エレーナと話し終わり町でいくつか用事を済ませたハニーは、サニー号に戻った。

船番交代の時間はまだ来ておらず、メンテナンスを終えて手持無沙汰なフランキーが、その辺にいたネズミを二匹捕まえてネズミサイズのスポーツカーを作って競わせていた。
その傍でモモの助がネズミに手を出したそうにしているのを、遠くから錦えもんが見守っている。

能力を使わずに梯子を上り芝生に足を踏み入れて一息吐くと、フランキーがハニーの帰還に気付いて声を掛けた。


「帰ったか。ん?何だその大荷物。持ってやろうか」

「わ、ありがとうイイ男」


持ち帰った大きな荷物をフランキーが運んでくれると言うので、とりあえず男部屋に運んでもらうようお願いして、ハニーは残りの小さな荷物を持ってネズミレースを覗き込む。
ハンドルやらシートやら、完全再現されたミニカーにモモの助は興奮している様子で、子供らしからぬ陰鬱な顔が晴れていることに、ハニーはホッと胸を撫で下した。


「これ、毛布か?」

「そう、モモ君と錦えもんさんの。この船、予備無かったでしょ?」

「おお、なんと熟練の芸者のような気遣い!かたじけない」

「お前よ、誰かに荷物持ち頼んだらよかったじゃねェか。肩脱臼してたんだから」

「うーん。皆観光したりしてるのに、悪いかなって。居候で役に立たないし、これくらいはしないと」


そんなことを気にする奴らではないことを分かっているはずなのに、たまにこうやって自虐的なことを言うハニーにフランキーは丸い肩を竦める。
まだ何か言いたげなフランキーを「次からは気を付けるよ」の一言で制して、ハニーはモモの助に声を掛けた。


「あと、お外に出られないモモ君にお土産ね。パパは過保護だねえ?」

「まことでござるかハニー姫!?かたじけないっ」


子供が家(この場合は船だが)に籠っているのは健全ではない。要塞国家でくらい、お供付きで息抜きしてもよいのではないかとハニーは船を出る前に思っていた。
何日も親から離れ空腹を耐えていたというモモの助を可哀想に思った彼女が彼に退屈しのぎのパズルを与えると、モモの助は嬉しそうにはしゃいでハニーに抱き着き、その胸に顔を埋めた。
「おなごに甘えるとは、貴様それでも武士の子か!」と錦えもんの絶叫が船に響く。いい大人の醜い嫉妬から守るようにハニーはモモの助を強く抱きしめた。


「モモ君は甘えん坊だね」

「こいつ本当スーパー女に媚びるな」

「あー、可愛いなあ。やっぱり子供は笑顔でいるのが一番だよ」

「この表情見てそうは思えねェが……ん?毛布、三枚あるぞ」

「ああ、それはローの分。……まあ、今日はこの島で宿をとるのかもしれないけれど」


苦笑するハニーに、フランキーは意外そうな顔をする。

フランキーも、ローがハニーに他人とは一線を画して興味を持っているのは感づいている。
ナミやロビンはとんでもなく美人だが、二人には興味がなさそうなのは単純に好みの問題かもしれない。作戦会議中も、食事中も、ローの視線はごく頻繁にハニーに注がれていた。

おれは好みじゃねェがなァ、トラ男はこういうのが好みか。

当事者であるハニーも当然、ローの視線に気付いている筈である。
その割にローを気にかけ、仕方ない子だと言わんばかりに世話を焼くということは、ハニーの方も満更でもないのだろうか。

初恋の人を探しているとか何とか他の奴から聞いたが、結構浮気性なのかもしれない。
思いつつも、もちろんアニキはそんなくだらないことを詮索などしない。フランキーは二人の関係にそう興味は無かった。
船長が乗船を認め、かつ己の作った船にいる以上その身の安全はできるだけ確保してやりたいが、色恋の話は別である。
ローがハニーに無体を働こうとしているならともかく、実際に手を出していないのに先んじて口を出すのは無粋というものだ。


「お前、前にトラ男と会ったことあんのか?」


しかしまあ、船番が戻るまで暇を持て余している。
毛布を男部屋に運び終えたフランキーはこの際、気になっていたことを訊いてみることにした。

錦えもんに回収されたモモの助を名残惜しそうに見ていたハニーが、弾かれたようにフランキーを振り返る。


「どうしてそんなこと訊くの?」

「今日初めて会ったにしちゃァ随分親しげじゃねェの」

「親しげ……そうかなあ」


うーん、と視線を上に向けて考える様子を見せるハニーに、フランキーは若干呆れた。
彼女は、自分とローが親しくしている記憶を探っているのかもしれないが、傍から見ればいちゃついているようにしか見えない遣り取りを彼女たちは幾度も繰り返している。
考えるまでも無く親しげにしていると思うのだが。


「確かに、会ったことはあるよ。二年前、ルフィが頂上戦争で大怪我をした時」

「んん?お前、ルフィにも前から会ってたのか」

「ルフィは意識が無かったから、わたしのことは覚えてないけどね」


過去を思い出しているのか、彼女は遠くを見て目を細めた。


「ハートの海賊団の船、知ってる?潜水艦なんだよ。潜るときに乗せてもらってはいないけど。中もかっこよかった。フランキーなら、大きい潜水艦も作れる?」

「時間と材料さえありゃァおれっちに作れねェモンなんざねェよ」


若干強引に話を逸らされた。
フランキーはそのことに気づいたが追及はしなかった。話したくないものは仕方がない。
色恋話より潜水艦のほうがよほど興味を持てたので、その話題に乗ることにした。

暫く会話した後、ハニーが時計を見て「さて、」と立ち上がる。


「わたし、もう一度町に戻るよ。夜遅くなるけど、皆もそうだよね」

「行ってこい行ってこい。メシは酒場か?」

「うん、たぶんそう。情報は人が多いところに集まるからね。一番大きい酒場にいるよ、何かあったら呼んでね」

「おゥ」


そう言って、ハニーは船を飛び降りていった。
ロビンもそうだが、ハニーも大概、過去を言いたがらない女だな。
フランキーはそう思いながら、船の見張りの交代の時間が来るまで、ネズミスポーツカーをグレードアップさせるべく工具を取り出した。



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