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錆兎はその日、無限列車で重症を負った炭治郎の様子を見に来ていた。動き回るのはまだ辛そうな様子だったが、いつも通りの元気な弟弟子を見て一息ついた心地になった。「よく生きて帰ってきた。下弦を倒したそうだな。兄弟子として誇らしい」
「ありがとうございます!俺だけでは難しかったので、伊之助や善逸や禰豆子、もちろん煉獄さんもいて初めて斬れました」
そして弟弟子は相変わらずとても謙虚だった。だからこそ可愛くて誇らしいのだと思う。鬼殺隊士の全体的な質の低下は柱合会議で議題に上がらずとも感じていたが、炭治郎のような素直な隊士は滅多にいない。これからも辛いことが多いだろうが、死地を潜り抜けてなお幸せになってほしいと願う。
年下と関わるのを難しそうにしている義勇は炭治郎に懐かれるのがむず痒くて仕方ない様子でなかなか会いに来ないらしいが、義勇も同じ気持ちだろう。勿論真菰も。
例の列車の任務について話したそうだったので聞いてやると、炭治郎はやはり杏寿郎にも懐いたようだった。きっといい関係になれるだろうと思っていた友が弟弟子と親しくなったのも喜ばしい。炎のように熱く実直なあの男が禰豆子の働きを認めたと柱合会議でも堂々と宣言していたことを炭治郎に話すと、彼はたいへん嬉しそうに笑った。
杏寿郎と錆兎は合同任務を経験してから年頃も近かったせいかずっと親しくしている。継子にならないかとしょっちゅう隊士を勧誘しているのも知っていたが、最初の印象が悪かったであろう炭治郎にも言うとは思わなかった。まさかの人物に先を越されて苦笑した。
「炭治郎はしばらく蝶屋敷に世話になっているが、怪我が治ったらうちで暮らさないか。禰豆子も一緒に。義勇の家も近いし、真菰もよく遊びにくる。俺の継子になるといい」
「錆兎さんの継子に‥!俺が‥!」
一瞬ぱっと嬉しそうにした炭治郎だったが、そのあとで複雑そうな顔をする。
「俺‥水の呼吸を極めることが出来ないみたいなんですけど‥」
「知っている。柱合会議でも話があった。日の呼吸を使えるそうだな。ヒノカミ神楽のことだろう」
ヒノカミ神楽について錆兎は知らなかったわけではない。狭霧山で年始に会った際に、竈門家は火の神様を祀る神楽を踊っていたと言っていたのを覚えていた、というのもあったし、那田蜘蛛山での任務の話の中でもヒノカミ神楽を使ったという旨を聞いていた。
それがはじまりの呼吸と呼ばれる日の呼吸であるとは全く思わなかったが。
「継子は別の呼吸の使い手でもなれる。継子になると炭治郎の任務は俺が指定できるようになるんだ。一緒に任務に行く機会も多くなり指導できる機会も増えるだろう。柱合会議でお館様から、お前にはいろんな柱が積極的に面倒を見るようにと言う話があった。日の呼吸についてみなよく知らず、継承が途絶えたといわれているからだ。何が参考になるかもわからない。だからこそ、お前の行くそんな難しい道を、俺が近くで見守ってやりたい」
炭治郎は兄弟子のそんな言葉にいたく感動した様子で、決意を固めたような、それでいてまたしても泣きそうな嬉しさの混じった目でいっしんに錆兎を見つめた。
「錆兎さん‥!俺、錆兎さんの継子になりたいです!」
「よくぞ言った!」
勿論見守るだけではなく厳しく稽古をつけてやるつもりだが、炭治郎がやすやすと根を上げる男ではないことをよく知っている。錆兎がにっと笑みを浮かべた瞬間、雷のように割れた悲鳴が広い蝶屋敷に響き渡った。
険しい顔をして腹を押さえながら飛び起きた炭治郎が慌てて音源の方に向かうのでついて行くと、そこは庭であった。洗濯物がはためく中、先日鉄拳制裁を浴びせた善逸となまえが向かい合っている。
善逸は任務帰りなのか羽織や顔に泥をつけている。なまえはいつの間にまた任務で怪我をしたのか包帯だらけで、善逸はそんななまえの足元に縋り付いていた。
「姉ちゃん何で木刀持ってんのぉ?!!?!またそんな怪我したのぉ?!?!そんな包帯だらけでなんで、なんか訓練しようとしてんのぉ?!?!!?!なにやってんの?!!?!」
