遣らずの雨
「…よかった。」
いつもとは違う雰囲気の公園のベンチにやはり彼女はいた。途中で買ったペットボトルの水を隣に置くとぼそっとありがとうという言葉が聞こえてペットボトルが彼女の口に運ばれる。
「もうあそこには来ちゃダメだ。」
一二三の言葉に紫陽花の水を飲む手がピタリと止まる。珍しい一二三の拒絶の言葉。ひんやりとした声。思いもよらない一二三の声に紫陽花は一気に酔いが覚めた。それと、同時にふつふつと怒りのようなものが込み上げてくる。
いつもは一二三から来るくせに、自分には来るなだと。何て身勝手なやつ。これだからホストは。いいえ。ホストなのに心を許してしまった自分の落ち度だと紫陽花は自分に言い聞かせた。
「お客様に向かって随分な言葉ですね。」
「君には夜のシンジュクは似合わないよ。」
「…そう、」
勝手なことを言ってくれる。
そんなこと言われたら、もうここに来れなくなってしまう。居場所なんてないんだよと暗に言われてるようで、苦しくなる。勝手なことを、何も知らないくせに。
チッと一二三に聞こえない程度に舌打ちをして、目を見て文句を言ってやろうと紫陽花は顔をあげた。どうせ怒ってるんだろう、呆れてるんだろう。あれだけホストを嫌ってたくせに、ホストクラブに行くなんてと思ってるんだろう。
そう思ったのに、目の前には紫陽花が想像していた一二三はいなかった。
「どうしてっ…」
「…っ…何ですかその顔…」
そんな苦しそうな顔をして、いい年して泣きそうな目をして、その次に紡がれる言葉は何だろうか。
聞きたくない、聞きたくない。
「…君とは…ホストとお客様にはなりたくなかったのに…」
「……そう…」
「…もう…店には来ないで欲しいんだ…」
聞きたくなかった。
何故かはわからない。もしかしたらプライドのようなものかもしれない。あれだけ自分に会いに来ていたホストから急にそんなことを言われたから、自尊心が傷ついたのかもしれない。いくら酷いことを言っても笑っていた彼に甘えてたのかもしれない。
でも、それだけじゃない。
わからなくなってしまったのだ。
ホストが、男が、彼が。
わかってしまったのだ。
自分が、苦しみが、感情が。
「じゃあ…」
「……」
「じゃあ、貴方に会うにはどこに行けばいいの?」
言うつもりはなかった言葉だったのに、それはポロっと紫陽花の口から漏れた。
いつのまにか期待をしていた。あの公園へ行く道すがらもどこか探してる自分がいた。貰ったクッキーの缶を見る度に嬉しくなった。もう、何時からだろう。
「私から、貴方に会いたいときは…どこに行けば…」
消えそうなくらいの声なのに、一二三の耳にやけに響いた。ヒプノシスマイクを使ったらこんな風に聞こえるのだろうか、なんてバカな考えが一瞬過る。
優しい人、どうかそんな悲しい顔をしないでください。
「雨の日の夕方…必ず、何があってもあそこに行くよ。絶対に。」
「雨の日の、夕方…」
「約束する。」
貴女が望むのならばいくらでも…いいえ、望まなくとも。
"また"の約束をしましょう。