弟と兄と
おれには2つ上の兄がいる。
といっても血は繋がってないんだがな。ジジイが俺たちの親とか言い出して、あいつが便乗して、「おれとサンジくんは兄弟だな。お兄ちゃんって呼んでいいぞ」なんて言いやがった。なんだか恥ずかしくなったけど、悪くはなかった。お兄ちゃんなんて絶対に呼ばねえけど。
おれの兄、ミズキは料理がうまかった。
出汁、味噌や醤油を使った料理とか煮物など特に。出汁を使わせたら右に出るものはいないんじゃないか?と思うほどである。あとコーヒーや紅茶を入れるのもうまい。おれはミズキから入れ方を教わった。
それからあいつが作るホットミルクにはよく世話になった。
小さい頃、夢見が悪かったり寝付きが悪いときによく入れてくれたのだ。程よくあっためた牛乳に蜂蜜をひとさじ垂らしたもの。自分でもつくれるがおれはミズキが作ったものが好きだ。絶対に言ってやらないが。
昔からなんでも卒なくこなすあいつはおれよりも先に厨房に立ったし店の経理だって任された。能力者にもなって、最初こそ戸惑っていたもののしばらくしたらその能力にも慣れたのか力を使いこなせるようになっていた。早くね?
なんてミズキにこぼしたら「まあ、おれ頑張ったからな」とにへらと笑いやがった。
★☆
そんなおれの兄はこの店を出て旅に出るんだそうだ。
ここ最近ミズキが海の方を眺めていたことは従業員なら誰もが知っていることだった。
そうみんなに知らされた時
「やっとか」
「行ってこい」
「店は任せろ」
などの声が飛び交うなかおれの心境は複雑だった。
いつかは出ていくような気がしていたがもっと先だと思っていた。あいつの中で成人は20らしいのでそれを超えたくらいじゃ無いのかと思っていた。
「なんで今行くことにしたんだ」
おれは自室で準備しているミズキに話しかけた。こいつは明日、ここを出て旅に出る。
自分の包丁をはじめとする調理道具と店の奴らから選別として渡されていたもの、着替えなどがあいつを中心に散らばっていた。どうもリュックに詰め込むのに四苦八苦しているらしい。
「なんで…うーん、ここがおれの帰る場所だって思えたから?」
「なんだそれ」
「それより手伝ってくれよ、持ってくもんの選別」
「ああ?」
世界を見るために旅に出るんだろ?と渡されたカメラ。無人島サバイバルとかなんかあった時これ超便利だから!と熱弁されていた十徳ナイフ。…これ滅茶苦茶いいやつじゃねえか。
ミズキは隣で揚々と準備を進めていく。
…もうこいつの料理もホットミルクも口にすることは無いのか…。
うなされて、1人で寝れない夜もあった。その夜はいつもミズキがそばにいて手を繋いでくれた。もう5年も前の話だが。
この店からミズキがいなくなると思うと…こう、なんて言うんだろうか…
なんだっけ、この感情は
「寂しい?」
「え?」
ふと下を向いていた顔をあげると目の前にミズキの顔があった。
「おれがいなくなって、サンジくんは寂しいてすかー?」
茶化すような言い方だった。けれどミズキの言葉はストンとハマった。
そうか、おれは寂しかったのか。
「べ、別に寂しくなんかっ…!」
だが素直に言えるはずなんてないのがおれだ。
「な、ホットミルク入れてやろうか」
★☆
「当分はおれのホットミルク飲めなくなるからな〜好きだろ?これ」
鍋で牛乳を温めながらミズキは尋ねる。
ばれてたのか。
「当分はって…もう飲めねえだろ…」
「とりあえず、満足したら戻ってくるつもりだから」
「満足って…お前どうしたら満足するんだよ」
「んー世界一周?」
「世界一周なんてしたのこの世には海賊王だけだぞ」
あはは、そうだっけ。
ミズキは笑いながら鍋の牛乳をマグに移し、蜂蜜を垂らす。
「サンジは?」
「あ?」
「旅に出たりとかしねえの?オールブルー見たいんだろ?」
マグを差し出されながら聞かれる。
受け取りそれをしばらく見つめ思案する。
「……行かねえ」
「ふーん?…お前頑固だしなぁ」
「ああ?」
誰が頑固だ。
「まあいいか。いつかお前を連れ出してくれる奴が現れるといいな」
なんだそれ、来ねえよ。
★☆
翌日の朝。
おれはミズキを買い出し用の船で近くの島まで送って行った。
そっから商船に乗せてもらうらしい。商船には船で料理を振る舞うことを条件にOKしてもらったとか。
「んじゃあ、行ってくるな」
「おお」
おれはタバコに火をつける。
「もしお前が海に出てどっかの島で会ったらまたホットミルク入れてやるよ」
「なんだそれ、そんなのねえよ」
「そうかっ」
ミズキは笑いながら船の中へと行ってしまった。
船が動き出す。
甲板から顔を出したミズキが手を振っていた。
おれはタバコを口に加えながら小さく振り返したのだった。