなのに?」

引き下がらないサボに私作のマフィンを取り出せば声を出して笑われた。ナツキらしくていいな!と。
くっ、これは褒められてる気がしない!

取り出してしまったし、一つくらいあげちゃうか。
見た目がまだましなココアを…。
サボへ手渡そうとした瞬間、横から手が伸びてきてココアもチョコチップのも持っていかれた。
驚いてそちらを見ると眉間に皺を寄せたエースが。

「…なんでサボにあげてんだ」
「違うよ、焦げたのでもいいから貰いたい…って、食い意地張ってるから渋々渡そうとしてるだけ」
「辛辣だな!」
「事実じゃん?」
「ははは!まぁ、否定もしない!」

はいはい、サボはそういう男!
息を吐いてもう一度エースを見…れば。

「ダメだ。これはおれの」
「…エース?」
「サボにはやらねェよ」

サボを見つめる視線が鋭いような気がした。
気のせいだと思う、けど。
なんでこんな焦げマフィンを欲しがるのか。
二人ともたくさん貰ってるのに…。謎すぎ。

じゃあそれはエースにあげる。もう返品不可!
美味しくなくても文句言わないでよね!
そう言えば確かにエースは頷いた。
…もっと憎まれ口を叩かれるかと思ったのに。
今日のエースはよく分からない。

「じゃあ、私は部活へ行くね。またね二人とも」
「おう、頑張れよ」
「またな」

緩く手を振って背を向ける。
軽くなったカバンから少しだけマフィンの匂いがした。焦げた苦い香りと生地の甘い香り。
…不味いって言われないといいな。



***



「なあエース。これはおれの、ってどれのこと?」
「…言葉のまんまだけど」
「マフィンのこと?ナツキのことか?」
「…マフィンのことだ」
「へーぇ?」
「なんなんだよ!」

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