どうしようもなく笑ってしまう



忍足侑士side


事件やと思った。単純に。常日頃から「テニステニス」のパートナーが、クラスメイトの女の子と仲良さげに話している。しかも、大人しめな女の子と。岳人は、友人が多い方だとは思う。だから、女子の友人も少なくはない。ただ、本能的にか例え媚を売らない女子にでさえ、あまり深く関わってはいない。そもそも、岳人に「恋愛うんぬん」なんてわからないだろうし、興味ないだろうと思っていたから、だからこそ、あんな風に話している岳人は新鮮で。なんとなく、あの子のことが好きなんやなぁ。って感じた。
少し緊張気味に、でも、少し気を抜いて、時々戸惑ったように相手の顔を伺って。ああもう、なんやろうか。焦れったく感じる。普段なら、思ったこと素直に口に出してるはずの岳人が、相手に気を遣い、顔を伺っているなんて。
なんて、健気な子なんや…!お母さん嬉しいわぁ…!密かにそう考えつつ、気づかれないように教室の扉から見守る。「忍足くん、何してるの?」なんて女子たちの言葉は聴こえない振りをして。

「つーか、ともだちと飯食わなくてよかったのかよ。いや、誘った俺が言うのもなんだけど。」

「ぜ、全然大丈夫だよ。それに、向日くんに誘われて嬉しかったから、」

「そ、そっか。あ!花谷の弁当、唐揚げ入ってんじゃん!」

「向日くん、唐揚げ好きなの?」

「すっげー好き!」

「っ、っえと、よかったら、どうぞ…。」

「え!いいのかよ?サンキュー!」

なんやねんアレ。カップルやん。もはや、カップル同然やん。お互いに顔赤くして、付き合いたてのカップルか!!と、心の中でツッコミを入れる。というか、岳人からご飯誘うとか明日は槍でも降るんちゃうか?あーあ、幸せそうに頬緩ませて。
彼女のお弁当から唐揚げをかっさらい、嬉しそうに頬張る岳人。彼女もそんな岳人の顔を見て、ふわふわと笑っている。なんというか、あの空間だけ花が舞っている気がする。
ふと、手元にある弁当へと視線を移す。仕方ない。今日は、宍戸と食べるか。未だに楽しげに話す二人を見送り、宍戸のクラスへと向かった。



部活休憩中。滴る汗を拭い、スポドリを口にする。暑いなぁ、なんて心の中で独り言ちっていれば、隣にドカッと勢いよく、岳人が座った。その音に心臓を飛び跳ねつつも、「どないしたん?」と優しく問う。

「なんか、イライラする。」

「なんや、反抗期かいな。」

「ちっげーよ!!!よくわかんねぇんだよ、アイツ見ると、イライラするってか、胸がこう、グワーッ!と掻き乱されるっつーか、」

グワーッ!ってなんやねん。例え方がまた、擬音すぎて困るわ。そんな冷静なツッコミを呑み込み、「アイツ。」という単語を思い出す。アイツって、あの好きな子のことか。
ニマァと緩む口を抑えつつ、岳人に「アイツって誰やねん。」と返す。そんな俺の言葉に、まるで「知らねぇの?」というような顔で見返してきた岳人。いや、知っとるわ。知っとるけど、ほぼほぼ面識すらないんに、知っとったら怖いやろ。言えないことがこんなにもむず痒いことを知った俺は、腹の中でどす黒い感情を生むも、「知っとったら、聞いてへんよ。」なんて苦笑する。
なんで俺が岳人に、こんな気ぃ遣わなアカンねん…!

「それで、誰なん?」

「あー、隣の席の女子。」

「へぇ、珍しいなぁ。岳人が女の子に興味持つなんて。」

「興味っつーか、なんか、よくわかんねぇ。」

いやいやいや、自分それ明らかに興味持ってるやん。なんで、肯定せんのや。またもや焦れったくなる気持ちに、冷静に。冷静に。と心を落ち着かせる。そんな俺の気持ちなど、微塵も知らない岳人は「あのさ、ゆーし。」とまるで今から告白します。みたいな雰囲気を醸し出してきた。いや、なんやねん。モジモジすんなや。変な雰囲気なってしまうやろ。
何処と無くぎこち無い空気の中、「どないしたん?」と最初と同じように問うた。

「ソイツ、大人しい奴でさ。どう、接したらいいかわかんなくて。」

「…岳人は、素直やからそのままでええと思うけど。」

「そう、かな。」

珍しく弱気な岳人に、俺は目を丸くする。珍しすぎる。どんだけ健気やねん…!熱くなる目頭を抑え、この恋は何がなんでも実らせねば!と心に固く誓う。休憩が終わる合図が、コートに鳴り響く。使っていたタオルとスポドリを置き、ラケットを握る。

「岳人。」

「なんだよ?」

「相談ならいつでも乗るで。」

そう伝えて笑えば、岳人は戸惑った後、いつも通り笑った。はーあ、謙也も岳人くらい押しがあればなぁ…なんて、モテない従兄弟を思い出すのだった。



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