宴を終え海軍のある意味盛大な送り出しを受けて、サウザンド・サニー号は帆を張った。
パンクハザードに乗り付けた時は一人だったゲストは、五人に増えた。ハニーの他に、トラファルガー・ローとワノ国の侍錦えもん、モモの助、悪の科学者シーザーである。

ローは万が一のことを考えてシーザーを船内に隠そうとしたが、それはハニーが断固拒否した。
曰く「麻薬を子供に与えるような世界で最も醜悪な行為を平気でするゴミ屑同然の卑怯者と同じ船内にいるなんてわたしの精神が耐えられない。資源に生まれ変われる分ゴミ屑のほうがいくらかマシなくらい。縄で吊るして海を引きずり回しても足りないくらいなのに芝生の上だなんて随分贅沢な屑なのね。そもそもガス臭い」らしい。
一癖も二癖もある船員の中、無害かつ親切という評価であった彼女の厳しい言い様に、一行は少したじろいだ。

ハニーは親切なようでいてその実、人の好き嫌いが激しいということはこの面子の中でロビンだけが知っていた。
それにしてもこの嫌いようは一味の中でも付き合いが長いロビンでも見たことが無かった。
シーザーの行いの中に何かトラウマを刺激するようなことでもあったのだろうか。デリケートな問題に踏み込むのは今ではない、とロビンは判断して何も言わなかった。

結局ナミがハニーのこの言い分を後押しし、ローの意見に反してシーザーは船外の芝生に拘留されることとなった。

船長であるルフィはといえば、あんなにシーザーを嫌っていた割には宴で機嫌が戻ったのか特にハニーに賛同する発言はしなかった。良くも悪くも引きずらない男である。


「これから私達、ドレスローザってところに向かうのよね?」

「ああ。記録指針ログポースの真ん中の指針を遠回りに辿れ」


記録指針を手首に着けているナミに、ローはそう言った。

ウソップがナミの手元を覗き込み、指針ぶれまくってねェよな?と不安げに呟く。
魚人島を出る際、指針が激しく動いているほど危険な島だと聞いたからだ。勇敢な海の男と謂えど心の準備が必要なのであった。


「どのくらいかかるんだ?」

「何も問題が無けりゃ丸一日半ってところか……明日の夜には着く」

「おい、食料ギリギリだぞ。ドレスローザは夜も店開いてっかなァ」

「宴会なんかやるからだろうが!」


ローの忠告を悪気無くまるっきり無視して宴会を始めたルフィに何も言えなかったローだったが、サンジの暢気なセリフには思わず声を荒げた。

落ち着け、とローは自分に言い聞かせる。ドフラミンゴの脅威を身をもって知っているのは自分だけで、彼らは何もわかっちゃいないのだ。
言い聞かせるには骨が折れそうな連中だが、流されてばかりでは計画通りに事は進まない。

とはいえ、食糧が無いのは問題だ。
ドレスローザに着いたら、そこはもう敵陣。島を出る時に安全とは限らない。這う這うの体で逃げることになるかもしれない。そもそも島から出られる保証も無い。

ドレスローザは最終決戦の場ではないのだ。かの島での作戦を終えた後も、生きて逃げおおせなければならない。
ドフラミンゴがどういう手を打ってくるかわからない以上、備えは万全にしておきたいというのが慎重なローの判断だった。


「どこか別の島で買い出しできないかしら」

「おォ、おれもできればそうしてもらいてェ。コーラが足りねェんだ」

「あー宴でほぼ子供達にあげちゃったもんなー」

「コーラなんか無くても困らないだろう」

「いやこの船コーラで飛ぶから」

「!?」

「“風来クー・ド・バースト”はできるようにしておいた方がいいよな、やっぱり」

「…いや、それは見てみてェが……、この辺りで簡単に入れる島は知らねェし、ドフラミンゴに考える時間を与えたくねェ。やはりこのままドレスローザに向かうべきだ」


見てみたいんだ……。
冷徹な外見や行いとは裏腹に意外と素直に可愛いことを言うローに、麦わら一味は心の声を揃えてツッコミを入れた。


「おいトラ男、簡単じゃなけりゃ入れる島は知ってる口ぶりだな」

「……ああ」


ゾロに問いかけられてローは微妙な顔をした。
船長が妙なあだ名で呼ぶせいで、ほぼ全員にトラ男呼びが定着している。
ハニーはローのことを名前で呼ぶが、そのうちトラ男呼びにつられてそう呼ぶようになるのだろうかとローは考え、それはごめんだと心の内で却下した。


「要塞国家“アルパシア”」

「要塞国家?」

「そうだ。島の外周が全て高い塀で覆われた、外敵の侵入を許さない島だ」

「何だソレ、面白そうだな!」


要塞国家アルパシア。
島の外周に築かれた高い塀と徹底された徴兵制度を周辺各国に示威することにより、戦争を未然に防いできた国だ。
囲まれた塀により安全に取引ができるため、貿易業が盛んで物資が豊かである。

