「失礼かもしれぬが、刑部殿と名前殿はあまり似ておりませんな」
「母に似ていると、父が申しておりました」
「なんと!母上様も大層お美しい方なのでござるなぁ」

私は母の顔を知らない。顔どころか、どんな方だったのかも知らないのだ。
父はもちろん教えてくださらないし、父に緘口令を敷かれている家臣達も教えてくださらないまま、私は成長していった。
母のことが気にならないと言えば嘘になるが、母のことをよく知らない私は真田幸村のこの質問には答えられなかった。

「…あの、」
「如何なされた!」
「どうして、見合い話を受けてくださったのですか?」
「某は、一度名前殿と会うたことがござろう?覚えておられぬかもしれんが…」

いちいち暑苦しいこの男は、そのままあの日のことを語り始めた。
太閤殿下が呼ぶよりも先に私を見つけており、木の上に登っている私に一目惚れをしてしまった、ということらしい。

「あの時分より、某は名前殿のことを忘れられず、ずっとお慕いし続けている」

一番聞きたくない言葉だった。
政略結婚として愛のない結婚をしたかったのに、真田幸村はそんなこと御構い無しに私を穴が開くほど見つめている。

「…私、今は誰かをお慕い出来るような気持ちにはなれないんです」

そうでござるか、と悲しそうな顔をする真田幸村に、少し胸が痛む。
私はまだ家康への思いを忘れられずにいた。
今回は申し訳ないのですが、と断りかけていた時、真田幸村は私の手を掴んできた。

「形だけの契りでも某は一向に構いませぬ!いつか、名前殿に好いてもらえるよう、精一杯努力致す!」

だから、断らないでくだされ。
子犬のような目をし、縋ってくる真田幸村に免じ、私は此度の婚儀を受けることと相成った。