あの謀反の日以降、私は夢を見なくなった。
というより、眠れなくなってしまった。食事も少量しか喉を通らないし、食べすぎると戻してしまう。恐ろしく貧弱な体だ。
もちろんそんな生活を送っていると、気持ちはどんどん落ち込んでいく。毎日重苦しく暗い感情が胸を支配し、生きることにも無頓着になってしまっていた。

そんな折のことだった。

「名前よ、ちと良いか」

なんと、見兼ねた父が私に見合い話を持ってきたのだ。

「真田幸村は良い男よ、ぬしを泣かせることはあるまいて」
「真田…」

その男の名には、聞き覚えがあった。

以前、太閤殿下が真田幸村を城へ招き、何やら難しそうな話をしていたのを見かけたことがある。
その時私は茶道の指導をしてくる女中の小言が嫌になりこっそり抜け出し、庭に植えてある桜の木に登り隠れていた。
うっかり太閤殿下に見つかり、こっちへ来いと呼ばれた私は、太閤殿下におやつを分けていただいた。そして、真田幸村に挨拶をし、竹中様に叱られながら茶道の勉強へと戻らされた。

太閤殿下は見た目とは違い、皆に優しい方だった。竹中様の病状が思わしくなくなった頃から、少し恐怖を感じることはあったが、少なくとも私にはいつも優しい方だったのを今でも覚えている。

「ぬしが嫌ならこの話は忘れやれ」

太閤殿下がお亡くなりになられたことで、徳川勢に付いたものも少なくはないと聞いている。
この見合いは、徳川討伐に向け、兵力を増強させておきたいが故に、政略結婚的な意味合いも含めているものだと薄々勘付いていた。

「いえ、すぐに手配してください」
「…ヒヒッ、ぬしならそう言ってくれると思うてな、もう来てもらっておるのよ」

突然の出来事に、私だけではなく、控えていた女中達も思わず驚く。
呆けている私とは打って変わって、女中達は大慌てで身なりを整えてくれた。
すっかり血色の悪くなった顔をなんとか誤魔化し、真田幸村の待つ部屋へと足を運ぶ。


「真田幸村様、お待たせ致しました」
「おお、貴殿が名前殿か!」

第一印象は、暑苦しい人だった。