「これくらい軽症だよ」
「軽症に見えないんですけどぉ?!?!」
「あの、本当に軽症なんだよ‥」
「嘘ついてない音なのわかるよ?!けどなんで俺こんな嘘だと思ってんだろ?!?!!!絶対嘘だね!!!」
「善逸‥今度はなにしてるんだ‥」
「炭治郎も止めてくれよぉ!!!」
思わず声をかけた炭治郎に善逸は駆け寄って泣きついた。なまえは苦笑しているが遅れてアオイがやってきて「また勝手に庭に出たんですか!」と怒ったことで、その場にいる全員がその怪我がなまえの言うような軽症ではなかったことを確信した。
見てわかることだが、怪我人の身で鍛錬でもしようとしていたらしい。
そこでなまえの背後から「猪突猛進!」と飛びついたのは伊之助だった。錆兎が止めねばならぬと動いたが、それよりずっとなまえの方が動きが早かった。怪我をしているとは到底思えない俊敏さで伊之助の腕を払って空中に放り投げる。宙でくるりと回転して伊之助は綺麗に着地したものの、またなまえに飛びつく勢いで、今度は腰にある二本の真剣を抜いた。
相互の理解が追いついていない場合、手合わせで真剣の使用は隊律違反となるのだが、おそらく伊之助は知らないのだろう。刃こぼれだらけの刀を向けたがそれもなまえの木刀であっという間にいなされる。次々と放たれる攻撃もたやすく躱しており、それはなまえにとっては遊んでいるかのような舐めている動きだった。伊之助も実力差をよくわかったのか全身真っ赤にしながら怒って斬りかかる動きでようやく、錆兎は二人の間合いに入った。
なまえの動きは遊んでいるように見えてその実まったく隙がなく、伊之助を放り投げることは容易かったがなまえの木刀は錆兎の首元でぴたりと止まったので冷や汗をかく心地だった。
その木刀をさっと取り下げると清々しい口調でなまえは言った。
「伊之助さんの体の柔らかさは美徳ですね。腕力も基礎がしっかりしていますので伸び代があります。ただもう少し足腰を鍛えた方がいいようです。かなり遅いので、その調子では上弦には一瞬で殺されてしまいますよ」
「なっ‥なっんだとこの女ァ!」
「岩柱のところで足腰は鍛えられますので、悲鳴嶼さんに修行をつけてもらうのがおすすめです」
「何言ってんだかわかんねえよ!」
また伊之助がなまえに飛び掛からんとしたので錆兎は今度こそ伊之助の首を捕まえてぶん殴ってやった。
「怪我人に手をあげるとは何事か!貴様はさっきから何をしている!」
「言葉を使って説得するのはヒトだけだぜ!分かんねえなら無理矢理殴って上下関係を分からせてすっこませればいいんだ!そんなことも知らねえのかオッサン!」
「オッ‥!」
錆兎は見目よく生まれてきたので容姿について貶されたことは一度もなかった。ましてやまだ歳若くオッサン呼ばわりなどされたこともなかったので何も言えぬままピキリと青筋を立てたが、炭治郎がなまえさんは痛覚がないんだぞ‥!という事実をこの謎の間合いで暴露したことでその場の全員が動きを止めて、なまえを凝視した。なまえは困ったように変わらず苦笑したままであった。
「痛覚なんて無くとも問題なく生きられますよ。アオイさん、カナエさんに伝言をお願いします。やはりわたしは自分の屋敷に帰ります」
木刀をさっと袴に引っ掛けて立ち去ろうとしたなまえだが、錆兎はその襟首を掴んで俵のように体を持ち上げた。抵抗されそうになったが腰を鷲掴みにして押さえつける。このまま放置して見送るのは良くないと本能が叫ぶ。
錆兎にとって、なまえは恩人であった。おそらく柱という立場になれたのもなまえのお陰であると錆兎は信じている。
なまえはいつも薄い笑みを浮かべていた。それ以上踏み込ませない何かがそこに立ちはだかっているようで、錆兎はどこか歯痒かった。直球で本心に触れたいと言ったらきっと二度と口を聞いても貰えなくなると分かっていて聞けない。この仲間のために出来る何かをしたいのに、そう考えるたび薄氷の上を歩いているような気持ちにさせられる。
錆兎よりも一足早く柱になったなまえの強さはお墨付きだと言うのに、どこか脆さを感じるのはなぜなのだろう。
ずっと錆兎は、なまえに藤襲山での恩を返したかった。
