雨降花



「たまにはこんなお茶請けがあっても良いんじゃないかな?」
「…いい匂い…」
「ここのクッキーは僕のお気に入りなんだ。」

どうぞ、と一二三がクッキーが数枚入った袋を渡すと紫陽花は少し考えてから袋を受けとり、自分の隣をポンポンと叩いた。どうやら隣に座れということらしい。

この間、別れ際に少し怒らせてしまったからか、今日彼女を見かけたとき一二三は一瞬身体が強張った。恐る恐る声をかけると、案の定一二三を見て顔をしかめる彼女。負けじとクッキーを取り出して冒頭に戻るわけだ。


「今日は傘は持ってこなかったんだ。」
「返す気あります?」
「傘を返したら、君に会えなくなる気がして。」
「ドロボーですね。まあ、いいですけど。」
「いいって?返さなくても?」
「違いますよ。返してください。貴方は絶対に返してくれるから今回は見逃しますって意味です。」
「…そっか。」


言葉は決して柔らかいものではない。


「どうぞ。」
「…は?」
「頂き物ですが、お裾分けです。」


それなのに


「ありがとう。」


彼女の行動がこんなにも染みるのは何故なんだろうか。


「…!」
「美味しいだろう?うん、やっぱり美味しい。」
「サクサク?ううん、ホロッとしてて…甘さがちょうどいいです。」
「良かった。喜んで貰えて。」
「………」


“美味いな、このクッキーは。”
“はい、無花果様。この間差し入れでもらったので無花果様と食べたくて。”
“ふふ…そうか。本当にお前は可愛らしいな。”
“め、滅相もありません!”
“そんな可愛いお前にはこれをやろう。”
“傘?これ、とてもしっかりしていて…良いものなのでは?”
“ああ、お前が外に出られるのは主に雨の日だろう?”
“ええ、まあ…”
“…申し訳ないと思っている。せめてもの償いだ。”
“…いいえ!大切にします!”


「あ、あの…」
「ん?」
「これは、どこで買えますか?」


少し悔しそうに、でも恥ずかしそうに聞いてきた彼女に一二三は何か違和感を感じた。
あんなに辛辣だった彼女がたかがクッキーを一袋貰っただけでこんなに変わるものだろうか。


「良かったら一緒に行こうか?」
「良いんですか?」
「もちろん。お供しますよ、プリンセ…」
「………」
「えっと、お名前を聞いても?」
「…それ…は…」
「言いたくないなら構わないよ。」
「あの、」
「ごめんね。行こうか。」
「私は構いませんが、貴方はお仕事があるでしょう?」
「僕も大丈夫。今日はお休みを貰ってるからね。」
「…じゃあ何でスーツなんか。」
「どうしてだろうね。」


君に会うためだ、なんて言ったら彼女は引いてしまうんだろうな。せっかく見れた彼女の笑顔をわざわざ壊すようなことを言う必要はない。クッキー、楽しみですといつになくご機嫌な彼女を見て、開きかけた口を閉じて代わりに一二三はにっこりと笑った。