涙雨



「紫陽花さん、それお気に入りですかぁ?」
「…うん、そうかも。」


一二三には見せない笑顔で、声をかけてきた同僚にそう言葉を返す。あの日、一二三に連れていってもらったお店で買ったクッキーアソートの缶を見ていたら楽しそうだと声をかけられてしまった。


「シンジュクのお店ですっけ?」
「うん。」
「紫陽花さん、雨の日はいつもシンジュク行ってるんですねぇ。せっかくだから中王区行けば良いのに。」
「中王区はもう十分。」
「他のディビジョンは何もなくても月に1回は行けるのに?」
「中王区には行きたくないけど、外には出たいから。」
「あー、まあ…わかるかなぁ。私はヨコハマがお気に入りなんですぅ。海が綺麗で。」
「へえ…今度行ってみようかな。」
「絶対です!晴れの日!いいですね?」
「うん、わかった。」


たまに職場に遊びに来る彼女と仲良くなったのは何年前だろう。自分と違って人懐っこい彼女を少し羨ましく感じた。

どうしても他人に対して警戒してしまって、上手く距離をつめれない。昔から人付き合いが好きじゃなかったし、必要性も感じていなかったから感覚がわからないのはある。下手なのは仕方ない環境にいたのかもしれない。それでも、あの子のようにもう少しだけでも明るかったのなら、一二三とももう少し自然な仲になれたのかもしれない。


「あ、明日は雨ですって。」
「そっか。」
「久し振りに外に出れますね!」
「うん、楽しみ。」
「……」
「何か?」
「楽しみ、だなんて紫陽花さんの口から聞いたの初めてかも。」


毎回来るわけじゃない。

雨の日にあの公園にいたって、彼が来るのは2、3回に1回くらいだ。今年は雨が多い傾向ではあるけれど、梅雨が明けてしまえば、雨の降る日なんてそうない。さらに2、3回に1回となれば1ヶ月先かもっと先か。
明日はあのおかしなホストは来るだろうか。


「いつのまに…」


楽しみにしていたのだろう。

待つようになったんだろう。

うるさい人だった。チャラくて怖い人だと思っていた。きっと私も金蔓の一人なのだろうと思っていた。


「うわ…すごい…」
「どれも美味しいよ。」
「迷う…」
「それなら、これは?」
「クッキーアソート?宝箱みたい。」
「まあ。そんな素敵なこと言ってくれるお客様は久しぶりだわ。ありがとう。」
「すごくわくわくします!」

「……」
「…何か?」
「何でもないよ。すみません、これ1つください。」
「あ、私も…」
「いいから。」
「…は?」
「プレゼントさせてくれないかな。」
「嫌です。そんなことされてもお店には行きませんし、施しを受けてるみたいで不愉快です。」

「なら…傘のお礼に、ね?」
「それならさっきクッキーを頂きました。」
「あれはお裾分けだよ。最終的には僕も貰ってしまったし。」
「…でも、」
「お姉さん。あまり断るとお兄さんも格好がつかないわ。頂いておきなさいな。」
「…う…」
「はい、どうぞ。大切に食べてね。」
「ありがとう…ございます。」
「どういたしまして。」


まんまと術中にハマってしまった。

あの缶を見る度にあの人を思い出してしまう。最初は信じられなかった言葉も、今ならそのまま素直に受け止められる気がする。


「…嫌なのに、」


いつ会えるのかとか、今までのことを思い出したりして、苦しくなってしまう。嫌なはずなのに…好きになって、傷つくのが嫌なのに。嫌いだと言っていないと、自分を保てないのに。

雨の日を楽しみにしている自分がいる、次会ったら何を話そうと考えている自分がいる。


「助けて…」


ホストなんて、好きになりたくないのに。