夜が更けた。
夕食を終え夕日が沈むか沈まないかくらいから、鼻屋とトニー屋がぎゃあぎゃあと騒いでいたが、弱そうに見える割に体力はあるのか、夜中になってもまだ騒いでいた。
ドフラミンゴに連絡を取りシーザーを返してほしければ七武海をやめろと脅迫した時は、彼らはその会話を聞いていなかった。夕食後、一味の会議が行われたときにそれを言った途端、奴の刺客が来るに違いないと慌てだしたのだ。

アルパシアに一泊したおかげか追手はまだ見ない。月明りしかない海は視界も悪く、見つかる可能性は低いだろう。
朝には結論を出すようにドフラミンゴには言った。このまま朝を待てばまた計画は一歩進んだことになる。そこからが大仕事だ。

比較的穏やかな波になった辺りから、トニー屋は鎧兜を被るほどビビりながらも麦わら屋と共に釣りをしていた。文句を言ってくる割には意外と余裕なんじゃねェか。
甲冑を身につけて暢気に笑うホネ屋は、派手な王冠やファーを除けば落ち武者そのもので大概なビジュアルだったが、仲間になって長いのだろうか、奴はトニー屋の恐怖の対象にはならないらしい。
どうでもいいが、先ほどホネ屋が釣りあげたカニが所在なさげにうろうろしているのが気になる。腹が減った。


「まだ騒がしいな…夜食食うのは何人だ?」

「わァ夜食何だ!?」

「ピザ」


二階のキッチンから顔を出した黒足屋に、甲板にいた面子がカニ含めて沸く。お前は食われる側だ。
しかしピザは嫌いだ。具だけ別にしてしまえば食べられるのに、何故パン生地に乗せるのか。
文句を言えば代わりに別のものは用意されるだろうが、どうせ何か手伝いをしろと言われるだろう。他人に命令されるのは我慢ならないが、空腹は地味に苛々する。
黒足屋は女に甘い反面男にはかなり厳しいらしい。冷蔵庫から勝手に貰ってくるにしても、男連中は仲間でさえ冷蔵庫の鍵の番号を知らないという。能力を使えば簡単に盗れるだろうが、十中八九バレるだろうな。
頼み事をするのは癪なのでどうにかできないか思案していると、夜食と聞いた侍がロロノア屋への攻撃をやめて呟いた。ロロノア屋の持っている剣を巡って決闘を仕掛けているらしい。


「モモの助はもう寝ておるかな」

「今ロビンとハニーとお風呂入ってるわよ」

「はァ!!?」


かろうじておれは声に出さなかったが、ナミ屋がしれっと言った言葉は聞き捨てならない。

風呂だと。

たしかあの侍の子供は8歳だったか。赤ん坊ならともかく風呂くらい一人で入れる年齢だ。おれなんか8歳の頃には一人で風呂どころかネズミ相手に縫合手術を成功させてたし、二年後には戦争中に国境を抜けたしイカレた海賊に爆弾巻いて交渉しに行ったぞ。
まァおれはおれだからそれは良いとしても、8歳のガキと言えば、マセていれば女の裸に興味を持っていてもおかしくない。
たとえガキにでも自分が狙っている女の裸をそんな目で見られるのは実に面白くない。
今すぐ止めに行くつもりで、風呂はどこだったかと考えを巡らせたその時、ニコ屋がガキを抱いて姿を現した。


「何をさらしとんじゃこのエロガキャ〜〜〜〜!!!」


先ほど叫んだ三人が声を揃えて絶叫する。同意するが、今はそんなことは問題ではなかった。
この船の女船員2人は肌を出すことを厭わない。ニコ屋の格好は風呂上りに巻いたタオル一枚で、いろいろと際どかった。
男としてそれを醜い光景だとは全く思わないのでとりあえず見ておくが、今まで風呂に入っていたのは彼女らだけではない。

まさかハニーもあられもない格好で出てくるのだろうか。
膨れ上がる期待と同時にコイツらに見せてたまるかという思いもあり、誰よりも先に彼女を見つけるために船内に走る。たしか2階の廊下を抜けて、船尾の方から大浴場に登れるはずだ。訊いてもいないのにロボ屋が自慢していた。
ノックする余裕も無く風呂のドアを開ける。風呂は確かに立派なものだったが、湯気の奥には誰も見当たらない。しまった。最悪のパターンだ。入れ違いになったのか。

踵を返して芝生の甲板に戻ろうとすると、キッチンから物音が聞こえる。
中を覗くと目当ての女がそこにいて、鼻歌を歌いながらシンクに向かっていた。


「……」

「ん?どうしたの?そんなに息切らして」


分かっているのか分かっていないのか、彼女はきょとんとした顔でおれを出迎えた。

風呂上りの姿を見るのは2回目だが、期待虚しく彼女の格好は悲しいほどいつも通りだった。首までボタンを留めたブラウスにはご丁寧にタイまで結び、下は脹脛まで隠すスカート。
風呂上りの蒸気した頬だけが、唯一の収穫と言えた。