そう説明したローに、一同は期待に胸を膨らませた。
未知かつ野生溢れる島も刺激的で良いが、名物の料理やお洒落な服、他の国に無い技術で作られた道具類があるのは大体豊かな国なのだ。それぞれの関心を惹くには十分な情報だった。


「んじゃ、そこ行こう!そのアルパカに!」

「話は最後まで訊け。アルパシアには港が何箇所もあるが、街の有力者達がそれぞれ所有している。許可の無い船は通しちゃくれねェ、一見はまずお断りだ。観光客向けの港はあるが、海賊船と分かりゃ間違いなく攻撃される」

「それじゃどうやって入るんです?」

「塀をよじ登るとかか?」

「騒ぎを起こして、その隙に入るとか」

「いや、アルパシアの有力者の中には、ドレスローザとも取引している奴もいると聞く。塀の外に船を置いておけば、ドフラミンゴに見つかる可能性がある」

「う〜〜〜〜〜〜ん……」


一同は、揃って首を捻った。
幾度も外敵から島を守ってきた制度は伊達ではないのだ。敵の要塞なら破壊する手もあったかもしれないが、何の恨みも無い国。

商売のため、海賊を良い客と考える町があれば、海賊を拒絶する町もある。この国は海賊を相手としなくても十分潤っており、諍いの種をわざわざ呼び込む必要などないからして、この国に上陸するのは海賊にとってはかなり難しいのだ。

揃って首を捻り考えても良いアイデアが出ない。若干名考えるフリをしているだけの者もいたが。


「行くだけ行ってみっか?その観光客向けの港に。もしかしたら案外受け入れてくれるかもしんねェし!」

「上から一斉射撃でもされたら蜂の巣になっちゃうわね。最悪肉片も残らないかもしれない」

「私は骨なんで肉片は散らずに済みますねェ」

「攻撃されなかったとしても、入国料は船一隻1000万ベリーと聞く」

「何よソレ!?空島より高いじゃない!!絶対反対!!」

「じゃあもうドレスローザに向かうしかねェか」

「拙者も、一刻も早く仲間を救出に向かいたい!」

「でもドフラミンゴって相当ヤバい奴なんだろ!?おれァせめてコーラだけでも補充した方がいいと思う!何をおいても逃げる策だけは万全を期してェ!」

「皆の治療に使っちまったから包帯とかも足りねェな〜」

「たかだか数十人の治療で切らしてんじゃねェよ」

「お前の顔に貼ってる絆創膏もウチのだぞクラァ!!」

「島に入りたいのは皆同じだろうが、入る方法が無ェんじゃどうにもならねェよ」

「おれは腹が減るのはイヤだ!よし!船ごと塀登ろう!」

「みんな何騒いでるの?」


ドレスローザ以外の島を目指すか、ドレスローザに直行するか。アルパシアに上陸するにしても、どうやって入り込むか。
議論がどうしようもなく煮詰まったところへ、船内へ続くドアが開きハニーが顔を覗かせた。


「なんだハニー、お前風呂入ってたのか」

「うん、やっぱり体冷えちゃって。みんなは平気みたいでよかった」


髪から雫を滴らせながら、ハニーは笑顔でルフィに応えた。

先ほどのシーザー軟禁場所についての話し合いの時は厳しかった表情が、今は普段通りの柔らかい物腰に戻っている。先刻の彼女の豹変ぶりに慄いていたチョッパーなどはほっと溜息を吐いた。

ハニーは、パンクハザードで着ていたシャツとロングスカートを脱いで、別の服に着替えていた。
やはり首までボタンを留めたブラウスに、春を思わせる軽い素材の膝丈スカート。ナミやロビンと違い、あまり過激な恰好をしないのが彼女である。
潮風に常に晒されベタつく生活では、布地の少ない格好の方が楽で一般的だったが、彼女はいたずらに肌を晒すよりは清楚な服の方が気に入っていた。
したがって、彼女の恰好は大体似たり寄ったりのスタイルになるのだが、装いを新たにした彼女を食い入るように見つめる目玉が4つあった。
一組は言わずもがな、女性贔屓のコックのハートの眼差しであるが、もう一組は猛禽類の目をしていた。


「…………………」

「…ヤダなんかまだ寒気する」


背筋に走る痺れに、ハニーは己の両腕を抱く。
皆が一堂に会するところに出てきた彼女に全員の視線が集まっていたが、ブルックが隣にいたローの様子が少しおかしいことに気づいた。


「おや、トラ男さん、そんな険しい顔して。どうかしたんですか」

「…なんでもねェ。それより今は航路についてだ」

「航路? ドレスローザに向かってるんじゃないの?」


全く話に入っていなかったハニーに、ナミが説明する。食糧が足りないことについて意見が割れていると。

楽しい宴のおかげで、ドレスローザに向かうまでの食糧はあるがドレスローザを発つ時には食糧が無いこと。
ドレスローザで補給するのは敵陣であるからして難しいこと。
近くに島があるが容易には入れないこと。
入国料がぼったくりに近いこと。

