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先日柱合会議が開かれたばかりだというのに、だからこそ目の前の光景を不思議なことだと思う。臨時で柱が集められることなど滅多にない。恐らく先日、なまえが上弦の参を滅したくだりに関してだろう。お館様の病は短期間で目に見えて進行していた。考えたくはなかったが、病による死期が徐々に近づいてきている。蜜璃が柱を代表した挨拶をしたが、お館様になんと声をかければいいのかわからない様子でもあった。彼は仕方のない子供を見つめるような眼差しで、盲目になってしまった目で笑った。
そして早速、今日の議題にうつった。
「先日、上弦の参を倒したそうだね。とても嬉しいよ。上弦の鬼を倒すのは数百年ぶりの快挙だ。なまえ、よくやったね。そして杏寿郎も、乗客の大勢いる汽車を背に下弦と上弦の二人と対峙するのは厳しかっただろう。ありがとう」
「柱ならば当然のこと!しかしありがたいお言葉!」
「ありがとうございます」
なまえは先日、杏寿郎にあれ程怒りを見せていたのが嘘のように今日は穏やかに微笑んでいる。
「けっ、一晩で上弦と下弦に当たるなんざ羨ましい話だぜェ」
そして実弥が吐いた言葉に思わずぴくり、と反応してしまった。
「上弦の強さは下弦の比ではなかった。頸を斬れないとも思わなかったが、斬れると断言できない強さだった。不死川、今のままの俺たちでは上弦に負ける」
「ンだとォ‥?そんな弱腰だから斬れなかったんじゃねえのかァ」
瞬間沸騰したように実弥が肌を泡立てて怒っている。それでも先日のなまえに向けられたような恐怖は全く感じなかった。
杏寿郎はあの瞬間、恐怖という感情をひさびさに味わった。
「みょうじが応援に来なければ俺は恐らく死んでいた。うまくいって相討ちだったと振り返れる今だからこそわかる。上弦の鬼は柱三人分の強さだと聞くが、恐らくその上をいく強さがあった。加えて、上弦は頸を切り落としても死なない。朝日が俺たちの味方をしてくれて勝てただけだ」
なまえも出血量は多かった。闘いがもっと長引いていたら、彼女自身もかなり危なかっただろう。なまえがあの奇妙な剣技で血気術を無効化できていなければあの瞬間なまえも死んでいる。結果論として勝てたが、かなりの瀬戸際だった。そして杏寿郎はなまえより弱い。助太刀しようとした際に邪魔だと言われた通り、あの二人の速度に体がついていけていなかったのは事実だった。もっともっと叩くように鍛錬しなければ、上弦の頸は落とせない。そう、不死川の言う通り斬れないではいけない。柱ならば斬れるようにならねば。実弥の目をじっと見返すと、「頸を斬っても死なないというのは本当かな」とお館様が問うてきた。答えたのはなまえだった。
「上弦の参の頸を落としたのですが、再生しようとしていました。速度が他よりもずっと遅いので急所であることに違いありませんが、頸を落としても死にません。死ぬ条件は恐らく他にあります。でなければ細切れにするか日に当てるかしか考えつく方法はありません。他の上弦はわかりませんが、上弦の弍も頸を落としても死にそうにないと思ったことがありました」
「上弦の弍、童磨だね」
お館様がひとつ頷く。
数年前に一般隊士であった頃のなまえと花柱だった胡蝶カナエが童磨と名乗る上弦の弍と対峙したことは知っていた。胡蝶カナエが隊士を引退するほどの重症を負ったのは童磨のせいでもある。それで成る程、と線が繋がったような感覚になる。なまえは上弦の参の頸が落ちても死なぬことに動揺した様子はなかった。それでもなお、ひたすらに猗窩座の体を斬り続けていた。
その話を聞いて宇髄天元などは派手にやばいな、と言って己が頭を叩いているが、何か鬼殺隊として対策を考えねばならない。
下弦やその他の鬼を殺すことも大切だが、上弦を殺せねば犠牲者は大幅に増えていくばかりだ。そしてその上には無惨がいる。そこまで考え、口角を上げながら杏寿郎はぞっとした気持ちになった。
「つまり鬼舞辻無惨も、頸を斬ったところで死なないということだね。どうしたら死ぬか、みんなで一緒に考えよう。鬼舞辻を斃してこそ、鬼殺隊の本懐を遂げられる。今の私たちなら。柱の人数の上限を無くそうと考えさせてくれたほどの才覚の揃う君たちならば、きっと鬼舞辻を斃せる。私はそう信じているよ」
「それからもう一つ。鬼を連れた竈門炭治郎についても、話があるんだ」
鬼の祖を倒すためには、己の身をさらに鍛え上げなければならない。しかしそれだけでは足りぬことを杏寿郎はよくよく理解していた。