「…お前、少しはニコ屋を見習え」

「喧嘩売ってるの?言っとくけどあのプロポーションは奇跡だから」

「そうじゃねェ」


ニコ屋のあの格好を見たのはバレているらしく、即座に体型についてのことだと勘違いされた。
服越しに見る体付きに不満はないので否定するも、もっと肌を露出して出歩けと言う訳にはいかないので黙るしかない。

さっきまでここにあっただろうピザの残り香が漂う。黒足屋は丁度ピザを持って行ったところらしい。腹が減っていたのを思い出して、食いっぱぐれたな、と夜食は諦めた。嫌いだが。

喧嘩売ってんのかと口では言いながらも気分を害したわけではないようで、彼女はまた鼻歌を歌いながら作業し始める。対面キッチンのカウンターに座り、正面から作業する彼女を見つめた。
キッチンに立つ姿が様になっている。夕方黒足屋が言っていたように彼女は料理の手際が良かった。
外見だけは家庭的なので、なんというか、しっくりくる。平和な島で誰かと家庭を築き誰かのために料理をしている姿が思い浮かんで、すぐ想像を打ち消した。


「ガキじゃねェんだから、風呂くらい一人で入れ」

「うん?ああ……成人男性と入ったわけじゃないんだから倫理的に何も問題ないと思うんだけど。楽しかったよ?」

「あのガキ、ものも分からねェ歳じゃねェだろう」

「キミだって人のこと言えないでしょ?モモの助くんよりもっと歳上の時に女の子とお風呂入ってたくせに」

「入ってねェよ。むやみにハッタリかますんじゃねェ」


何でもない風にさらりと嘘を吐く彼女に呆れて言い返す。やり口が汚い。
昔聖歌隊に入れられて逃げたことを言い当てられたのを思い出した。あれはたまたま当たったが、今回はハズレだ。コイツこんな調子で適当言いふらしてないだろうな。

性行為をする前後に相手と風呂に入ることは珍しいことではないだろうが、おれは生理現象の解消目的で買った女とわざわざそんなことをしたりしない。おれの追及から逃れるためにしても、随分大雑把にあしらわれたものだ。
というかハッタリにしても誘導尋問にしても、おれにそんなことを吐かせてどうする。いや実際、女と風呂に入った経験など、幼少期は母と入ることはあったかもしれないが少なくとも記憶には無いのだが。
日常会話にハッタリを混ぜて弱みを握ろうとするのは情報屋としての癖か。たとえ事実であったとしても、それを知られてまずいことになるのは目の前の女にだけだというのに。


「なんだよ」

「ううん、何でもない」


ハニーがおれの顔を見つめる。やましいことなど何もないので彼女から目を逸らすようなことはしない。
彼女は数秒そうしていたが、思い出したようにシンクに視線を戻した。


「そういやお前、さっきから何作ってんだ」

「リゾット。…食べるでしょ?」

「食う」


何か料理を作っているのは分かっていたが、自分の分も作っているとは思わなかった。
そういえば、おれに対してはすげない態度ばかりだが、麦わらの一味の彼女への評価は『親切な奴』だ。妹がいると言っていたし基本的に面倒見がいいのだろう。


「夜食が欲しけりゃ黒足屋に頼めばよかったんじゃねェのか」

「今日サンジを手伝って、久しぶりに自分でも作りたくなったんだよ」


おれの前に皿とレンゲを置き、同じように隣にも配膳して彼女が座る。小さくいただきます、と言って先に食べ始めたのを見て、おれもそれに倣った。
リゾットを口に運ぶ。少し芯が残った雑穀米とほぐした魚の身が生姜の香る優しい味にまとめられていて、少し冷える日の夜食には丁度良い。美味い。


「料理は母親に教わったのか」

「ううん。母は5歳の時に亡くしたから、料理はまだ教わってなかった。自己流だよ」

「そうか。いい腕だな」

「…好きな味?」

「ああ」


正直に答えると、ハニーはまたおれの顔を見つめて、嬉しそうに笑った。
泣き顔が気になって惹かれた女だが、笑顔も勿論見て不快なわけがない。笑うと更に幼く見える。

悪巧みも無い純粋な笑顔を正面から見るのは初めてかもしれない。
思い出せる彼女の笑顔は横顔ばかりだ。仲間に、特に麦わら屋やニコ屋に向けるあの子供のような笑顔。眩しいものを見るような、嬉しさを隠しきれないような笑顔。
漸く同じものを間近で見ることができた。
風呂上りの姿以上に、収穫だと思った。

腹も満たされたので、ハニーに勧められて風呂に入る。
上機嫌で甲板に戻ると、風呂だけに止まらずハニーがいる女部屋、一緒のベッドでガキが寝るということになっていて、再び頭を抱えた。



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海獺