ナミの主観交じりではあったが一通り説明し終わり、また議論という名の言い合いが始まろうとした時、ハニーは大きな音を立てて両手を打った。


「なーんだ!それなら、アルパシアに行けばいいよ!」

「それが難しいっつってんだろがィ!!」


いかにも名案という風に軽く言い切ったハニーに、ウソップの強烈なツッコミが入った。
ゾロが話聞いてなかったのかと呟き、お前もだろとフランキーが呟き返した。議論の最中、ゾロがメインマストに凭れて鼻提灯を膨らませていたのをアニキは見逃していなかった。

勢いのあるツッコミから一転、あのなァ、とウソップは気の抜けた声を出す。


「ハニー、お前意外と抜けてんだなァ。言ったろ?アルパシアには観光客でも入るのが難しいんだよ。アルパシアに権力者の知り合いでもいなきゃ、入れねェんだって」

「いるよ。アルパシアに港持ってる知り合い。安全な場所に船を匿ってもらえると思う」

「えええええええ!!?」


にわかに、船員が沸いた。
驚きすぎたのか、チョッパーなどは、ケイミーのように舌が飛び出ている。


「ほ、ほんとかハニー!?そんな都合よく!」

「うん。仕事柄、知り合いは多いんだよね」

「……仕事柄?」


ハニーがサニー号に乗った時のことを知らないローが、首を捻った。
その隣で同じようにルフィも首を傾げたが、彼に関しては、興味が無くて覚えていないだけだった。彼が想い描く『海賊らしい役割』に、音楽家は入っていても、彼女の職業は含まれていないのだ。


「そういやハニーちゃん、“情報屋”だって言ってたもんな。さすがだぜ!」

「えへへ、一応ね。嬉しいな。わたしなんかが、みんなの役に立つなんて」

「何言ってんの、お手柄よハニー!1000万ベリーなんて絶対払いたくないもの!」

「ふふ、よかった」


次々と己を褒める言葉を受けて、ハニーは照れたようにはにかむ。
そんな彼女をローは褒めるでもなく、周りの湧きようとは裏腹に淡々と質問した。


「情報屋なら、ドレスローザの情報は無いのか。破壊してェ工場があるが、そこだけどうしても情報を得られない」

「ドレスローザかぁ……。情報は一切無いね。でもアルパシアに行けば、何かわかるかもしれない。電伝虫借して?知り合いに連絡取ってみるよ。あ、進路は真ん中と右の指針の間ね」


ハニーがそう言うと、ロビンが彼女を促して船内に入っていった。
一気に解決した問題に、一味はみな安堵の相好になる。初めからハニーがいればあんなに悩まなくてよかったのにな、などと言い合いつつ。


「な!トラ男!何とかなったろ!」

「いやお前、……まあいい。後でおれにも電伝虫を貸せ」


お前船ごと塀を登るとか言ってなかったか、とは言わなかった。

アルパシアに寄り道することで計画は一部変更になった。
スケジュールの見通しが立ったので、ローは今からドフラミンゴに取引を持ち掛けるのだ。

少々上手く行き過ぎている感は否めないが、ハニーのおかげでドフラミンゴとの対面に向けてしっかり休めるところを確保できそうだし、ドレスローザ脱出後の懸念事項も払拭された。
ドフラミンゴも、新世界に入ったばかりの麦わら海賊団とこの辺りの島に何の関係も無い自分が要塞国家に潜んでいるなど、夢にも思うまい。

一つ一つ準備が整っていく状況に、ローは思わず片方の口角を上げた。
ドフラミンゴの焦る様子が目に浮かぶ。
もう誰も引き返せない。
引き金を引いた張本人であるローには、ドフラミンゴに連絡を取るのに緊張など無い。

ハニーを追って船内に入ろうとしたローに、後ろからブルックが声を掛けた。


「トラ男さん、さっきから思ってたんですけど、何でナミさんとかロビンさんじゃなくてハニーさんの胸ばかり見てるんです?」

「あ?」

「ンなにィ!? ハニーちゃんをそんな目で見てんじゃねェ!でも男としてその気持ちはよくわかる!」

「サンジさんもめっちゃ見てましたもんねヨホホ」


ブルックの悪意無い質問に、ローは少し考える。

そんなに胸ばかり見ていただろうか。
まあ確かに、あるほうだと思う。
しかしナミ屋やニコ屋の方がよほど露出の多い服を着ているのに、なぜ首まで頑なに晒さないハニーをばかり見るのかと、ホネ屋は言いたいのだろう。
そんなものは決まっている。しかし全てを正直に言うつもりはない。

横からぎゃあぎゃあとサンジがうるさい中、結論を出したローは、ニヤリと笑って答えた。


「隠されたほうが気になるだろう」

「うわー変態の匂いがする」

「オイオイ、そこは共感できねェからおれと一緒にしねェでもらおうか!」

「ローてめェ、ナミさんとロビンちゃんのパーフェクトボディのどこが不満だァ!でも見るんじゃねェぞ!」

「どっちなんだよ」

「楽しみだなーアルパカ!」



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