煉獄杏寿郎は一見ただの熱血漢に見えて、頭の回る男である。
何か必要なのだ。何かが。たとえばそれは胡蝶しのぶの使う毒である。鬼の頸が落としても死なないのなら、再生しない別の方法で殺せばいい。炎の呼吸を極めんとする己に毒を使いこなせるかは分からないが、使うことも視野に入れつつ、その何かを必ず見つける。
そういった理由で柱合会議の後、杏寿郎はなまえを引きずって甘味処までやってきた。先日のことを謝りたかったし、同じ上弦の鬼と相対した身として共有できるものがあると思った。
そして杏寿郎はなまえの実力を純粋に評価していた。あれほど強いとは知らなかった。
杏寿郎はなまえと一般隊士のころより知り合いである。合同任務についたこともあったし、たまたま行きあったこともある。親しき友である錆兎がなまえを気にかけていたこともあり、話す機会は多かったように思う。鬼を斬るときも見てきた。雷の呼吸の使い手らしい俊敏な動きで、細いように見えて足腰が強い。腕や体も顔さえ傷跡があり、鬼殺の剣士全員に共通する事柄かもしれないが、鬼のいない世であれば幸せに生きられただろうという痛ましさがあった。いつも着ている喪服に焚きしめられた香を感じると悲しくなった。
だからこそ無意識に、守ってやらねばと思っていたのかもしれない。
「うまい!うまい!」
「そうですね、美味しいです」
団子を食べながらも、向かいに座り同じように団子を食し、今はやさしい顔をする女を猛禽類のような目で見た。短くなってしまった髪はやはりどこか彼女の顔を寂しく見せる。
猗窩座に向けた怒り、自分に向けられた怒り。女は優しい顔で覆い隠した内側に、烈火を飼っている。その竜はいずれ周りを喰い殺す、そんな予感すらさせるほどの、純度の高い怒りの炎を杏寿郎は純粋にとても恐ろしいと思った。
「君に蝶屋敷で言ったことは嘘ではない。今こうして団子を食べられていることも、お館様に上弦の鬼の報告ができたことも、仲間や家族に会えたことも、全て君があの時助けてくれたおかげだろう。生きていて良かったと心から思う」
なまえは静かに杏寿郎を見ている。その目だ。いつもなまえは杏寿郎を探るように見ている。心の奥底まで見るような不思議な目。だから恐ろしいと思いはすれど、それでもこの仲間のことを真摯だと思うのだ。だから俺も、真摯に向き合いたい。
「しかしあのときみょうじが言ったように、自分のことを不甲斐ないと思っているのも本当だ。俺では猗窩座を倒せなかっただろう。君たちの速度に追いつかず、君ばかりに怪我を負わせ、髪を切らせた。見ていることしかできなかった。柱としても男としても不甲斐なし!」
ひと呼吸つくために串に刺さっていた残りの団子をぺろりと食べ切って、杏寿郎は言った。
「だから俺はもっと強くなろう!そのためにもこれからも生き、どうしたら鬼舞辻を殺せるのかをともに考えたい」
なまえは凪いだ目で静かに頷いて、そうですね、と言った。わたしの方こそ突然怒ってしまい、申し訳ありませんでした、といつもの優しい微笑みで。どうやら納得してもらうことができたらしい、と杏寿郎はすうっと息を呑み込んで大きく笑った。
そして鬼舞辻の話を持ちかけると、なまえも鬼舞辻や上弦を毒で殺すことを考えていたようだ。同じ考えに嬉しくなる。他に出た案としては、鬼に効く毒があるならば、鬼に効くような爆薬もあるのではということだ。純粋に燃やして肉体を削ぐということだろう。刀鍛冶の里で鬼に効く南蛮銃の研究をしていると聞いたこともある。天元あたりがそういった知恵は回りそうであるし爆薬を使っていた覚えもあったので、あとで話を聞いてみようと考えた。
「煉獄さん。わたしは正々堂々と勝たなくても、鬼を殺せればいいと考えています。約束するのは難しいと思いますが、生きてまた団子を食べましょう。煉獄さんの誰も死なせたくない、いう考えは高潔で尊敬していますが、煉獄さん自身が犠牲にならないことも大切だと考えます。時には生き延びて情報を伝えることも必要だとわたしは思います」
なるほど、彼女は音柱に似た考えなのだなと思った。彼らの考えに杏寿郎は完全に同調はできないが、上弦の頸を斬っても死なぬことは対峙してなお生き延びて、初めて共有出来た情報である。
こぼれていく命はひとつも無視出来ない。きっと己はそんなときに身を挺してでもそれらを守ることを選択するだろう。
しかし、ときに未来につなげるために、何がなんでも生き延びる気概は必要なこともあると思った。
